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シアーシャ

 虚空を赤い球が猛スピードで疾走する。それを同じく青い光の球が追いかけていた。


 赤と青の球は時折接触し激しい火花を散らすが真空の宇宙空間ではどんな音も伝わらない。

 ひときわ激しい火花が散ると青い球が怯んだように速度を落とした。

ぐっと広がった距離を好機と捉えたように赤い球は速度を上げ、急角度で方向を転じた。


 その遥か先に青く輝く美しい星があった。


 赤い珠はその星を目指し一直線に突き進む。


 青い球も赤い球を追い、まっすぐにその星へ向かって行った。

「これ、受けるぜ」


 目の前に丸太のような腕が差し出された。その指には一枚の紙がちんまりと挟まっている。冒険(クエスト)の依頼書だ。


「あっ、はい。えっと……

ドロンドロン沼付近のゴブリン討伐ですね」


 依頼書へ素早く目を通し、改めて目の前のおじさんへ目を向ける。厳つい四角ばった顔に見事に光る頭、本人いわくハゲではなく剃っているそうだが、ただでさえ強面な顔がより猛々しくみえた。いわゆる悪人面という奴だ。

でも、本当の悪い人ではない、むしろ善き人の部類に入る。名前をギングルさんという。うちの冒険者ギルドの常連冒険者だ。


難度クラスはCです。冒険時のパーティ構成を教えていただけますか?」

「いつものメンツだ」

「はい、いつものですね。では、すいませんがこちらに必要事項を記載してもらえますか?」

「うむ」


 差し出した冒険申請書類を受けとるとギングルさんは手慣れた様子でちょろちょろっと必要事項を書く。

 受けとると、私は首元に吊っていた眼鏡をかけなおして気合を入れる。ギングルさんの字はミミズがのたくったみたいで非常に読みにくいのだ!

 パーティメンバーのランクと構成を確認して、今回の冒険に適しているかどうかを確認する。

 ギングルさんがリーダー。本人といつものメンツであればみんなC級冒険者だから規定は満足している。審査は問題なし、だ。


「はい、オッケーです。任務完了は本日から1週間です。ご承知とは思いますが、この期間を過ぎますと任務失敗となり……」

「わーってるよ。俺たちゃプロだぜ。そんなごたくは良いから早いとこハンコ押してくれや」

「あっ、はい。よいしょっと」


 受理のハンコを押すと、ガンツさんはじれったそうに依頼書をひったくって行ってしまった。 

 規定説明は受付の義務なんですから、そんなにイライラしなくてもいいじゃないですか、と心の中で小さくため息をついた。その時、チリン、チリンと入り口の鈴のが響いた。

 ドアへと目をやるとちょうど男の子が一人入ってきた。特徴的な赤毛のバサバサ髪と水色に染められたレザーアーマー。すぐに誰だかわかった。


「あっ、ギル!」

「おう、シア。おはよう」


 私が手を振るとギルも笑いながら手を振ってくれた。

 

 ギルバート・ハーシ

 

 幼馴染で、今売り出し中の冒険者。そして……そして、私の初恋の人。

 きゅっと熱くなった胸にそっと手で触れる。この想いは私だけの秘密。


 チリンとまた鈴が鳴った。


 明るく澄んだ声が響く。


「もう、私をおいてくとかひどくない?」


 金髪のツインテールをひらひらさせながら一人の少女が入ってきた。

 その姿を見た私の胸が今度はほんのちょっぴり、ちくりと痛んだ。


「シア、おっはぁ!」


 その子は、私に向かって満面の笑みを向け、ぶんぶんと手を振って見せた。

 私も手を振って、それに応える。

 

