第十四章 始まりのカタルシス
組織の壊滅を狙う裏切り者の正体。
それは——
——。
……。
……アールデコくんだ。
その目的は……。
人数が増えて、収まりが付かなくなったVenom Desireをもう終わらせるため。
少しだけ、私——ゼーユカタルシスが、カクシエくんたちに出会った時の話をしようか——
パラレルワールド。
そこは、人間たちが暮らす地球のある宇宙とはまったく別の宇宙に存在する、とある惑星。
そこに暮らしているのは、人間ではない。
人間という種族が、さらに長い年月をかけて進化を遂げた存在——《人間上位種》。
桁違いの身体能力。常識外れの魔法。長い寿命。
知識も文明も、人間界とは比べものにならないほど発達している。
この星では、人間という存在は「遥か昔の祖先」程度の認識しかされていなかった。
弱く、未熟で、非効率。
そんな評価が、この世界では当たり前だった。
そして私は——。
今日も今日とて、別宇宙に存在する人間界を観察していた。これが、私の仕事だ。
正式名称は《異宇宙人類観測員》。
別世界で暮らす人間たちの日常を観察し、記録し、報告する仕事。
……ちなみに。
私は人間界では屈指のエリート魔法使い。
……いや、自分で言うのもどうかと思うけど☆
てへ。
もちろん、人間界だけではない。
この星にいる上位種たちの中でも、それなりに上位へ食い込む実力者だった。
だから、この仕事の採用試験もあっさり合格。
周囲からは、
「カタルシスなら、もっと給料の高い部署に行くだろ」
なんて言われたものだ。
でも、私は迷わなかった。
だって、この仕事は——。
別世界の人間を毎日観察できるのだから。
給料は低い。勤務時間は長い。
しかも、周囲からの人気は最低レベル。理由は簡単だった。
「気持ち悪い下等生物を観察する仕事なんて誰がやるんだよ」
皆がそう思っているから。だから倍率も低い。
そして私は、そんな不人気職へ嬉々として飛び込んだ。
もちろん。
本当の目的は——。
「へ……へへへへへ……!」
モニターいっぱいに映る人間たちを見ながら、思わず口元が緩む。
「人間……今日も可愛すぎるんだがぁぁ!!!!」
そう。
私の目的は——。
《推し活》。それだけだった。
もちろん、このことは誰にも話していない。
家族にも。幼い頃から一緒だった幼馴染にも。
誰一人として知らない。
知られたら最後。
私は、この星では変人扱いされる。……いや。変人程度で済めばまだいい。きっと、惑星中から笑われる。だから。私は秘密にしていた。
けれど。
周囲の会話は、毎日のように耳へ入ってくる。
「あいつらマジでブスだよなぁ」
「頭悪すぎね?」
「弱すぎるだろ!」
「さっさと滅びればいいのにな~!」
「キャハハハハ!!」
…………。
聞きたくない。
でも、聞こえてしまう。
私は今日も、一人。社員食堂の隅っこの席で昼食を食べていた。
誰とも話さない。誰も話しかけてこない。
……別に嫌われているわけじゃない。
ただ。価値観が違うだけ。
私と同じように人間を好きな上位種は、この星のどこかにはいるのかもしれない。
でも。
誰も口にはしない。
もし。もしも。
「私、人間好きなんだよね」
なんて言おうものなら、翌日には。
「気持ち悪い趣味」
「変わり者」
「頭がおかしくなった」
そんな噂が、惑星中へ広まるだろう。
だから。私は黙っていた。ずっと。一人で。
毎日。苦しかった。寂しかった。切なかった。
人間は弱い。確かに弱い。
傷つく。泣く。病気にもなる。簡単に死んでしまう。
でも。
だからこそ。
誰かを守ろうとする。愛そうとする。時には嘘をつきながら。迷いながら。傷つきながら。それでも前へ進もうとする。そんな姿が。どうしようもなく。尊しかった。
「(……こんなに素敵な生き物、他にいる?)」
