第四章 テロ組織、襲撃
そして——。
衝撃の事実を聞かされた僕たちは、しばらく放心状態だった。
「……いやいやいや」
ミライ・ユくんが額を押さえる。
「お前……実家がサーカスってレベルじゃねぇだろ!魔法都市で一番人気のサーカスだぞ!?しかも、兄貴が看板スターって……もっと早く言えよ!!」
「えへへ~!」
トロンプくんは悪びれる様子もなく笑っている。
「だって聞かれなかったし!」
「普通、自分から言うもんだろ!」
「そうかなあ?」
首を傾げるトロンプくん。
僕は思わず笑ってしまった。
「ふふっ……トロンプくんらしいね」
「でしょ?」
照れるトロンプくん。
「褒めてねえ!」
ミライ・ユくんのツッコミに、三人で笑い合う。
そんな話をしているうちに、あっという間に開場時間がやって来た。
係員さんたちが入口のゲートを開く。
「皆さま、お待たせいたしました!」
「開場いたします!」
その瞬間——。
わああああああああっ!!
五万人もの観客が、一斉に動き始めた。
「うわぁ……!」
思わず息をのむ。
人、人、人。どこを見ても人だらけ。
まるで大きな波がゆっくり流れていくみたいに、観客たちは会場の中へ吸い込まれていく。
「すっごい……!」
人の流れに身を任せながら歩いているだけなのに、不思議と胸が高鳴る。
「まるで海だねぇ……!」
「だな」
ミライ・ユくんも辺りを見回しながら笑う。
「これだけ人がいても全然ぶつからねぇ。スタッフの誘導も完璧だな」
案内係の人たちは慣れた様子で、
「こちらのお客様どうぞー!」
「二階席はこちらになります!」
「足元にお気を付けください!」
と笑顔で案内してくれていた。
さすが世界的に有名なサーカス。
観客の誘導まで、とてもスムーズだった。そして僕たちは、自分たちの座席へ向かう。
「わああっ!」
思わず歓声が漏れる。
案内されたのは、高い位置にある観覧席。だけど、その高さのおかげで——
「全部見える!」
巨大な円形ステージ。
天井まで届きそうな何本もの支柱。
空中ブランコ用のワイヤー。
巨大なスクリーン。
観客席を埋め尽くす五万人もの人々。
全部が一望できた。
「この席すごいね!」
「最高じゃん!」
僕は興奮して身を乗り出す。
「こんなに高いのに、ステージがすごく近く感じる!」
「演出見るなら一番いい席かもな」
ミライ・ユくんも感心していた。
トロンプくんはどこか誇らしそうに笑う。
「でしょ?」
「この辺、結構人気なんだよ~!」
席に座って周りを見回していると、入口でスタッフさんが何かを配っていることに気付いた。
「はい、どうぞ!」
「本日の記念品です!」
一人一人へ手渡される。
「ありがとうございます!」
受け取ってみると——。
「わああっ!」
思わず目が輝いた。
「このペンライト、すっごくオシャレ!」
それは普通の棒状のペンライトではなかった。
透明な持ち手の先には、大きなプレゼントボックスを模した可愛らしいデザイン。
リボンまで細かく再現されていて、宝石みたいにキラキラ輝いている。
「かわいい……!」
思わず何度も眺めてしまう。
「なんかライブ会場みたいだな」
ミライ・ユくんがペンライトをくるくる回しながら笑う。
僕も頷いた。
「ほんとだね!サーカスなのに、ライブみたい!」
するとトロンプくんが笑いながら説明してくれる。
「まあね!」
「メイン出演者は一人ずつ紹介されるし!」
「オリジナルソング歌う時間もあるし!」
「ライブとサーカスを合わせたようなショーなんだよ!」
「へぇ~~!」
「だからファンの人もすごく多いんだ!」
そう言われて周りを見ると、確かに出演者の名前が書かれたうちわや旗を持っている人もたくさんいた。
「ほんとだ!アイドルみたい!」
「でしょ?」
トロンプくんは嬉しそうに頷く。
