第十三章 ショウは喧騒の中
どんどん荒れていく会議。
疑いをぶつけ合う大幹部たち。
誰しもが、不安の表情を浮かべている。
もう、収拾が付かなくなってきた。
「ああ……どうしよう。困ったな……」
ゼーユ看護師長が珍しく額に汗を浮かべている。
こんな姿を見るの初めてだ。
「お前じゃないか!?」
「いや、そっちじゃないか!?」
「夫婦で協力してるんじゃんないか!?」
「ハア!?」
「そんなわけないだろう!!」
荒れる会議。
誰しもが、ヒートアップしている。
その時だった。
一人の少年が立ち上がった。
パチンッッ!!!
軽快な音が響いた。
その瞬間。
まるで時間が止まったかのように、部屋中の視線が一つの場所へ集まる。
「……?」
「誰だ……?」
先ほどまで飛び交っていた疑いの声が、ぴたりと止まる。
そして。
皆の視線の先にいたのは——。
「……」
少しだけ緊張したような、それでもいつものような笑顔を浮かべている少年。
トロンプくんだった。
「(トロンプくん……!?)」
僕は思わず目を見開く。
「(一体……何をするつもりなの……?)」
こんな重たい空気の中で。
皆が仲間を疑い始めている、この状況で。
彼はいったい——。
すると。
トロンプくんは何も言わず、ポケットからスマートフォンを取り出した。
そして。
ピッ。
操作をすると——。
会議室いっぱいに、音楽が響き渡った。
軽快なリズム。
華やかな旋律。
それは。
トロンプくんが愛してやまない、ジャズの音楽だった。
「……!」
僕は、その音を聞いて思い出す。
そして、サーカスのような演出をしてくれた時。
彼はいつも音楽と共に、自分だけの世界を作り出していた。
まるで。小さな舞台の上にいるみたいに。
そして今も——。
この緊張で凍り付いた会議室を、たった一人で舞台へ変えようとしていた。
「はいはい皆様ご注目ーーーッッ♪♪」
トロンプくんが大きく手を広げる。
その瞬間。
彼の魔法——《ミスター・スポットライト》。
指定した場所へ、強制的に《注目》を集める力。
それによって。
まるで本当にスポットライトが当たっているかのように。
トロンプくんだけが、この場の中心になった。
「いやあ~~~皆様!!大変な状況でございますねえ~~!!」
いつもの調子。
いつもの明るい声。
けれど。
今までとは少し違う。
その声には、覚悟が込められていた。
「せっかく皆様、お忙しい中で貴重なお時間を作って集まったというのに……」
トロンプくんは大げさに肩を落とす。
「まさか……」
「『この中に裏切り者がいる』」
「そんな衝撃的な発表を聞くことになるなんてッ!!」
手を大きく動かしながら、会議室全体へ語りかける。
「そりゃあ皆様、不安になりますよねえ!!」
「今まで共に戦ってきた仲間!」
「背中を預けてきた仲間!」
「そんな相手を疑わなければならないなんて……!」
一瞬。
大幹部たちの表情が変わる。
皆、思い当たるものがあるのだろう。
怒りではなく。
悲しみ。
戸惑い。
そして不安。
トロンプくんは、それを見逃さなかった。
「ですがッ!!」
パンッ!!
