第三章 癒しを求めて
「——ほい、着いたぞ」
今日も、ミライ・ユくんの運転する車がゆっくりと屋敷の前へと止まる。
夕焼けはもうすっかり消え、空には星が瞬き始めていた。一日中働いた疲れが、どっと押し寄せてくる。
僕たちは同時に「ふぅ……」と小さく息を吐いた。
「今日もお疲れさま~!」
僕——トロンプルイユは大きく伸びをしながら笑う。
「ミライ・ユくん、毎日送り迎えしてくれてありがとねえ~!」
運転席のミライ・ユくんへ笑顔を向けると、
「ははっ」
ミライ・ユくんは照れくさそうに頭をかきながら笑った。
「そんなの当たり前のことだよ。皆を無事に送り届けるまでが俺の仕事だからな。」
その言葉が、なんだかミライ・ユくんらしくて、僕は思わず笑ってしまう。
隣ではカゲエくんも小さく頷いた。
「……ありがとう」
静かな声。
だけど、心からのお礼だった。
「礼なんていいって!それより、今日は本当に疲れたなあ……」
「だねぇ……」
僕も思わず苦笑いする。
三人で車を降り、玄関へ向かって歩き始める。
だけど。
僕は歩きながら、ちらりと隣を見る。
「……」
カゲエくんの表情は暗い。ここ最近、医療班で見てきたもの。
あの光景が、まだ頭から離れないのだろう。
ミライ・ユくんも、いつもより少しだけ口数が少ない。
「……」
うん。
やっぱり、このまま寝るのはダメだ。
疲れだけじゃなく、心まで沈んじゃう。
だったら。
僕がやることは、一つしかない。玄関の手前でピタリと立ち止まる。
「?」
「どうした?」
二人が振り返る。
僕はニヤリと笑って、スーツの上着を勢いよく脱ぎ捨てた。
「はいはい皆さーーーんッ!!」
パチンッ!
指を鳴らす。
「ご注目ーーーッッッ!!!!」
僕のオリジナル魔法能力、ミスター・スポットライト。
続けてスマホを取り出す。ぽちっ。再生。
♪ジャララララ……
流れ始めたのは、大好きなジャズ。
軽快なピアノ。陽気なサックス。弾むようなリズム。
静かだった屋敷の前が、一瞬で華やかなステージへと変わる。
「えっ!?」
「な、なんだ!?」
二人は目を丸くして僕を見る。
よしよし。ちゃんと視線は集まってる。
僕は胸を張って、大きく一礼した。
「さあさあ皆様ッ!!本日のショーのお時間でございますッ!!」
くるりと一回転。
まるで本物の司会者みたいに、大げさな身振り手振りで話し始める。
「いやあ~~!医療班のお仕事!!」
「ほんっと~~~に大変ですよねぇ~~ッ!!」
大げさに肩を落とす。
「毎日毎日運ばれてくる大量の患者さんッ!!終わりの見えないカルテの記録ッ!!」
「消毒!掃除!薬の運搬!患者さんのお世話!」
「もうやることが山盛りッ!!」
僕は指を折りながら数えていく。
「もちろん!」
「ゼーユ看護師長が治療も、手術も、薬の調合も、一人でやってくれてるとはいえ!」
「僕たちが覚えることだって山ほどありますッ!!」
「毎日毎日、新しい知識!」
「新しい仕事!」
「新しい失敗!」
「もう頭がパンクしそうですッ!!」
ミライ・ユくんが思わず笑う。
「ははっ……確かにな。」
「しかも……」
僕は少しだけ声のトーンを落とした。
「何より辛いのは。毎日のように運ばれてくる戦争患者さんたち」
その言葉に。カゲエくんの笑顔が少しだけ消える。
「傷だらけの身体」
「苦しそうな息」
「泣いている家族」
「痛みに耐える声」
「絶望したような表情」
「エトセトラ、エトセトラ……」
「本当に辛いのは患者さん本人」
「それはちゃんと分かってる。でも」
「その苦しさって、不思議と僕たちにも伝わってきちゃうんだよね」
少しだけ静かな空気になる。
だけど。
だからこそ。
僕はニッと笑った。
「そこでェッ!!!!」
パチンッ!!
もう一度指を鳴らす。
今度は僕の右手へ《注目》が集まる。
二人とも真剣な顔で見つめてくれる。少しだけ緊張する。……大丈夫。この日のために。何回も何回も鏡の前で練習した。失敗して。また練習して。ようやく成功するようになった。だから。きっと大丈夫。
「……よっとッ!!」
何も持っていない右手を見せる。
そこへ上着をふわっとかぶせる。
一秒。
二秒。
そして。
バサッ!!