同僚たちの悪口が聞こえるたびに。
殴り飛ばしたくなる。魔法で黙らせたくなる。
でも。私は大人だ。だから。今日も必死に耐える。
「…………」
ぐっ、と拳を握り締める。
耐えろ。
耐えるんだ、私。
ここで暴れたら終わる。
推し活どころではなくなってしまう。
そんなある日だった。
「……人間世界潜入調査・お菓子編?」
休憩室へ入った私は、一枚の募集ポスターの前で足を止めた。
鮮やかな色で書かれたそのポスターには、大きくこう書かれている。
『人間世界潜入調査隊 追加募集!』
『テーマ:お菓子文化』
「…………」
思わず見入ってしまう。
すると。
「……カタルシス?」
後ろから聞き慣れた声がした。振り返る。
「ああ、お前か」
幼馴染であり、同僚でもある青年だった。
「何見てんだ?」
「これ」
私はポスターを指差す。
「ああ、それか!」
彼は苦笑しながら肩をすくめた。
「それ、めちゃくちゃ不人気なんだよ」
「なんでも、人間界へ潜入して『お菓子』って文化を研究するらしいぜ」
「しかも!」
「実際に食べなきゃいけないらしい!人間の飯なんか食わされるとか地獄だろ!」
「人気ないわけだ!」
ケラケラ笑う幼馴染。
でも。
私の頭の中は。
もう別のことでいっぱいだった。
「(……人間のお菓子)」
「(本物を……食べられる?)」
「(人間が作ったものを……?)」
「(しかも直接、人間界へ行ける……?)」
胸が高鳴る。
鼓動が速くなる。
「…………」
私は、小さく呟いた。
「……行ってみようかな」
「え?」
「……行ってみようかな」
もう一度言う。
「はぁぁぁぁぁ!?」
幼馴染が素っ頓狂な声を上げた。
「カタルシス!?」
「本気か!?」
「あ……いや」
私は咄嗟に平静を装う。
「ほら、これ、給料も結構いいみたいだし」
「食べ物食べて、お金まで貰えるなら悪くないかなって」
「いやいや!」
「問題はその食べ物がマズいことだろ!?」
「それでも」
私は微笑む。
「少し……興味があるんだよね」
「えぇぇぇぇぇ~~!!」
幼馴染は頭を抱え、大げさに悩み始めた。
「う~~~ん……」
「う~~~~ん……」
しばらく唸ったあと。
大きく息を吐いて言った。
「……しゃあねぇな」
「心配だから、俺も一緒についていく!」
「!」
思わず顔を上げる。
「本当か?」
「ああ!」
「お前一人じゃ絶対なんかやらかす気がするし!」
「監視役だ!」
「……ふふ」
思わず笑ってしまった。
やっぱり。持つべきものは、友達だった。
◇
そして。
私たちは魔法ロケットへと乗り込んだ。
銀色に輝く巨大な機体。内部には淡い魔法光が灯っていて、壁一面には無数の魔法陣や計器が並んでいる。椅子は全部で十席ほど用意されていたが、その広い空間には、たった四人しか乗っていなかった。
……本当に、不人気な仕事なのだろう。
別宇宙にある人間世界へ赴き、『お菓子』という文化を調査する任務。
しかも実際に食べ、その味や歴史まで細かく記録しなければならない。
人間を見下している上位種たちからすれば、罰ゲームのような仕事なのだ。
「いやぁ~……相変わらず少ねぇな」
幼馴染が苦笑しながら周囲を見回す。
「四人だけかよ」
「人気ないにも程があるだろ」
別の調査員も肩をすくめた。
「人間の世界まで行って、わざわざあんな下等生物の飯を食うとか……俺には無理だな」
「俺も俺も」
「早く終わらせて帰りてぇ」
三人はそんなことを話していた。
だが。
私だけは——全く別の意味で落ち着かなかった。
「(やばいやばいやばいやばい……!!)」
心臓が。うるさいくらい高鳴っている。
「(今までは画面越しでしか見られなかった人間……!!)」
「(今日……今日ついに!!)」
「(実物に会えちゃうの!?!?)」