「それでね!」
突然、何か思い出したように人差し指を立てた。
「このペンライトには、もっと面白い仕掛けがあるんだ!」
「え?」
「最新技術が入ってるんだよ!」
「ほら、この席の後ろ見て!」
言われて振り返る。
すると座席の背もたれの横に、小さなセンサーパネルが付いていた。よく見ると、
『ペンライトをこちらにかざしてください』
と小さく書かれている。
「ほんとだ!じゃあ……」
言われた通り、ペンライトを近付けてみる。
ピロリン♪
可愛らしい電子音が鳴った。
「おっ!」
僕は嬉しくなってスイッチを押す。
……でも。
「あれ?……光らない!」
もう一度押す。
カチッ。
……光らない。
「ええっ!?こ、壊れちゃった!?」
何度押しても反応しない。
「うわぁぁ!」
僕が慌てていると、
「あはは!」
トロンプくんが笑った。
「大丈夫大丈夫!それで合ってる!」
「え?」
「そういう仕様なんだよ!」
ミライ・ユくんも一緒に配られた説明書を開いて読み始める。
「えっと……」
紙をめくりながら、
「座席センサーへ登録されたペンライトは、終演までお客様による点灯操作ができなくなります……」
「なお、故障ではありませんのでご安心ください……」
「ショー演出中、お客様一人ひとりのペンライトは会場システムと連動し、自動で点灯・消灯・色変更を行います……」
「……だって」
「そうそう!」
トロンプくんが大きく頷く。
「これね、ショーが始まると勝手に光るんだ!」
「出演者ごとのテーマカラーに合わせて色が変わったり!」
「静かなシーンではゆっくり消えたり!」
「盛り上がるシーンでは会場中が一斉に光ったり!」
「全部コンピューターで制御されてるんだよ!」
「すごい……!」
僕は思わずペンライトを見つめる。
「魔法じゃないの?」
「うん!最新の機械技術なんだって!魔法と科学を組み合わせた特別なシステムらしいよ!」
「へぇぇぇ……!」
僕もミライ・ユくんも感心してしまう。
「本当にすごいね……!」
まだショーは始まっていない。
それなのに、胸はもう期待でいっぱいだった。
◇
そして——。
場内アナウンスが静かに流れ始める。
《皆様、本日はご来場いただき、誠にありがとうございます》
その落ち着いた女性の声だけで、観客席の空気が少しずつ変わっていく。
《まもなく、本日の公演が開演いたします》
《開演まで、あと一分です》
「おっ!」
ミライ・ユくんが嬉しそうに前へ身を乗り出す。
「始まるぞ!」
「わあ……!」
僕も自然と胸が高鳴った。
五万人もの観客が座る巨大な会場。
さっきまで賑やかだった客席も、少しずつ静かになっていく。
皆、今か今かとその瞬間を待っている。
すると——。
巨大なメインスクリーンがゆっくりと点灯した。
映し出されたのは、大きな数字。
**六十**
そして。
**五十九**
**五十八**
カウントダウンだ。
「おおーー!」
会場中から歓声が上がる。
「始まる始まる!」
「楽しみー!」
「待ってました!」
あちらこちらから興奮した声が聞こえてくる。
数字が減るたびに、観客席の熱気もどんどん上がっていく。
五十。
四十。
三十。
二十。
残り時間が少なくなるにつれ、照明もゆっくり暗くなっていった。
ステージのライトが一本、また一本と消えていく。そのたびに期待感が膨らんでいく。
「演出すごいね……!」
僕は思わず呟いた。
「さすが世界一のサーカスだな」
ミライ・ユくんも感心している。
トロンプくんは嬉しそうに笑った。
「ふふっ!ここからが毎回一番盛り上がるんだよ!」
そして——。
スクリーンの数字が、
**十**
を映した瞬間。
ドォォォォォン!!
会場中に響き渡る重低音。
同時にオーケストラの演奏が一気に大きくなる。
ズンッ!ズンッ!ズンッ!