勢いよく上着を取り払う。
「ジャジャーーーンッ!!!!」
そこに握られていたのは――
三枚の、豪華なサーカスのチケット。
「わあっ!!」
「ええっ!?」
二人が同時に声を上げる。
僕は得意げに胸を張る。
「どうやらですねぇ~~!!」
「毎日頑張っている僕たち三人のためにッ!!」
「どこかの優しい誰かさんがッ!!」
「コネをフル活用してッ!!」
「魔法都市で今、一番人気ッ!!」
「超満員御礼ッ!!」
「誰もが行きたいと憧れるッ!!」
「大・大・大人気の――」
チケットを高く掲げる。
「大魔法サーカスのチケットを手に入れてくれていたみたいですねぇぇーーーッ!!!!」
「サーカス!!」
カゲエくんが思わず一歩前へ出る。
「大魔法サーカスって……あの有名な!?」
ミライ・ユくんまで目を丸くする。
「え!?本当にあのサーカスなのか!?」
「もちろんッ!!」
僕はニカッと笑ってチケットをひらひら振る。
「頑張ったご褒美ってやつだよ!」
「だから明後日は!」
「医療班のお仕事も!嫌なことも!ぜーーーんぶ忘れて!」
「思いっきり楽しもうッ!!」
そう言うと。
カゲエくんとミライ・ユくんの目は、すっかりキラキラしていた。
◇
あの後。
僕——カゲエは、思わずトロンプくんへ勢いよく抱きついてしまった。
「わあああっ!」
急なことだったから少し驚いたみたいだけど、トロンプくんはすぐに優しく笑って、僕の体をしっかり受け止めてくれる。
「ふふっ。どうしたの、カゲエくん?」
「だって……!」
嬉しかった。
魔法都市で一番人気だと言われる、大魔法サーカスへ行けることももちろん嬉しい。
でも、それ以上に嬉しかったのは——。
トロンプくんが、僕たちのためにこんな素敵なサプライズを用意してくれていたことだった。
仕事で疲れていた僕たちを元気づけようと。笑ってほしいからって。あんなに素敵なショーまで披露して。
ジャズを流して、スポットライトを浴びながら、まるで本物のエンターテイナーみたいに楽しませてくれた。
全部、僕たちの笑顔のため。その優しさが、本当に嬉しかった。
「……ありがとう、トロンプくん」
小さくそう呟くと、
「えへへ~!」
トロンプくんは照れくさそうに頭をかいた。
「僕、人を笑顔にするの大好きだからね!」
「……トロンプくんらしいな」
ミライ・ユくんも、どこか優しい表情で笑う。
「お前のおかげで、今日は久々に肩の力抜けたわ」
「ほんと!?」
「ああ。本当にありがとな」
「えへへへへ~!」
トロンプくんは嬉しそうに笑った。
その笑顔につられて、僕たちも自然と笑顔になる。
最近はいろんなことがあった。
キアロくんのこと。戦い。医療班。傷つく人たち。考えなきゃいけないことが、たくさんあった。だからこそ。こんなふうに三人で笑える時間が、何より幸せだった。
そして——。
僕たちは車を走らせ、大魔法サーカスの会場へと到着した。
「…………」
車を降りた瞬間。
「わあああああっ!!」
思わず声が漏れる。
目の前には、巨大なサーカステント。
色鮮やかな旗が何十本も風になびき、建物全体がキラキラと魔法の光で包まれている。
空には巨大なホログラム広告が浮かび、
『本日開演!!』
『奇跡の魔法サーカス!!』
そんな文字が空いっぱいに踊っていた。
入口には長蛇の列。
家族連れ。
恋人同士。
友達同士。
世界中から集まった観客で、辺りはものすごい熱気に包まれている。
「すっごい人……!!」
思わず見上げる。
「観客、五万人だったっけか?」
ミライ・ユくんも辺りを見回しながら口笛を吹く。
「やっべぇな……!人しか見えねぇ!」
「皆、すごく楽しみにしてるんだねえ!」
僕も思わず笑顔になる。
「抽選だったよね?普通は倍率何倍くらいなの?」
そう尋ねると、トロンプくんは腕を組みながら、
「えーっとねえ……」
と記憶をたどり始める。
「確か……五百倍くらいだったかな?」
「ご、ごひゃっ……!?」
僕は思わず固まった。
「うわああ!!凄すぎるよお!!」
ミライ・ユくんも目を丸くする。
「そんなもん当たる奴いるんだな……しかも俺ら三枚も当持ってるし。奇跡じゃねぇか……」
「えへへ!」
トロンプくんは嬉しそうに笑う。
そのまま三人で入口へ向かって歩いていると——。
トロンプくんだけが、何度もグッズ売り場の方をチラチラ見ていた。
「?」
僕はその様子に気付く。
「トロンプくん?」
「何か欲しい物あるの?」
「あ!」
トロンプくんは少し照れ笑いを浮かべた。
「僕ね、記念にライオンさんのストラップ買いたいなあって!」
「ほら!あそこ!」
指差した先には、可愛いライオンのマスコットストラップが並んでいた。
「一緒に見に行かない?」
「もちろん!」
「行こうぜ!」
三人でグッズ売り場へ向かう。
すると。
トロンプくんは、ライオンのストラップよりも、その隣に並ぶ大量のぬいぐるみをじーっと見つめていた。
「?どうしたの?」
「あ!」
トロンプくんは楽しそうに笑う。
「ほら、このデフォルメぬいぐるみ!人気のメイン出演者全員分あるでしょ?誰が一番人気なのかな~って!」
僕たちも並ぶぬいぐるみを見る。どれも可愛い。しかも、ちゃんと一人一人顔が違う。
「へぇ~!」
「完成度高いな!」
ミライ・ユくんも感心している。
トロンプくんは一番減っている棚を指差した。
「やっぱり長男の兄貴だな~!身長高くてスタイルいいし!イケメンだから女性人気すっごいんだよねえ!」
「へぇ~」
僕は何気なく頷いた。
「え?」
……兄貴?
「兄貴?」
思わず聞き返す。ミライ・ユくんも首をかしげる。
「なんか……」
「家族みたいな言い方だな?」
冗談交じりに笑うと、
「え?」
トロンプくんはきょとんとした顔になる。
「家族だよ?」
「…………」
「…………」
僕とミライ・ユくんは同時に固まった。
「え?」
「え?」
トロンプくんは不思議そうに首を傾げる。
「あれ?最初に会った時の自己紹介で言わなかったっけ?僕、実家サーカスなんだって」
「…………」
沈黙。嫌な予感しかしない。
トロンプくんは、何でもないことのように笑って言った。
「ここ、僕の実家」
…………。
…………。
…………。
数秒の静寂が流れる。
そして——。
「「ええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!」」