もう一度。
指を鳴らす。
その音が、会議室に響き渡る。
「皆様、ご安心くださいませッ!!」
「この件……」
「僕たちが、必ず解決させてみせます!!」
その瞬間。
トロンプくんの視線が、僕とミライ・ユくんへ向く。
そして——。
僕たちへ、魔法が向けられた。
「えっ!?」
「うお!?」
次の瞬間。
僕とミライ・ユくんへ、会議室全員の視線が集まった。
「な、なんで僕たち!?」
思わず声が出る。
ミライ・ユくんも驚いたように目を丸くする。
「お、おいトロンプ……!?」
だけど。
トロンプくんは笑っていた。
「だって!」
「僕たちは——」
「カゲエくん親衛隊ですからッ!!」
その言葉に。
胸が熱くなる。
「僕と!」
「僕の仲間が!!」
「必ず、この事件の真相を突き止めることを誓いましょう~~!!」
大きく頭を下げるトロンプくん。
そして。
「ですから皆様!!」
「本日はどうか……安心してお帰りくださいませエ!!」
その声は。
ふざけているようで。
でも。
本気だった。
会議室を包んでいた疑いの空気が。
少しずつ。
少しずつ。
変わり始めていた。
そして。
「ぷふっ……」
「はは……」
「「「はははははは!!」」」
大幹部たちが笑う。
「何が始まるかと思えば……!」
「ふふ、素敵なショウだったわよ♪」
「君たちに解決できるとは思えんが……」
「そうだな……だが、争っていてもしょうがない。今日は皆帰ろう」
「そうだね……まあ。要件は伝えたし」
パン、と手を合わせるゼーユ看護師長。
「今日は皆帰ろうか。皆、改めて来てくれてありがとう」
「後は、各自で調べることもあるだろうしね」
「カゲエくん、ミライ・ユくん、トロンプくん。来てくれてありがとうね」
「本日は、これをもって解散と致しまーす」
「皆、お疲れ様~」
先程まで少し怒って、焦って見えたゼーユ看護師長。でも今は、いつもの落ち着きを取り戻してきた。
長く、緊張の続いた大会議は。
ひとまず幕を閉じたのだった。
◇
「ふうううう……緊張したあ~~~~……!!」
大会議室を出て、ロビーへ向かう長い廊下。
僕、ミライ・ユくん、トロンプくん。
そしてゼーユ看護師長の四人は、ゆっくり歩きながら、先ほどまで行われていた大会議の余韻を話していた。
「いや……本当にすごかったな」
ミライ・ユくんが、少し疲れたように息を吐く。
「大幹部の方々……やっぱり迫力が段違いだったぜ」
「分かる分かる~~!」
トロンプくんも大きく頷く。
「皆さん、一人一人が違う雰囲気持ってるんだもん!」
「戦いが得意な人もいれば、頭脳で組織を支えている人もいるし……」
「さすがVenom Desireの最高幹部って感じだったねえ!」
僕も頷く。
「うん……」
本当に。
想像していた以上だった。
今まで名前や噂でしか知らなかった人たち。
でも、実際に会ってみると。
怖いだけじゃなくて。
皆、それぞれの信念を持ってこの組織を支えている人たちだった。
「でもでも~~!!」
トロンプくんが突然、いつもの調子で手を上げる。
「やっぱり一番カッコよかったのはコンさんだけどね☆!」
「……やっぱりそこなんだな」
ミライ・ユくんが呆れたように笑う。
「だって仕方ないじゃん!」
トロンプくんは胸を張る。
「僕の憧れの人なんだから!」
そんな僕たちの会話を聞きながら。
ゼーユ看護師長は。
「ふふ……」
優しく微笑んでいた。
まるで。
少し成長した子供たちを見るような目で。
そして。
「——君たち」
突然。
後ろから声がした。
「!」
聞き覚えのある声。
僕たちは一斉に振り返る。
そこに立っていたのは——。
「コンさーーん!!」
トロンプくんが嬉しそうに声を上げる。
コントラストニュアンスさんだった。
「噂をすれば、だな」
ミライ・ユくんが小さく笑う。
僕たちは慌てて会釈をする。
すると。
コントラストニュアンスさんも、いつもの落ち着いた様子で軽く頭を下げ返してくれた。
「……トロンプ」
「?」
名前を呼ばれた瞬間。
トロンプくんの表情が少し変わる。
「はい!」
元気よく返事をする。
すると。
コントラストニュアンスさんは、少し間を置いて——。
「お前……」
「今日は、よくやったな」
「……!!」
一瞬。
トロンプくんの動きが止まった。
「お前のお陰で、大幹部たちは冷静さを取り戻すことができた」
「疑い合うだけだった場を、お前は自分の力で変えた」
「本当によくやった」
その言葉。
トロンプくんにとって、どれほど嬉しいものだっただろう。
なぜなら。
これはただの褒め言葉じゃない。
ずっと憧れていた人からの。
認めてもらえた証だったから。
「ね」
ゼーユ看護師長も優しく笑う。
「私からも言わせてね」
「今日は……」
「ありがとう」
「ありがとな」
