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第十二章 裏切り者は誰だ

 そして。ゼーユ看護師長は、一度だけ静かに目を閉じた。

 まるで。

 これから話す内容の重さを、自分自身でも確かめるように。

 そして——。

 ゆっくりと口を開いた。

「この前……」

「巨大な竜巻が、魔法都市中心部を襲ったね」

「……」

 その言葉を聞いた瞬間。

 僕の頭の中に、あの日の光景が蘇った。

 空を覆い尽くすほど巨大な竜巻。

 吹き飛ばされる建物。

 逃げ惑う人々。

 泣き叫ぶ声。

 そして。

 必死になって街を守ろうと戦った、Venom Desireの皆。

「ああ……そうだな」

 モノクロームさんが静かに頷く。

「衝撃だったわね……」

 グラデーションさんも、珍しく表情を曇らせた。

「街の被害を最小限に抑えるために、多くの組員が動いた」

「救助、避難誘導、瓦礫の撤去……」

「本当に大変な事件だったよ」

 ゼーユ看護師長はそう言った。

 その声には、あの日を思い出すような悲しさが混ざっていた。

 そして。

 一呼吸置いて。

「……あの竜巻を起こした犯人は」

 その場にいる全員を見る。

「Venom Desireの組員だったことが分かった」

「——」

 一瞬。

 時間が止まったような気がした。

「……何?」

 ミライ・ユくんが、小さく声を漏らす。

「どういうことッ……?」

 トロンプくんも、いつもの明るい声ではなく、戸惑った表情を浮かべていた。

「え……?」

 僕も思わず立ち上がりそうになる。

「だ、だって……!」

「竜巻はVenom Desireの皆が必死に止めようとしていたんですよね……!?」

 あの時。

 僕たちは誰かを助けるために動いた。

 敵から街を守るために。

 まさか。

 その原因を作った人間が——。

 同じ組織の人だったなんて。

 信じられなかった。

「……そうだね」

 ゼーユ看護師長は静かに頷く。

「だからこそ、私たちも驚いたんだ」

「Venom Desireは、犯罪を止めるために存在している」

「誰かを傷つけるためじゃない」

 その言葉が。

 いつも以上に重く響いた。

「それだけじゃない」

 ゼーユ看護師長は続ける。

「先日……カゲエくんが何者かに誘拐された」

「……」

 自分の名前が出て、少し身体が強張る。

「その後、闇人間オークションに売り出されてしまったね」

「あ……」

 あの時の光景が蘇る。

 暗い箱の中。

 知らない場所へ運ばれて。

 大勢の人間に囲まれて。

 自分が「商品」として扱われた恐怖。

「コントラストニュアンスくん」

 ゼーユ看護師長は、コンさんを見る。

「カゲエくんを助けてくれて、あの時は本当にありがとう」

「!」

 僕も慌てて頭を下げる。

「ありがとうございますッ!!」

 すると。

 コントラストニュアンスさんは、いつもの落ち着いた表情で腕を組んだ。

「ふん……別に大したことじゃない」

「……」

 いや。

 僕は心の中でツッコむ。

「(いやいや……!!)」

「(百億払って助けてくれたの、ものすごく大したことですよね!?!?)」

 でも。

 本人がそう言うなら、口には出さないでおこう……。

「……その闇人間オークションの主催者チーム」

 ゼーユ看護師長の声が再び真剣になる。

「以前から問題視されていた組織だった」

「しかし今回の事件をきっかけに、本格的な壊滅作戦を開始した」

 そして。

 モノクロームさんを見る。

「モノクロームチームが動いてくれてね」

「ついに……撲滅することができた」

「おお……!」

 思わず声が漏れる。

「そんなことが……!」

 トロンプくんも驚いた顔をする。

「……よかったぁ」

 僕は胸を撫で下ろした。

 もう。

 あの時の僕みたいに。

 怖い思いをする人はいなくなる。

 そう思った。だけど。

「そして……」