心臓まで震えるような迫力。
その音楽に合わせて、
「「「十!!」」」
観客五万人が一斉に叫んだ。
「えっ!?」
僕は思わず驚く。すると。
「皆で数えるんだよ!」
トロンプくんが笑顔で教えてくれた。
「なるほど!」
僕たちも急いで声を合わせる。
「「「九!!」」」
「「「八!!」」」
会場中がひとつになる。
五万人の声が重なり合い、巨大な建物全体を震わせる。
「「「七!!」」」
「「「六!!」」」
「「「五!!」」」
ペンライトはまだ光らない。
それでも、誰もが笑顔だった。
皆、この瞬間を楽しみにしてきたのだ。
「「「四!!」」」
音楽はさらに激しくなる。
ドラム。ブラス。弦楽器。
全部が一気に盛り上がっていく。
「「「三!!!」」」
僕も自然と声が大きくなる。
「「「二ッ!!!」」」
会場全体が立ち上がりそうな勢いだ。
そして。
「「「一ーーッッ!!!!!」」」
その瞬間。
パンッ!!
パンパンパンパンッ!!
ドォォォォン!!
天井の至るところから巨大なクラッカーが一斉に発射された。
色鮮やかなメタルテープが何百本、何千本と空中へ舞い上がる。
金色。
銀色。
虹色。
照明を反射しながら、まるで流れ星の雨のように降り注いでいく。
「わあああああ!!」
「きゃあああ!!」
「すごーーーい!!」
観客席は大歓声。
あちらこちらから拍手も聞こえる。
僕も思わず立ち上がりそうになる。
「すごい……!!映画みたい!」
「派手だなぁ!」
ミライ・ユくんも思わず笑っていた。
そして。
皆が息をのむ。
次はいよいよ主演キャストが登場するはず——。
……。
…………。
………………。
「…………?」
誰も出てこない。
ステージは静まり返ったままだった。
さっきまで鳴っていた音楽も、ふっと止んでしまう。
「……あれ?」
僕は首を傾げる。
「どうしたんだろう?まだ準備中なのかな?」
ミライ・ユくんも不思議そうにステージを見る。
すると。
ブツン。
メインスクリーンが突然真っ黒になった。
照明も完全に消える。会場全体が、真っ暗闇に包まれた。
「わっ……!」
思わず声が漏れる。
さっきまであれほど明るかった会場が、一瞬で何も見えなくなった。
ペンライトも点灯しない。
床も。
ステージも。
スクリーンも。
全部が真っ暗だった。
「暗いねぇ……」
僕は周りを見回す。
隣にいるミライ・ユくんとトロンプくんの姿が、かろうじて見える程度だ。
「これも演出か?」
ミライ・ユくんがトロンプくんへ尋ねる。
しかし。
「え……?」
トロンプくんは困ったように首を横へ振った。
「いや……こんなの聞いてないよ?」
「え?」
「僕も初めてなんだけど……」
その声には、ほんの少しだけ不安が混じっていた。
「何か……トラブルでもあったのかな……?」
暗闇の中でも、トロンプくんの表情が少し曇ったのが分かった。
その様子を見て、僕の胸にも小さな不安が広がる。
周囲の観客たちもざわざわと話し始めた。
「え?」
「何これ?」
「演出じゃないの?」
「始まらないけど?」
「機械トラブル?」
「音響止まった?」
「えー、どうしたの?」
会場中に戸惑いの声が広がっていく。
さっきまでの熱気は、いつの間にかざわめきへと変わっていた。
それでも——。
ステージには誰も現れない。
スクリーンも真っ暗なまま。
音楽も流れない。
何も起こらない。
僕たちは顔を見合わせ、小さく頷いた。
「……とりあえず、少し待ってみようか。」
その時だった。
シューーーーーーーッ……
どこからともなく、空気が抜けるような音が聞こえてくる。
最初は小さな音だった。
けれど、それはあっという間に大きくなり——
プシューーーーーーーッッ!!
天井の至るところから、一斉に白い煙が噴き出した。
「おっ!」
ミライ・ユくんが嬉しそうに身を乗り出す。
「始まったのか!?」
僕も思わず期待してステージを見る。
きっと、これも演出なんだ。
煙の中から出演者が現れるのかな。
そんなことを考えていた。
でも——。
何かがおかしい。
ステージは相変わらず真っ暗なまま。スポットライトもつかない。音楽も流れない。聞こえてくるのは、
シューーーーーーーッ……
プシューーーーーーー……
煙が噴き出し続ける音だけ。
「……?」
僕は首を傾げる。
「こんなに長く煙だけ出るの……?」
すると。
ガタッ!!