「(えっ!?本物!?生きてる人間!?呼吸してる!?歩いてる!?)」
「(やばいやばいやばいやばいやばいやばいッ!!!!)」
頭の中は完全にお祭り騒ぎだった。
普段は冷静沈着。
魔法研究でも一切動じない私が。
今だけは完全に理性が吹き飛んでいた。
「(どうしよう!!)」
「(目が合ったらどうしよう!?)」
「(話しかけられたら!?)」
「(いや待て待て落ち着け!!潜入調査だぞ!?)」
「(落ち着け私!!)」
「(でも人間!!)」
「(かわいい!!)」
「(ああああああああ!!!!)」
心の中では叫び続けていた。
もしこの瞬間、誰かに心を読まれていたら。
私は社会的に終わっていたと思う。
そんな私を見ていた幼馴染が、ちらりとこちらを見る。
「……」
じーーーっ。
「……?」
「……カタルシス」
「ん?」
「……お前」
「今日なんかテンション高くね?」
「え?」
「いや……なんでもねえ」
幼馴染は腕を組みながら考え込む。
「(……なんか今日のこいつ、様子がおかしいな)」
「(仕事だからって柄にもなく張り切ってんのか?)」
「(いや……そんなタイプじゃねぇよな)」
そんな視線を向けられていることなど知らず、私は必死に平静を装っていた。
「べ、別に?普通だけど?」
「ふーん……」
幼馴染は首を傾げる。
「ま、いいか」
危なかった。あと少しでバレるところだった。
私が人間オタクであることだけは。
絶対に知られてはいけない。それだけは何としても守り抜かねばならない秘密だった。
やがて。
ゴォォォォォ……!!
魔法ロケットは轟音を上げながら宇宙空間を駆け抜けていく。
窓の外には満天の星々。
流れる銀河。
色鮮やかな魔力のオーロラ。
そして。
少しずつ、一つの青い惑星が近づいてきた。
「あれが……」
地球。
人間たちが暮らす星。画面越しでは何度も見た。資料でも何度も読んだ。
けれど。
実際にこの目で見る地球は、言葉にならないほど美しかった。
「(きれい……)」
思わず息を呑む。
青い海。
白い雲。
緑豊かな大地。
そこに、何十億もの人間たちが今日も笑い、泣き、恋をし、働き、誰かを守りながら生きている。
そう思っただけで。胸がいっぱいになった。
「(ああ……)」
「(やっぱり、人間って最高だ……!)」
ロケットはゆっくりと高度を下げる。
そして。
ドォォン……
静かな着陸音と共に、人間世界への潜入任務が始まった。
「はい、それぞれ事前に提出した担当区域へ向かってください」
隊長役の職員が説明する。
「調査期間は一週間」
「調査対象は人間文化」
「安全第一で行動してください」
「では、解散」
それぞれが荷物を持ち、自分の担当区域へ歩き始める。
私もゆっくり歩き出した。
私が自ら希望して選んだ調査先。
それは——
教会。
人間の歴史を語るうえで欠かせない存在。《宗教》。
そして、その象徴ともいえる神聖な建物。
教会だった。
もちろん、表向きの理由は違う。
教会には祝い事や季節行事が多く、それに伴って数え切れないほどのお菓子文化が存在している。
焼き菓子。祭りのお菓子。祝福のお菓子。献げ物のお菓子。
研究対象としては申し分ない。
……だが。
本当の目的は違う。
「(人間を観察するなら……教会が一番だ)」
祈る人。笑う人。泣く人。家族。子ども。恋人。老人。
人生の喜びも悲しみも。
教会には全部集まってくる。
そんな場所なら。
きっと。
人間という生き物の魅力を、誰よりも近くで見ることができる。
「……よし」
小さく頷く。
私は胸の高鳴りを必死に抑えながら、人間たちが暮らす街へ向かって歩き始めた。
まだ、この時の私は知らなかった。
この小さな調査が。
私の人生を。
そして、後にVenom Desireという巨大組織の未来までも、大きく変える第一歩になることを。




