第五章 恐怖!人間オークション
——暗い。
どこまでも広がる闇。
ここは……どこだろう……?
立ち上がろうとした。が。
「痛ッ!?」
天井?に頭をぶつけてしまった。
相当天井が低いところにいるようだ。いや。
——閉じ込められてる……?
「え!何々!?サーカスは!?皆は!?」
「ミライ・ユくんーーッ!!トロンプくんーーッ!!いるー!?大丈夫ー!?」
そして。
「返事し……モゴッ!?!?」
何かに口を閉じられた。
口のあたりを触っても何も感じないので、恐らく魔法だろう。
そして。
ガラガラと何かを運ぶ音と振動が伝わって来た。
僕、どこかへ運ばれてる——?
暴れようとした。が。
今度は再び拘束魔法。動けなくなって、その場へへたり込んでしまう。
すると。
「あんまり暴れるなよ、カゲエご令弟……」
「!!」
すぐ近くから声が聞こえた。
僕のことを、知っているようだ。
しかも、ご令弟と言った……?僕がボスの兄さんの弟だと知っている……!!
「……今から、本当の楽しいショウの始まりなんだからよ……」
そして。幕は開かれた。
強烈な光が一気に目へ飛び込んでくる。
あまりの眩しさに思わず目を閉じた。
耳には、大勢のざわめき。
何か巨大な機械が動く音。
そして——どこからか聞こえる、不気味な笑い声。
恐る恐る目を開く。
そこで僕が見たものは。
あまりにも。
あまりにも信じられない光景だった——。
そこは——まるで、巨大なオーケストラホールだった。
天井は信じられないほど高く、見上げても果てが見えない。
無数のシャンデリアが黄金色の光を降り注ぎ、その輝きは昼間のように会場全体を照らしていた。
壁一面には豪華な金細工の装飾。
柱には天使や悪魔を模した彫刻が施され、赤い絨毯が客席から舞台まで真っすぐ伸びている。
どこを見ても贅沢の極み。まるで王族だけが集まる劇場のような場所だった。
だけど。
その美しさとは裏腹に。
この空間には、言葉では言い表せないほど不気味な空気が漂っていた。
「……っ」
ゆっくり周囲を見渡す。
その瞬間、息をのんだ。
「(う……そ……)」
客席は、すべて埋まっていた。
一階席。
二階席。
三階席。
さらにその上まで。
見える限り、何万人もの観客がびっしりと座っている。
全員が。
僕の閉じ込められた檻を見ていた。
逃げ場なんて、どこにもない。
視線という視線が、一斉に僕へ突き刺さっている。
思わず身震いした。
でも。
もっと異様だったのは——その観客たちだった。
「……!」
誰一人として素顔を見せていない。
全員が、不気味な仮面を身につけている。
白い仮面。黒い仮面。金色の仮面。笑っている顔。泣いている顔。道化師のようなもの。獣のようなもの。一人ひとり形は違う。
それなのに。
どの仮面からも、人間らしい感情はまったく読み取れなかった。
ただ。
品定めをするような視線だけが、僕へと向けられている。
「(ここは……)」
喉が震える。
「(一体……どこなの……?)」
その時だった。
カツン。カツン。革靴の音がステージ中央へ響く。僕を運んできた男だった。
黒い燕尾服を身にまとい、白い手袋をはめたその男は、まるで舞台役者のように大げさなお辞儀をする。
そして、両腕を大きく広げた。
「さあさあ皆さん!!」
よく通る声がホール中へ響き渡る。
「大変長らくお待たせいたしましたァァァッ!!」
その瞬間。
ワアアアアアアアアアアッ!!
会場が大歓声に包まれる。
拍手。口笛。笑い声。熱狂。
まるで人気スターが登場したかのような盛り上がりだった。
男は満足そうに笑みを浮かべる。
「本日の最大の目玉商品をご紹介いたしましょうッ!!」
商品。
その言葉が耳に入った瞬間。
僕の心臓が嫌な音を立てた。
「……え」
商品って。
今。
僕のこと……?