ミライ・ユくんも頷く。
その瞬間。
トロンプくんは——。
「……っ!!」
顔を隠すように少し俯いた。
でも。
分かる。
嬉しくて仕方がないんだ。
だって。
大幹部二人から。自分の尊敬する人から。直接認めてもらったのだから。
「……」
だけど。
次の瞬間。
トロンプくんの表情が変わった。
嬉しそうな顔から。
覚悟を決めた顔へ。
そして。
「コンさん……」
一度、言葉を止める。
そして。
「……いや」
「コントラストニュアンス様」
いつものように親しげに呼ぶのではなく。
しっかりと。
尊敬する相手として名前を呼び直した。
その瞬間。
僕にも分かった。
これは。
いつものトロンプくんの冗談じゃない。真剣な話なんだ。
「……どうした?」
コンさんが静かに聞く。
トロンプくんは。
深く息を吸った。
「僕に……」
「『新たな能力の扉』を」
「購入していただけないでしょうかッッ!!」
「……!」
そして。
トロンプくんは——。
その場で土下座をした。
「トロンプくん……」
僕は息を飲む。
彼が。
いつも笑っている彼が。
ここまで頭を下げるなんて。
それだけ。
ずっと悩んでいたんだ。
ミライ・ユくんは覚醒した。
グリザイユくんも。キアロくんも。
仲間たちは次々と、自分だけの新しい力を手に入れていった。
なのに。
自分だけは。
まだ何も変わっていない。
もちろん。
トロンプくんの《ミスター・スポットライト》は弱い能力なんかじゃない。
誰かを輝かせる。戦場の流れを変える。仲間を守る。そんな大切な力だ。
でも。
彼自身はずっと思っていたのかもしれない。
——僕も、もっと強くなりたい。
——皆の隣に並びたい。
——皆を守れる存在になりたい。
そんな気持ちを。
一人で抱えていたのだ。
しかし。
「……駄目だな」
「……!」
コンさんの言葉。
トロンプくんは顔を上げない。
床を見つめたまま、拳を握る。
「……まだ私はお前を完全に認めた訳じゃない」
「……っ」
厳しい言葉。
でも。
コンさんの声には、冷たさはなかった。
「だが」
少し間を置いて。
「私が」
「トロンプを認められるその日が来たら——」
「その時は。新しい能力を授けようじゃないか」
「……!!」
トロンプくんの目が少しだけ開く。
それは。
断られた言葉ではなかった。
可能性を残してくれた言葉だった。
コンさんはそれだけ言うと。
いつものように背筋を伸ばし。
颯爽と歩き始める。
「……」
その背中を見つめるトロンプくん。
そして。
小さく。
「……絶対」
「絶対、認めてもらうから」
そう呟いたのだった。
◇
そして。車の中。
ゼーユ看護師長を合わせた四人で僕たちは、ミライ・ユくんが運転する車の中にいた。
本当は、
「また瞬間移動で送れるよ?」
そう言ったゼーユ看護師長だったけど。
「たまには、お喋りでもしながらゆっくり行きませんか?」
僕がそう誘う。すこし「うーん」と考え込んだゼーユ看護師長だったが。
「そうだね。たまには、ゆっくり行こうか」
こうして、医療班本拠地までミライ・ユくんが車を運転することになった。
楽しい車内。
「——そういえば」
僕が口を開く。
「ゼーユ看護師長は……どうして人間に協力しているのですか?」
「そろそろ……知りたいですっ!」
「!ふむ……」
ゼーユ看護師長が、上位種なのに、わざわざここまで人間に協力する理由。
初対面の時は教えてくれなかった。でも。今なら。
「……分かったよ。教えてあげよう」
「お!」
「ついに~!」
「ありがとうございますっ!!」
ゼーユ看護師長は、ゆっくり口を開く。
「でも……一つ、約束してほしいな」
ゼーユ看護師長は、窓の外へ視線を向ける。
「この話は、あまり広めないでほしい」
「それと……」
少し間を置いて。
「……引かないでほしい」
「「「……?」」」
思わず、三人で顔を見合わせる。
「『引かない』……?」
ミライ・ユくんが小さく聞き返す。
ゼーユ看護師長は、いつもの笑顔ではなかった。
少しだけ不安そうな。
まるで、自分の過去を知られることを怖がっているような表情だった。
だから。
「ゼーユ看護師長」
僕は迷わず言った。
「僕たちは、ゼーユ看護師長を信用しています」
「!」
「だから……」
「それがどんな理由でも」
「きっと」
「優しい理由なんだと思います」
ミライ・ユくんも頷く。
「俺も同じです」
「今までゼーユさんがしてきたことを見れば……疑う理由なんてありません」
トロンプくんも笑う。
「僕も!」
「だってコンさんが信頼してる人ですからね~♪」
「……ふふ」
ゼーユ看護師長は、小さく笑った。
「君たちは……本当に優しいね」
そして。
少しだけ目を閉じる。
「分かった」
「話そう」
「私が……なぜ人間を助けるのか」
