怪獣は魔法では倒せない
俺は手近の家まで向かうとそっと耳をドアに当て、中の音に耳をそばだてた。しかし、何の音もしない。俺のレンジャーとしても鋭い感覚をしても人の気配を感じることがなかった。
俺は音がしないように慎重に入り口のドアを開ける。鍵はかかっていない。不用心だが、こういう村では普通だ。中をのぞく。入り口からすぐに居間になっている。奥にキッチン。そして、別の部屋へのドアが2つ。この辺の間取りも良くある造りだった。
目視でなにもないのを確認すると俺は体を家の中に滑り込ませる。
居間の真ん中にはテーブルが一つ。特になにも手がかりになるものはなかった。埃が積もってはいない。少なくとも2、3日は普通に使われていたのだろう。キッチンも調べてみた。やはり誰もいない。戸棚のパンやら果物、肉、野菜の状態をみるに、まあ、普通に生活しているようにしか思えなかった。
ちょっと用事で外に出ている。そんな感じだ。
俺は奥にあるドアの方へ向かう。そっと耳を当てて確認する。物音はない。一般的な間取りだとこの先は寝室になっているはずだ。慎重にドアを開けてみて、驚いた。
まるで嵐にでもあったかのような有り様だった。ベットやテーブル、戸棚が散て、窓が割れていた。足を踏み入れた俺は、違和感に足を引っ込める。なにかベトつくのだ。床を触ってみるとやはりベタベタする。だが、その原因はよく分からない。
床にはなにかを引きずったような跡があり、跡は窓際まで続いていた。
窓の付近を調べてみた。床と同じようにベタつく。
「ん? 糸……?」
指に引っかかる感触があった。目で見ても何も見えない。日の光にかざしてみると1本の筋ようなものがキラキラと光を反射していた。
「蜘蛛の糸……、ジャイアントスパイダーなのか?」
だが、ジャイアントスパイダーは巣を構えて、近づいてきた獲物を捕まえるタイプの魔物。こんな攻撃的な行動をとるとは聞いたことがなかった。
ならば、全く違うなにか……?
長年の冒険者のカンが警報を鳴らし始めた。なにかヤバいことが起こっている、と。
今すぐにでもこの村を離れるべきなのだろうが、村のこの惨状をみてしまった後ではなにが起きているか調べないわけにはいかなかった。
地域社会での異常、特に魔物起因が想定される異常を見つけた場合は、その原因を調査、報告する義務が冒険者に生じるのだ。
とにかく俺はチーノと合流して善後策を考えることにした。
ところが、だ。
戻ってみるとチーノの姿がどこにもなかった。
「チーノ? チーノ!
どこに行った?!」
名前を呼んだが返事がない。
途方に暮れた。
なにかかなりヤバいことが起こっている。その感覚は確信に変わっていた。
俺は身をかがめ、臨戦態勢を取った。
先ずはチーノがどこへ行ったかを突き止めようと奴さんが待機していたところを観察してみる。と、微か地面に筋のような跡がついているのが分かった。なにを引きずっていったような跡だ。
さっき調べた家でもそんな跡があったことを思い出す。
かなりリスキーではあるがその跡を追うことにした。
跡は村の外れまで続いていた。
「なんだありゃ?」
俺は絶句したね。
村の外れまでいくとそこにはちょっとまばらな林があったんだ。いや。最初見た時にはなんなのか分からなかった。
白っぽい大きな塊に見えたんだ。
だが近づくにつれて、木と木の間になにか白いものが絡みついているんだと分かった。
白いものは細く粘つく糸だった。
やはり頭にはジャイアントスパイダーのことが浮かんできたが、森というか林をひとつ巣にしてしまうなんて話は聞いたことも無かった。
とにもかくにも、村人もチーノもこの巣の主に捕まっている可能性が高いと思った。
問題は、だからこれからどうするか、だ。単独で助けるか、一旦引いて助けを呼ぶか、なのだが俺の答えは簡単だった。
単独で助けるの一択だ。
こういう場合、大切なのは時間。
グズグズしていると助けれる命も助けられなくなる。
時間は戻らない。リクスと時間の天秤は時間を取る。
それが冒険者の黄金則だ。
ということで、俺は巣の中に分け入った。
まっ、今回はその判断が結果としては大失敗だったわけなんだが……
巣に入り込んですぐに気づくことがあった。それは糸の向きだ。糸はある点を中心に放射状に伸びていた。
つまり、巣の主はその中心にいるってことだ。
俺は足音を忍ばせ進んだ。
「こ、こいつは……」
思わず声が出た。
少し進んだ先で、俺は一際大きな木の前に出た。
一目見た時、なんなのか分からず、そんな声が出ちまった。
木は完全に糸で覆われて真っ白だった。そして、大きな枝には大小様々な糸の塊が何個もぶら下がっていた。
最初、それは木の実かなのかと思ったが違った。
全然違った。
そいつは糸にぐるぐる巻きにされた人間だったんだ。
行方不明になっていた村人たちだと直感で理解した。
「クソっ」
俺は反射的に短剣を抜いた。
ジャイアントスパイダーだかの変異体だか、未知の魔物だか、知らんがこんな酷えことする奴は今すぐぶっ飛ばして、みんな助けてやる。そう思った。
「くそったれが。出てきやがれ!