どこかで椅子が倒れるような音がした。
「え?」
一瞬だけ静まり返る会場。
次の瞬間。
ガタンッ!!
ドサッ!!
バタッ!!
今度は別の場所から。
さらに。
ガタガタッ!!
ドサッ!!
ズルッ!!
あちらこちらで、人が倒れるような音が聞こえ始めた。
「え……?」
僕は思わず立ち上がろうとする。
「誰か倒れてる……?」
でも。
次の瞬間には、さらに多くの音が響いた。
ガタン!!
ドサッ!!
バタバタッ!!
まるでドミノ倒しのように、客席のあちこちから人が倒れていく。
「な、何!?」
「どうしたの!?」
暗闇で何も見えない。
だからこそ、音だけが余計に恐ろしい。
僕は耳を澄ませる。
倒れる音は——
少しずつ。
少しずつ。
こちらへ近付いてきていた。
「……!」
僕は息をのむ。
「もしかして……」
煙は天井から降ってきている。
つまり。
天井に近い席の人から順番に——。
「倒れてる……?」
その考えが頭をよぎった瞬間、背筋が寒くなった。
「なんだなんだ!?」
ミライ・ユくんが勢いよく席から立ち上がろうとする。
しかし。
「……ッ!?」
立てない。
まるで体中を透明な鎖で縛られたように、一歩も動けなかった。
「なっ……!?」
腕に力を込めても。
足に力を入れても。
びくともしない。
「何これ!?」
僕も慌てて体を起こそうとする。
でも同じだった。
「う、動けない!」
「立てないよ!」
足が床に縫い付けられたみたいだ。
手も。
肩も。
体全体が見えない何かに押さえつけられている。
その瞬間。
ミライ・ユくんが全力で叫んだ。
「拘束魔法だァァァァァッッ!!!!」
その声は会場中に響き渡る。
五万人の観客全員に聞こえたかもしれないほど、大きな叫びだった。
すると。
「えっ!?」
「拘束魔法!?」
「何それ!?」
「うそ!?」
「立てない!!」
「私も!!」
「助けて!!」
「何が起こってるの!?」
「誰か説明してよ!!」
一瞬で会場は大混乱になった。
あちこちから悲鳴が上がる。
泣き出す子ども。叫ぶ大人。
状況が分からず混乱する観客。
さっきまで笑顔でいっぱいだった会場は、ほんの数十秒で恐怖の渦へと変わってしまった。
その時。
シューーーーーーー……
煙が、ついに僕たちの席まで降りてきた。
「……!」
真っ暗だから見えない。
どこまで煙が来ているのか分からない。
「息止め——」
そう言おうとした。
でも。遅かった。
「ゴホッ……!」
一瞬だけ白い煙を吸い込んでしまう。
次の瞬間。
「……あ」
頭が、ふわっと軽くなる。
視界がぼやける。
耳鳴りがする。
体から力が抜けていく。
「なん……だ……これ……」
ミライ・ユくんの声も、いつもより遠く聞こえた。
「カゲエ!」
「トロンプ!」
「起き——」
言葉が最後まで聞こえない。
まぶたが重い。
とても重い。
開けていられない。
「だめ……」
眠っちゃ……
だめ……
なの……
に……
…………。
………………。
…………………。
僕たち三人の意識は、ゆっくりと闇の中へ沈んでいった。
そして——。
数分後。
五万人もの観客が眠りについた巨大な会場には、不気味な静寂だけが残っていた。
誰一人として動かない。
誰一人として声を上げない。
まるで時間そのものが止まってしまったようだった。
その静寂を破るように——。
コツ。コツ。コツ。
硬い靴音が響く。
客席の通路を歩いてくる、数人の人影。
全員、黒いスーツに身を包み、顔の上半分を覆う仮面を身につけている。
その姿は、まるで最初からこの劇場に潜んでいたかのようだった。
彼らは迷うことなく、一直線に僕たちの席へと歩み寄る。
そして。
一人の男が、眠る僕の顔を見下ろし、ゆっくりと口元を歪めた。
「……クックック」
低く、不気味な笑い声。
「よく眠っているな——」
男はしゃがみ込み、僕の頬へそっと手を伸ばす。
「カゲエご令弟……」
その声だけが、静まり返った会場の中で、不気味に響いた。