「なぜ、上位種である私が……この道を選んだのか」
車の中が静かになる。
そして。
ゼーユカタルシスさんは。
ゆっくりと。
自分の過去を語り始めた。
「私は……」
ゴクリ。
さらに車内が静かになる。
ミライ・ユくんも。
トロンプくんも。
僕も。
ゼーユ看護師長の次の言葉を待っていた。
きっと。
とても大切な過去があるんだ。
もしかしたら。
人間と上位種の間で起きた悲しい出来事。
誰にも理解されなかった苦しみ。
そんなものがあるのかもしれない。
そう思っていた。
そして——
ゼーユ看護師長は、静かに口を開いた。
「……人間オタクなんだよねえ~~~!!」
「「「……へ?」」」
一瞬。
車内の時間が止まった。
「に、人間……オタク……?」
ミライ・ユくんが困惑した声を出す。
「うんうん!」
ゼーユ看護師長は、満面の笑みで頷いた。
「私ねえ、昔から人間がだあ~~~い好きでねえ~~!!」
いつもの落ち着いた雰囲気とは全く違う。
声のトーンが高い。
目が輝いている。
まるで、大好きな趣味について語る人そのものだった。
「弱いなりに!」
「自分より遥かに強い存在がたくさんいる世界で!」
「それでも必死に考えて、努力して、誰かを守ろうとして……!」
「そんな人間たちの姿が……もう可愛くて!尊くて!愛おしくて仕方なくてねえ~~!!」
ゼーユ看護師長は両手を握りしめる。
「人間……激萌え~~~!!!」
「……」
「……」
「……」
僕たちはしばらく言葉が出なかった。
あまりにも。
想像していた答えと違ったから。
「は……」
そして。
「あはははは!!」
思わず笑ってしまった。
「なんだか……平和な理由ですね!」
僕が言う。
「ちょっと……いや、かなりびっくりしましたけど!」
ミライ・ユくんも苦笑する。
「俺もだよ!」
トロンプくんが笑う。
「てっきり、もっとすごい秘密が出てくるのかと思った!!」
「え~~?すごい秘密だよ?」
ゼーユ看護師長は首を傾げる。
「私にとっては、人間が好きっていうのは人生を変えるくらい大きなことだからねえ」
その言葉に。
少しだけ温かい気持ちになる。
まさか。
こんなにも純粋な理由だったなんて。
でも。
「でもねえ」
ゼーユ看護師長は続けた。
少しだけ表情が変わる。
「故郷の他の連中は……人間のことを、ずっと馬鹿にしていたんだ」
「弱い」
「醜い」
「価値のない存在だ」
「そんなことばっかり言ってねえ」
ゼーユ看護師長は、少し頬を膨らませる。
「もうね」
「価値観が根本的に合わないのさ!!」
「だから……」
「もう、あんなところ二度と帰ってやらないね!!」
ぷい、と顔を背ける。
その姿を見て。
僕は少し驚いた。
いつも冷静で。
何でも知っていて。
誰よりも大人に見えるゼーユ看護師長。
でも。
こんな子供っぽいところもあるんだ。
なんだか。
少し嬉しくなった。
「一生、人間に尽くした~~い!!」
ゼーユ看護師長は、えへへ、と可愛らしく笑った。
その姿を見て。
「「「……えへへ~!」」」
僕たちも。
思わず笑ってしまった。
「なんだか……」
僕は言う。
「もっともっと、ゼーユ看護師長のことが大好きになっちゃいました……!」
「俺もです」
ミライ・ユくんが頷く。
「今まで以上に尊敬できるようになりました」
「僕も僕も~~!」
トロンプくんが手を上げる。
「ゼーユ看護師長、大好き~~!!」
「!」
その瞬間。
ゼーユ看護師長の動きが止まった。
「……」
そして。
「クッ……!」
胸元を押さえる。
「君たち……」
これは……。
まさか。
オタクが。あまりにも尊いものを見た時に起こる——。
「心臓が……耐えられない……!」
「やっぱりそれだ!!」
トロンプくんが笑う。
「あはははは!!」
車内に。
平和な笑い声が響いた。
楽しい時間だった。
ずっと。
このままでいられたらいい。
そう思った。
でも——。
ゼーユ看護師長は。
ふと。
窓の外へ視線を向けた。
さっきまでの笑顔は消えていた。
静かに流れていく魔法都市の景色。
その瞳には。
どこか寂しさが浮かんでいた。
ゼーユカタルシス。
彼は、魔法の天才だった。
ただの天才ではない。
地球に存在する魔法だけではない。
異なる世界。パラレルワールド。
そこにしか存在しない未知の魔法すら習得している。
だから。
彼は——
《心を読む魔法》を持っていた。
人の考え。感情。隠している本音。その全てを読み取ることができる。
だから。
さっき。
大会議で告げた時。
『この中に裏切り者がいる』
その瞬間から。
彼には。
もう分かっていた。誰が。何を考えているのか。誰が。嘘をついているのか。
そして——。
Venom Desireを壊そうとしている存在が。誰なのか。
ゼーユ看護師長は。
とっくに気づいていた。




