第二章 減っていく笑顔
あの衝撃的な出来事から、早くも一週間が過ぎようとしていた。
時間が経てば、少しは慣れるのかもしれない。最初はそう思っていた。
けれど、現実は違った。
あの日以来、前線からは何人もの緊急戦争患者さんが医療班へ運び込まれてくるようになった。
「戦争患者です!」
その言葉を聞くだけで、医療班全体の空気が張り詰める。
誰も無駄口を叩かず、全員が一斉に動き出す。
ストレッチャーの上で苦しそうに息をする隊員さん。
全身が傷だらけの人。
深い火傷を負っている人。
魔法による爆発で身体の一部を失った人。
血だらけになりながら、それでも必死に生きようとしている人。
その姿を見るたびに、胸がぎゅっと締め付けられた。
戦争。
その二文字がどれほど残酷なものなのか。
僕たちは毎日のように思い知らされていた。
そして。
僕——トロンプルイユは、もう一つ気になっていることがあった。
それは……カゲエくんのことだ。
僕とミライ・ユくんは、カゲエくんの護衛を任される前からVenom Desireの任務に参加していた。
もちろん、戦争ほどではない。それでも任務中に怪我をした仲間を見たり、応急処置を手伝ったりした経験は何度かある。
だから、ああいう光景にも多少は慣れていた。
決して平気ではない。
胸は痛むし、見ていて苦しい。
それでも、心のどこかでは「こういうこともある」と受け止められるくらいにはなっていた。
だけど。
カゲエくんは違う。
ついこの前まで、ごく普通の生活を送っていた人だ。
こんな世界へ来たばかり。
こんな現実を見るようになったのも、ほんの少し前のこと。
ましてや。
カゲエくんは、本当に優しい人だから。
苦しそうにしている人を見るだけで、自分のことのように胸を痛めてしまう。
そんな人だからこそ。
戦争患者さんたちの姿は、きっと誰よりも心に深く刺さっている。
診察室へ運ばれてくる患者さんを見るたびに。カゲエくんは小さく眉を寄せる。治療が終わるまで、静かに患者さんを見守る。
助かったと聞けば安心したように微笑む。
その優しさは変わらない。
でも。
少しずつ。
本当に少しずつだけど。
カゲエくんの笑顔は減っていった。
以前なら何気ないことで笑っていた。
休憩時間には僕たちと他愛もない話をしていた。
ゼーユ看護師長の話で盛り上がったり、売店のお菓子を見てはしゃいだり。
そんな姿が当たり前だった。
だけど最近は。笑う回数が少なくなった。
話しかけても、返事はする。
でも、どこか上の空だ。ぼんやり窓の外を眺めていることも増えた。
患者さんが帰っていく姿を、いつまでも見送っていることもあった。
朝だってそうだ。
僕たちは毎朝、同じ車で医療班本部へ向かっている。
「よし……んじゃ、出発するぞー」
ミライ・ユくんがいつものように声をかける。
「……うん」
返ってきたのは、少し元気のない返事だった。
車が走り始めても、カゲエくんは窓の外を眺めたまま。
流れていく街並みを、静かに見つめている。
何を考えているのかは分からない。
でも。
きっと、あの日見た戦争患者さんたちのことを思い出しているんだろう。
「……」
隣でその横顔を見ながら、僕は小さく息をついた。
「(カゲエくん……)」
心配だった。
本当に心配だった。
優しい人ほど、自分の心を後回しにしてしまう。
誰かを助けたい。
誰かの力になりたい。
そんな気持ちが強い人ほど、一人で苦しみを抱え込んでしまう。
カゲエくんも、きっとそうなんだ。
だけど。
僕は知っている。
今まで何度も、カゲエくんの笑顔に助けられてきたことを。
不安だった時。失敗して落ち込んだ時。勇気が出なかった時。
カゲエくんは、いつだって笑ってくれた。
「大丈夫だよ」
その一言だけで、何度救われたか分からない。
だから今度は。
僕がカゲエくんを元気づけたい。
もう一度、あの笑顔を見たい。
そのために僕にできることは何だろう。
仕事を手伝うこと?たくさん話しかけること?美味しいものを食べに行くこと?
いろいろ考えているうちに、一つの考えが頭に浮かんだ。
そうだ。
きっと、これなら喜んでくれる。
僕は、その日の帰り道で、カゲエくんにプレゼントを渡すことにした。