男は檻の中にいる僕を指差しながら、高らかに叫ぶ。
「なんと言ってもこの少年!!」
「極めて希少な魔法特殊能力の持ち主ですッ!!」
スポットライトが僕だけを照らす。
「その能力の名は——」
男は大げさに間を置き、
「《メイド・イン・キャンバス》ッッ!!!」
と叫んだ。
「!!」
背筋が凍る。
どうして。
どうして知ってるの。
僕の能力を。しかも名前まで。
男は興奮気味に続ける。
「この能力は!!」
「絵画や写真といった芸術作品の内部世界へ自由に入り込めるという、極めて珍しい特殊能力ですッ!!」
客席がざわつく。
「もちろん本人だけではありません!」
「この少年に触れてさえいれば!!」
「皆様も一緒に作品世界へ入ることができるのでございますッ!!」
「おお……!」
「本当か……!」
あちこちから驚きの声が上がる。
男は止まらない。
「芸術作品の中に眠る財宝を手に入れるもよしッ!!」
「歴史の失われた世界を探索するもよしッ!!」
「誰にも辿り着けない場所へ入り込むもよしッ!!」
「まさに!!」
「夢のような能力なのでございますッ!!」
歓声がさらに大きくなる。
だけど。
僕の体温だけが、どんどん下がっていった。
知られている。能力の詳細まで。全部。全部調べられている。
男はニヤリと笑った。
「ですがァ!!」
「この少年の価値は能力だけではございません!!」
会場が静まり返る。
男はゆっくりと僕へ手を向けた。
「皆様、この肩書きをご存じでしょうか?」
一拍置いて。
男は叫ぶ。
「この少年は——」
「巨大組織《Venom Desire》」
「その頂点に立つボスの——実の弟なのでございますッ!!!!」
ザワアアアアアアッ!!
会場中が一気にざわめいた。
「なんだと……!」
「本物か!」
「例のボスの……!?」
「面白い……!」
興奮した声があちこちから聞こえてくる。
男は観客たちを煽るように笑った。
「能力を思う存分利用するもよし!!」
「組織を揺さぶる切り札として利用するもよし!!」
「ボスを脅迫して、おびき寄せる材料にするもよし!!」
「使い道は——皆様次第でございますッ!!」
背筋が凍る。
僕は。
最初から。
商品として。
誘拐されたんだ。
男は高らかにハンマーを掲げた。
「それでは皆様!!」
「お待ちかね!!」
「本日のオークションを開始いたしますッ!!」
カンッ!!
甲高い音が会場中へ響く。
「開始価格は――」
「一千万ゴールドからァァァッ!!!!」
その瞬間だった。
一斉に、客席中の手が高く上がる。
「!!」
何万人もの観客が、まるで示し合わせたかのように同時に腕を伸ばしたのだ。
それぞれの指先では、さまざまな形のサインが作られている。
指を一本。二本。三本。
さらに複雑な組み合わせ。
「……あっ」
僕は思い出した。
これ、テレビやアニメで見たことがある。
オークションの入札サインだ。
声を出さず、手だけで値段を伝える方法。
つまり。今、この人たちは。
僕に値段を付けている。
その事実に、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
司会者は嬉しそうに会場を見回しながら、次々と声を張り上げる。
「おっと!! 早速動きましたァァ!!」
「二千万!!」
カンッ!!
「三千万!!」
カンッ!!
「五千万ッ!!」
カンッ!!
「さらに一億ーーーーッ!!!!」
その瞬間。
ワアアアアアアアアッ!!
客席から大きなどよめきが巻き起こる。
「もう一億か!」
「流石だ!」
「能力だけでも十分その価値はある!」
興奮した声があちこちから飛び交う。
司会者もすっかり気分が乗ってきたらしい。
「素晴らしいッ!!」
「まだまだ止まりません!!」
「一億二千万!!」
「一億五千万!!」
「二億ッ!!」
「三億!!」 数字が、まるで意味を失っていく。
僕一人に。
そんな大金が次々と積み上げられていく。
だけど。
誰一人として。
僕を一人の人間として見てはいなかった。
その瞳に映っているのは。
珍しい能力。利用価値。
そして、ボスの弟という肩書きだけ。
まるで高級な美術品でも競り落とすような目で、僕を見つめている。
「……」
怖い。
誰か。
助けて。
兄さん。
ミライ・ユくん。
トロンプくん。
お願い——。
その時だった。
一人の人物が、ゆっくりと右手を上げる。
動きはとても静かだった。
けれど。
その仕草には、不思議な存在感があった。
司会者がその手元を見た瞬間。
「えっと……!?」
一瞬、言葉を失う。
会場も静まり返る。
「じゅ……」
司会者は思わず目をこすった。
「十億ッ!?!?!」
一拍置いて。
「十億ですーーーーーッ!!!!」
その叫び声が、ホール中へ響き渡った。
「!!!」
一瞬で。
会場から音が消えた。
さっきまで熱狂していた観客たちが、一斉にその人物の方を向く。
「じゅ……十億……?」
「お、おい……聞き間違いじゃないよな?」