いるのは分かってんだ!!」
俺は辺りへ目を向け、叫んだ。
さっきから気配をビンビン感じていた。
その見知らぬ相手はとっくに俺に気づいているのは、分かっていたんだ。そして、もうすぐそこまで迫っているのもなんとなく冒険者と経験値で分かってた。
だが、肝心な正確な位置が分からない。
「……だ」
微かな声がした。
魔物ではない。消え入りそうな人の、確かに人の声だ。
見上げると一つの木の実、もとい吊るされ人の一つに気がついた。
白い糸にがんじがらめになっていたが、辛うじて片手と頭が出ていた。
それはチーノだった。
チーノが苦しげな表情でなにか懸命に喋ろうとしていた。
「し……だ……」
あいにく何を言っているのか分からなかった。だが、生きていてくれた何よりだと思った。これなら吊るされている村人たちもみんな生きているかもしれない。
そんな希望も湧いてきた。
「なんだって? 待ってろ。今助ける」
とりあえず、チーノを助けようと俺は近づいた。
「下だ。地面に……、き、気をつけろ……!」
近づいたおかげでチーノがなにを言っているのか理解できた。
「地面……だと……?」
俺が下を向いたのと地面がぱらりとめくれたのはほとんど同時だった。
まるで布をはがすように地面が大きくめくれた。そして、めくれた地面の下に黒く毛むくじゃらの塊がうごめいていた。八つの脚にぶよぶよの胴体。その胴体は黄色と赤の斑点で毒々しく彩られている、やっぱり蜘蛛の化け物だった。
だがジャイアントスパイダーよりもずっとはるかにデカい。
3倍から5倍、デカい。
真っ赤に輝く八つの目が俺を睨みつけていた。
「くっ!」
反射的にバックステップで逃げるが、吐き出された糸が左手に絡みついた。
「こいつ!
くらえ、斬撃!!」
逃げられないと判断した俺は、間髪入れずに本体に向けて魔力を込めたスラッシュを撃ち込んだ。
だが、スラッシュは魔物の体に当たったのに相手は全くダメージを受けたようには見えなかった。
確かに俺のスラッシュは剣士の放つやつよりは威力は小さいが、それでもジャイアントスパイダーぐらい1発で倒せるぐらいの力はある。なのにまるで効かなかったんだ。
それを見た時、俺は心底肝が冷えた。
そいつは俺の手に絡まった糸を引き寄せようとする。
俺は踏ん張りながら、糸に向かってスラッシュを撃ち込んだ。だが、糸も全くスラッシュを受け付けない。受け付けないっていうか、乾いた土に水をやるようなまるで手応えが感じられなかったんだ。
「うおっ!」
糸を引っ張る力が強くなった。
踏ん張りきれずに、俺はぐるぐると振り回された。そして……木に叩きつけられた。
全身に激しい痛みが走り、骨が何本か折れた感触があった。咳き込むと口の中に血の味が広がった。
「折れた肋骨が肺に刺さりやがったか……」
ああ、これ、死ぬな、って思った。




