ペペロンさん
「お~い、シア。悪いが酒場の方、少し手伝ってもらえないか」
夕方、受付を閉める準備をしているとジオベールさんから声がかかった。
「すまんね。チェルシーが遅れてるんだ」
「あっ、は〜い。片付けたら行きますね」
「本当、いつも悪いねえ」
と、いいながらジオベールさんはウインクしてみせた。
元冒険者のジオベールさんは右目を失っていて大きな眼帯がトレードマークになっているのだけど、その眼帯にバッチリお目々が描かれているから、左目をつぶるとウインクしているように見えるから不思議だ。
受付が終わる時刻は丁度夕食の仕込みと、お酒目当てのギルメンが集まってくるのが重なって酒場エリアの一番慌ただしい時だった。ここで酒場の女の子が遅れると(ちなみにチェルシーは遅刻魔だ!)もうジオベールさん1人ではお手上げ状態になる。なので酒場のお手伝いもわたしの日常業務の1つだった。
カラン カラン
ギルドのドアが開く音がした。
「いらっしゃいませ」
受付嬢として染みついた習性が反射的に入口に向かって声を上げさせた。
戸口にあった黒い影が崩れ落ちるように倒れた。
え?! なに?
人が入ってくるなり倒れた
半分パニックになりながらもわたしは倒れた人に駆け寄った。それはぺぺロンさんだった。
「ぺ、ペペロンさん。大丈夫ですか?!」
声をかけたけど、ペペロンさんは苦しそうに呻くだけでした。全身、土や埃にまみれ、服も所々破れて血が滲んでいました。
特に左手が酷い状態でした。なにが白い紐のようなものが絡みつき締めつけているようです。肘の先から紫色に腫れ上がり、しかも変な方向に曲がっていました。
大怪我です。
わたしの手には負えません。
「おう、こいつはひでぇな。
誰か治癒できるやつ、手を貸してくれ!
」
背中越しから声がしました。それはジオベールさんで、いつの間にかわたしの後ろに立って、ペペロンさんの様子を見ていました。パニックになってオロオロするばかりのわたしと違って、流石に元冒険者さん。落ちついてペペロンさんの状態を判断しているようでした。
「お困りのようねぇ。私が看るわ」
野太い声とともに酒場の方から1人の男の人がこちらに向かって歩いてくる。
名をポルリラさんと言う。Cクラスの治療師さんだ。
ポルリラさんはペペロンさんに手をかざし呪文を唱え始めた。するとポルリラさんの手の先から青白い光の粒子が現れ、ペペロンさんの体に降りかかっていきます。この青いのは治癒の魔法なのでしょうか。治療魔法。話にはよく聞きましたが実際に見るのは初めてでした。
「ん?」
なんだろう。魔法の粒子がペペロンさんの腕に絡みついている紐のようなものに吸い寄せられては消えて行くように見えました。
「なんか全然効いてないよみたいだぞ」
「本当ねぇ。もう傷が塞がり始めても良いのに……
なにが私の魔法を妨げてるみたい」
ジオベールさんの指摘にポルリラさんが困惑気味に応えていました。
腕に絡みついた紐が悪さをしていることに2人は気づいていないのでしょうか?
一目瞭然であの紐みたいなの悪さをしているとわかりそうなものなのに。
「あの……」
『止めるんだ、シア』
わたしがそのことを指摘しようとするのをオプティオンさんが止めました。
『なんで? どうして止めるの?』
『それはシアにしか見えていない。だから変なことを言うのはやめたほうがいい』
『えっ?!
ポルリラさんの手からキラキラしたものが出てるのも、それが腕の紐みたいなものに吸われていることもみんなには見えていないの?』
『そうだ。魔法の光は人間の可視領域を超えている。普通の人には見ることはできない。今、君が見えるのは私が見えているものをシアと共有しているからだ。
そして、その紐みたいなものは暗黒波及体、つまり怪獣が作り出したもののようだ』
『怪獣のもの? なんでそんなものがペペロンさんの腕に絡みついているんですか』
『それはわからないが、とにかくこのままでは不味いぞ。今のように魔法を与え続けては紐が成長してしまう』
「ぐうあぁ」
ペペロンさんが苦しそうに呻きました。
オプティオンさんが言うようにさっきより紐が太くなっているように見えました。締め付けもきつくなっているようで腕の腫れも酷くなっています。
『このままでは腕が切断されてしまうぞ! 魔法をかけるのを止めさせるんだ!!』
『止めさせろ、と言われても。治癒を止めてって言うわけにも……』
『分かった。紐は私が何とかするから、みんなの気をひいてくれ。ほんの数秒で良い』
みんなの気をひけと言われても……
「えっと、みなさん、ギルドの入口で治療をするのもなんですから一旦ペペロンさんを奥へ連れていきませんか?
来客用の部屋のソファに寝かせましょう」
と、とりあえず提案をしてみたら、みな、賛同してくれた。ジオベールさんたちがペペロンさんを運ぼうと動き始めました。
『上手いぞ、シア。彼の腕の紐を見つめてくれ』
オプティオンさんの指示に従いペペロンさんの腕を紐へ視線を向けます。と、急に目がチカチカっとしました。
それと同時に紐に小さな火花が散り、スルリと床に落ちました。みんな、ペペロンさんを運ぶのに忙しくて、そんなことには
誰も気づいていないようでした。
『わぁ、なにこれベトベトする。蜘蛛の糸みたい』
落ちた紐を拾うとそれはネバネバと指にひっついてきました。まさに蜘蛛の糸なのですがずっと太くて丈夫そうでした。
『間違いなく怪獣のものだ。
きっと彼は怪獣に襲われたんだ』
頭の中でオプティオンさんの言葉が響きました。