「誰だ……?」
「あんな金額を平気で出せる奴なんて……」
「一体どこの富豪だ……!?」
あちこちから困惑の声が漏れる。
司会者でさえ額に汗を浮かべていた。
「じゅ、十億です!!」
「十億入りましたァァァ!!」
興奮と動揺が入り混じった声が響く。
「さあ皆様!!」
「さらに上を目指す方はいらっしゃいますかァァァッ!!」
数秒の沈黙。
誰も動かない。
さすがに十億という金額は別格だった。
……だが。
「チッ……」
客席のどこかから、小さな舌打ちが聞こえた。
一人の男が、不機嫌そうな顔で手を上げる。
司会者が目を見開いた。
「おっとォ!!」
「次は……!!」
「十億五千万ーーーーッ!!!!」
再び会場がどよめく。
「まだ上がるのか!?」
「化け物だ……!」
「金の感覚がおかしいぞ……!」
だが。
その直後。
最初に十億を提示した人物は、まるで当然と言わんばかりに、再び静かに手でサインを作った。
司会者は息を呑む。
「えっ……!?」
「じゅ、十一億ッ!!!!」
さらに。
間髪入れず、もう一人も手を動かす。
「十一億五千万ーーーーッ!!!!」
歓声と悲鳴が入り混じる。
「す、すごいッ!!」
「止まらないぞ!!」
「どうやら二人の大富豪が、本気で競り合っているーーーーッ!!!!」
誰もが、その異常な競り合いに息をのんでいた。
そして檻の中の僕だけは——。
その二人のうち、どちらかでも落札した瞬間、自分の人生が完全に終わるかもしれないという恐怖に、ただ震えることしかできなかった。
そして。
張り詰めた静寂を破るように。
先ほどから競り合っていた、不機嫌そうな男がゆっくりと腕を上げた。
「……」
その動きには、一切の迷いがない。
まるで。
「これで終わりだ」
そう宣言しているかのような、絶対的な自信があった。
司会者は男の指の形を確認すると、大きく息を吸い込む。
「おっとォォォーーーーッ!!」
会場中に響き渡る大声。
「十五億ーーーーッッ!!!!」
カンッ!!
木槌が高らかに鳴り響く。
「十五億出ましたァァァァッ!!!!」
観客席からどよめきが巻き起こる。
「十五億……!」
「信じられん……!」
「もう誰も勝てないだろ……」
「流石に決まりだ!」
誰もがそう思った。
司会者も興奮した様子で客席を見回す。
「さあ皆様ァァ!!」
「これで決着はついたのでしょうかァァァッ!?!?」
シン、と会場が静まり返る。
誰も手を上げない。
十五億。
もはや個人が動かせる金額ではない。
普通なら、ここで終わる。
終わるはずだった。
——その時。
客席の奥。
最初に十億を提示した、あの人物が。
静かに。
本当に静かに。
右手を持ち上げた。
その仕草はあまりにも自然だった。
まるで。
今日はいい天気だな。
そんなことを思いながら、風で飛ばされそうになった帽子を軽く押さえるくらいの気軽さで。
ほんの少し手を上げただけ。
たった、それだけだった。
「……」
司会者の表情が固まる。
「……ッ!?」
目を見開き。
もう一度確認する。
見間違いではないかと、自分の目を疑う。
もう一度。
もう一度。
男の手元を見る。
「…………」
言葉が出ない。
口だけが小さく開いたまま、完全に固まってしまった。
会場中が不思議そうに司会者を見つめる。
「どうした?」
「何かあったのか?」
「金額が読めないのか?」
ざわざわとざわめき始める客席。
しかし司会者は、まるで時間が止まってしまったかのように動かない。
十数秒。
誰も声を発さなかった。
ようやく。
司会者の喉が震える。
「ひゃ……」
小さな声。
「ひゃく……」
震える唇。
そして次の瞬間。
「——百億ですーーーーーーッッ!?!?!?!?」
絶叫にも似た声が、会場全体へ轟いた。
一瞬の静寂。
そして。
ザワアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!
今までで一番大きなどよめきがホールを揺らした。
「ひゃ、百億だとォ!?」
「おいおいおいおい!!」
「そんな馬鹿な金額があるか!!」
「国家予算か何かかッ!?」
「誰なんだ、あいつは……!?」
誰もが立ち上がり、その人物の方を見ようとする。
だが、仮面に隠れた素顔は見えない。
正体は分からない。
それでも。
その人物が、この会場にいる誰よりも桁違いの財力を持っていることだけは、全員が理解していた。
檻の中の僕も。
「(ひゃ……百億……!?!?)」
頭の中が真っ白になる。
もう金額の感覚なんて、とっくに壊れていた。
十五億ですら想像もできない数字だったのに。
その何倍もの金額が、当たり前のように提示されてしまった。
会場中が騒然としている。
そして、先ほどまで十五億で競り合っていた不機嫌そうな男も——。
「…………ッ!?」
完全に言葉を失っていた。
その顔には先ほどまでの余裕は欠片も残っておらず、ただ驚愕だけが浮かんでいた。




