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第十章 大幹部、集結

 そして。

 ゼーユ看護師長に案内され、僕たちは一枚の巨大な扉の前へとやって来た。

「ここだね」

 その一言だけなのに、僕の心臓はドクン、と大きく跳ねた。

 目の前にある扉は、今まで本部へ入ってから見てきたどの扉よりも圧倒的だった。

 漆黒の金属で造られた重厚な両開きの扉。

 縁には金色の装飾が細かく彫り込まれ、中央には巨大なVenom Desireの紋章が刻まれている。

 魔法陣のような模様が幾重にも重なり合い、近づくだけで強力な結界が張られていることが分かった。

 ここだけ空気が違う。

 静かだ。

 なのに圧迫感がある。

 まるで、この扉そのものが

『覚悟はできているか』

 そう問い掛けているようだった。

「この先に……大幹部たちが……!」

 思わず喉が鳴る。

 ゴクリ。

 唾を飲み込む音が、自分でも聞こえるほどだった。

 あまり細かく設定してこなかったVenom Desireの最高幹部たち。

 この世界でも最強クラスの魔法使いたち。

 今。

 その謎が、ようやく明かされる——。

 ゼーユ看護師長は慣れた手つきで扉へ手を添えた。

 すると。

 シュウゥゥゥ……。

 青白い魔法陣が幾重にも展開される。

 扉全体が淡く光り始めた。

《認証中……》

《権限を確認しています》

《ゼーユカタルシス様》

《認証中……》

 数秒後。

《認証完了》

《どうぞ、お入りください》

 ゴゴゴゴゴ……。

 重々しい音を立てながら、巨大な扉がゆっくりと左右へ開いていく。

 その隙間から、煌びやかな光が差し込んだ。

「あ……」

 思わず一歩後ずさる。

「まだ心の準備できてな——」

 最後まで言い切る前に。

 視界いっぱいに、その光景が飛び込んできた。

 そこは、まるで王族だけが集う円卓会議室だった。

 高い天井。

 巨大なシャンデリア。

 漆黒の床には磨き抜かれた鏡のような光沢がある。

 中央には、とてつもなく大きな黒い円卓。

 その周囲には、一人ひとり専用に作られた豪華な椅子。

 いや——椅子というより、小さな王座だ。

 そして、その王座には。

 それぞれ異なる圧倒的な存在感を放つ人物たちが座っていた。

 誰一人として雰囲気が似ていない。

 それなのに全員から、

『強い』

 という一言では片付けられない圧力が自然と伝わってくる。

 まさしく。

 Venom Desire最高戦力。

 大幹部。

「あ、ゼーユさん!やっと来たあ~!」

「ん。カゲエくんと……例の二人もいるな」

「あら、カゲエくん、ミライ・ユくん、トロンプルイユくん。この前ぶりね♪」

「あの時は息子がお世話になったな」

「ふーん……その二人が噂の護衛隊か」

「思ってたより若いな」

「ふふ……初々しいね」

 次々と視線が僕たちへ集まる。

「「「…………」」」

 固まった。

 完全に固まった。ミライ・ユくんも。トロンプくんも。もちろん僕も。

 何十人もの組員に見られるのとは全然違う。

 ここにいるのは、この巨大組織の頂点に立つ人たち。

 一人ひとりが国を揺るがせるほどの力を持っている。

 そんな人たち全員から見られている。

 もう緊張するってレベルじゃない。

 寿命が縮みそうだった。

「ささ」

 ゼーユ看護師長が苦笑しながら手招きする。

「カゲエくんたちの席はここだよ。私の隣」

「は、はい!」

 僕たちは慌てて席へ向かう。

 歩くだけなのに緊張する。

 椅子へ座るまでに何度転びそうになったことか。

 ようやく席へ腰掛けると、少しだけ安心した。

 ……いや。

 全然安心できない。正面にも。右にも。左にも。大幹部。視線を動かすたびに大幹部。

 なんだこの空間。

 胃が痛い。

 すると。

 パン、とゼーユ看護師長が軽く手を叩いた。

「まずは——」

 一瞬で部屋が静まり返る。

「皆、忙しい中集まってくれて本当にありがとう」

 ゼーユ看護師長は会議室全体を見渡しながら、穏やかな笑顔で話し始める。

「カクシエくんは急用で来られなくなったけど、内容はすでに共有済みだから安心してね」