 ゼーユ看護師長の声が、再び低くなる。

「その調査の中で……」

「分かったことがある」

「……」

「闇人間オークションの構成員の中に」

「Venom Desireの組員が所属していた」

「——!!」

 空気が凍った。

「……」

 誰もすぐには言葉を出せなかった。

「うむ……」

 コントラストニュアンスさんが静かに目を伏せる。

「内部に入り込んでいた、ということか」

「雲行きが怪しくなってきたわね……」

 テンペラテクスチャーさんも、優しい笑顔を消していた。

 さっきまで。

 笑顔で自己紹介をして。

 好きな食べ物の話をして。

 和やかだった会議室。

 それが今は。

 重たい沈黙に包まれている。

 僕は知らなかった。

 Venom Desireには。

 まだ僕の知らない問題が存在していたことを——。


「それに——」

 ゼーユ看護師長は、少し間を置いた。

 その表情は、先ほどまでの優しい笑顔とは違っていた。

 医療班のリーダーとして。

 数え切れないほどの命と向き合ってきた人間として。

 何かを覚悟したような顔だった。

「最近……」

「戦争患者の負傷者の数が、多すぎる」

「……」

 その言葉を聞いた瞬間。

 僕の身体が、少し強張った。

 戦争患者。その言葉だけで。

 あの時見た光景が頭の中に蘇る。

 運び込まれてくる人々。

 傷だらけの身体。

 苦しそうな表情。

 泣き声。

 助けを求める声。

 ゼーユ看護師長が、次々と治療していた姿。

 あの時は。

 ただ必死だった。

 目の前の人を助けることで精一杯だった。

 でも。

 今思えば。

 確かにおかしかった。

 あまりにも。

 数が多すぎた。

「今までも……」

 ゼーユ看護師長は静かに続ける。

「戦争による負傷者が出ること自体は、珍しいことではなかった」

「世界には、争いが完全になくなったわけじゃないからね」

「だから、医療班もそれに備えていた」

 誰もが黙って聞いている。

「それでも……」

 ゼーユ看護師長の声が、少し低くなる。

「ここ最近の数は……明らかに異常だ」

「……」

 部屋の空気が重くなる。

 今まで。

 僕は心のどこかで思っていた。

 戦争が起きている場所がある。

 そこでは怪我をした人がいる。

 でも。それは遠い場所の出来事なのだと。

 だけど違った。

 その影響は。

 確実に、この場所まで届いている。

 僕たちの知らないところで。

 誰かが傷ついている。

「最初は、偶然だと思っていた」

 ゼーユ看護師長は話を続ける。

「一つの国で争いが起きた」

「その影響で負傷者が増えた」

「そう考えていたんだ」

「でも……」

 彼は首を横に振る。

「調べれば調べるほど、違和感が増えていった」

「発生する場所」

「負傷者の数」

「そして……」

 一瞬。

 ゼーユ看護師長の視線が鋭くなる。

「戦い方」

 その言葉に。

 大幹部たちの表情も変わった。

「……やはり、そこに気付いたか」

 コントラストニュアンスさんが小さく呟く。

「え?」

 僕が振り向く。

 すると。

 ゼーユ看護師長は頷いた。

「うん」

「だからこそ……」

「私は、一つの答えに辿り着いた」

「——」

 静寂。

 誰も声を出さない。

 トロンプくんも。

 ミライ・ユくんも。

 さっきまでの緊張とは違う。

 本当の意味での緊張した顔をしていた。

 ゼーユ看護師長は、ゆっくりと資料を机の上に置く。

 そして。

「ここから先は……」

「Venom Desireの未来に関わる話になる」

 その言葉を聞いて。

 僕は思わず息を飲んだ。

 ゴクリ。

 喉が鳴る。

 誰もが。

 一言も発することなく。

 ただ。

 ゼーユ看護師長だけを見つめていた。

 シーン……と静まり返った会議室。

 その中心で。

 ゼーユ看護師長は静かに口を開く。

「私が導き出した答えを……発表する」


 