 ファナルナ・カモミール。

 愛称、ファナ。彼女も私の幼馴染み。二人とは小さな頃からずっと一緒に遊んで育った。

 遊びはいつも冒険者ごっこだった。

 棒を振り回しながら進むギルの後を私とファナがつづく。林で見つけた野ウサギを追いかけ回したり、洞窟を探検したり。

 将来の夢は勿論、冒険者。

 そして、ギルは剣士に、ファナは魔法使いになり、その夢を果たした。

 だけど私は……


 目も眩む閃光と痛み、悲鳴がフラッシュバックする。


 ぎゅっと目をつむり、頭の中の悪夢を振り払おうとした。


 消えろ   


「シア……」


 消えろ 消えろ


「……シア?」


 消えろ 消えろ 消えろ


「シアーシャ・エレウィン!」

「えっ?! はい?!」


 我に帰った私の目の前に眉を寄せたファナの顔があった。


「大丈夫? まだ寝ぼけてる」

「そ、そんなことないよ。大丈夫、大丈夫」

「そう…… なら、いいけど。

ね、朝食べた? 私たちこれからなんだけど、一緒にどう?」

「朝って、もうすぐお昼だけど」

「しょうがないじゃない。昨日ダンジョンで大変だったんから。家に帰れたのが夜の10時過ぎてて、その後、帰ってバッタンのきゅ~だったんだから。お風呂も入れなかったのよ」

「ふーん、そうなんだ。ギルもそうなの?」

「あいつも多分はいってないと思うよ。

朝にシャワーも浴びてないから、昨日のまんま、汗まみれ、ほっこりまみれよ。

信じられないわ。

その癖、私がシャワー浴びている間に置いて一人でギルドへ行くんだもん。ひどいよね」

「え、うん、そうだね……」


 曖昧な相槌をうつ私に、ファナはむっふと鼻息を荒くし、眉をひそめた。


「相変わらず、シアはギルに甘いのな」

「そ、そんなことないよ」

「あのね、あいつは甘やかしたらつけあがってドンドン調子に乗るタイプだからね」

「あーー、何の話?」


 当の本人であるギルが話に割り込んできた。むしゃむしゃとパンを頬張っている。なんか欠食児童みたいだ。


「あんたは欠食児童か!」


 ファナが同じような突っ込みをした。


「勝手にギルドに行って、勝手に一人で食べ始めるとか、なんであんたはいつもいつもそう自己中なのよ!

信じらんない!!」

「なんでだよ。何が悪いんだよ。冒険者は体が資本なんだからさ、腹へったら食べて当然だろ」

「そういう話をしてるんじゃないわよ。

私が久しぶりにシアと一緒に3人で食事をしようと努力しているのが分からんのかね、君わ!」

「そうなの?」


 ギルはキョトンとした表情で持っていたカップをぐびりと飲む。カフィーの香りが周囲にゆっくりと広がった。

 ギルとファナとゆっくりとカフィーを飲みたくはあった、あったけれど……


「ううん、ごめんね。まだ、お昼の休憩には早いから……」


 私はゆっくりと首を横に振った。


「そうか。残念。じゃあまた後で」


 ファナは残念そうにため息をつくと、ギルドの奥にある食堂兼酒場エリアに歩いて行った。

 

「あーー、やっぱし少し臭う。

だからシャワーぐらい浴びなさいっていったじゃない。あんまり、臭いとパーティ解消するよ」

「えーー、そんなに臭うかな?」


 じゃれ合う二人の後姿を私はじっと見つめる。

 二人の冒険者クラスはD級だ。

 冒険者はその能力でクラスが別れている。上からS級、A級、B級、C、D、E級と続く。

 E級は冒険者見習いで、正式な冒険者とは見なされない。C級以上とD級の間にもうひとつ大きなハードルがあるのだけれど、D級は世間から冒険者として認知されるクラスだ。だから、二人は冒険者になって夢を叶えたと胸を張れる。一方私はただの受付嬢。二人と違い、私は夢を叶えることができなかった。


 私は夢を叶えることができなかった。

 ただの出来損ないだ



2021/10/23 初稿

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