「Venom Desireの中でも……」

 ゼーユ看護師長は、ゆっくりと言葉を選ぶように話した。

「最大権力を持つ存在」

「組織の中心を担う人々——」

「大幹部」

 その言葉に。

 部屋にいる全員の視線が、一瞬だけ互いへ向いた。

「その中に……」

 ゼーユ看護師長は続ける。

「……」

 ほんの一瞬。

 迷うような間。

 そして。


「組織の壊滅を狙う裏切り者がいる」

 ——。

 時間が止まったようだった。

 誰も。

 何も。

 言葉を発さなかった。

 本当に静かだった。

 聞こえるのは、わずかな空調の音だけ。

 今まで。

 同じ机を囲んでいた仲間。

 共に戦ってきた仲間。

 信頼してきた仲間。

 その中に。

 自分たちを滅ぼそうとしている人間がいる。

 その事実が。

 誰もがすぐには受け入れられなかった。

 しかし——

 次の瞬間。

 ザワ……

「……え?」

「まさか…」

 ザワザワ……

 少しずつ。

 小さな声が広がっていく。

 そして。

 ザワアアアァァァァァァ……!!

 会議室全体が、一気に騒がしくなった。

「裏切り者だとッ……!?」

「誰だ……!?一体誰なんだ!?」

「まさか……我々の中に……?」

 普段なら冷静なはずの大幹部たち。

 その表情にも、隠しきれない動揺が浮かんでいた。

「ふむ……」

 コントラストニュアンスさんは腕を組み、静かに考え込む。

「……」

 アールデコさんも黙ったまま、周囲を見渡していた。

 そして。

 さっきまで。

「また面倒くさいこと言ってるわね!」

「何だと!?」

 なんて言い合っていた。

 モノクロームさんとグラデーションさんも。

 今は違った。

 二人は。

 机の下で。

 誰にも見えないように。

 小さく手を握り合っていた。

 まるで。

 互いに確認するように。

「(大丈夫)」

「(私はここにいる)」

 そう伝え合っているようだった。

「皆、落ち着いて」

 ゼーユ看護師長が声をかける。

「まだ、確定したことじゃな——」

 その瞬間。

「お前なんじゃねえかア……?」

「……!」

 誰かの一言で。

 空気が変わった。

「は?」

「何を言っているの?」

「いやいや、可能性の話だろ?」

「内部にいるなら、ここにいる全員が疑われるべきじゃねえか?」

「それなら……」

 次々と言葉が飛び交う。

「私のわけないでしょう!?」

 テンペラテクスチャーさんが声を荒げる。

「そっちなんじゃないの!?」

「何ッ!?」

「決して私ではない!」

「本当に?」

「疑うのか!?」

「だって、可能性の話でしょう?」

「……!」

 ほんの少し前まで。

 笑顔で自己紹介をしていた場所。

 好きな食べ物の話をしていた場所。

 それが今。

 疑いの言葉で満たされていく。

「ちょっと、皆……落ち着いて——」

 ゼーユ看護師長が止めようとする。

 しかし。

「……」

 静かだった人物が口を開いた。

「ゼーユさんの可能性もあるな」

「……」

 その一言で。

 部屋の温度が下がったような気がした。

「……なんだって?」

 ゼーユ看護師長が、ゆっくりと振り返る。

 普段なら絶対に見せない。

 少し怒りの混ざった表情。

「司会者」

「そして、この場をまとめるリーダー」

「もし、その人間自身が犯人だったなら……」

「これほど疑われにくい立場もないだろう?」

「……」

 沈黙。

「一応、否定しておこう」

 ゼーユ看護師長は静かに答えた。

「一応とは?」

 その返答に。

 さらに空気が張り詰める。

「……」

 誰もが。

 疑っているわけではない。

 でも。

 疑わなければならない。

 それが。

 今、この会議にいる全員の責任だった。

 どんどん。

 空気が荒れていく。

 仲間だったはずの人間たちが。

 互いを疑い始める。

 そして。

 僕は思った。

 ——これが。

 Venom Desireの最大の危機なのだと。

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