「今日は私が司会を担当させてもらうよ」

 皆が静かにうなずく。

「それでなんだけど……」

「せっかくカゲエくんたちも来てくれたことだし」

「まずは自己紹介なんてどうかな?」

「自己紹介?」

「ははっ。ゼーユさんらしいぜ」

「確かに」

「まずは仲良く、ってことか」

 会議室の空気が少しだけ柔らかくなった。

「じゃあ私からね」

 ゼーユ看護師長は軽く立ち上がる。

「名前はゼーユカタルシス。医療班のリーダーを担当している。今回の会議は、カクシエくんの代理として私が司会を務めるよ。好きな食べ物は唐揚げ。よろしくねー」

 パチパチパチ……。

 自然と拍手が起こる。

「なんで好きな食べ物まで言った……?」

「自己紹介だからだろ」

「いや普通言わねえだろ」

 あちこちからツッコミが飛び、会議室には小さな笑いが広がった。

「じゃあ時計回りにいこうか」

 ゼーユ看護師長が僕を見る。

「カゲエくん、次お願い」

「え!」

 急に振られた。

「は、ひゃい!!」

 思いっきり噛んだ。

 しまったあああ!!

 顔が熱くなる。

 でも、深呼吸を一つして。

 僕は立ち上がった。

「ぼ、僕の名前はカゲエです……!ボスであるカクシエ兄さんの弟です!ま、まだまだ未熟ですが……!今日は皆さんとお会いできて本当に光栄です!どうぞよろしくお願いいたします!」

 一度深く頭を下げる。

「それと……好きな食べ物はトンカツです!」

 一瞬の静寂。

 そして。

 パチパチパチパチ……!!

 会議室いっぱいに拍手が響いた。

「トンカツ好きなのね……やっぱり可愛いっ♪」

 グラデーションさんが優しく笑う。

「ふっ。今日はよろしくな」

 モノクロームさんも穏やかに微笑み、軽く手を振ってくれた。

「!」

 この前ぶりの再会だ。

 僕も思わず笑顔になって、小さく手を振り返した。

「ありがとう。それじゃあ次——ミライ・ユくん、お願い」

「は、はいッ!!」

 ガタンッ!!

 勢いよく椅子を引き、ミライ・ユくんが立ち上がった。

 そのあまりの勢いに椅子が少し後ろへ動き、本人も「あっ」と慌てて椅子を元へ戻す。

 緊張している。

 さっき車の中で何度も髪型を気にしていたミライ・ユくん。

 今も表情は少し硬い。

 けれど、その背筋は真っ直ぐ伸びていた。

「名前は、ミライ・ユですッ!!」

 会議室中に響くほど、大きくはっきりとした声。

「主にカゲエくんたち親衛隊のスケジュール管理、および運転手を担当しております!本日は……!」

 一度小さく息を吸い、

「私のような末端の構成員が、このような場で皆様と直接お会いでき、大変光栄に思いますッ!」

 さらに深く頭を下げる。

「まだまだ未熟ではありますが、一生懸命頑張ります!好きな食べ物はハンバーグです!」

「本日はよろしくお願いいたしますッ!!」

 九十度近くまで綺麗に頭を下げるミライ・ユくん。

 その真面目さに、会議室のあちこちから感心したような声が漏れた。

「礼儀正しい子だな」

「ふふっ、緊張してるのが伝わってくるね」

「いい挨拶じゃないか」

 パチパチパチパチ……。

 自然と拍手が起こる。

 ゼーユ看護師長も笑顔で頷いた。

「ハンバーグね!私も好きだよ。ありがとね」

 そう言われたミライ・ユくんは、

「は、はいっ!」

 と嬉しそうに返事をして席へ戻った。

 座った瞬間、

「はあぁぁぁ……」

 と小さく息を吐く。

 緊張で肩に力が入りっぱなしだったらしい。

 僕は思わずクスッと笑ってしまった。

 すると。

「じゃあ次!」

 ゼーユ看護師長が視線を動かす。

「トロンプくん、お願い」

「はあ~い!」

 今度はトロンプくんが元気いっぱいに立ち上がった。

 勢いよく片手を挙げる姿は、まるで学校で先生に当てられた子どものよう。

 ……でも。

 笑顔の裏では少しだけ緊張しているのが分かる。

 いつもより肩が少しだけ上がっていた。

 それでも。

 この空気を楽しんでいるのも伝わってくる。

「トロンプルイユでーす!」

 ニコニコ笑いながら胸を張る。

「カゲエくん親衛隊の一人で!」

「戦場をかき回したり、敵を混乱させたり、いたずらしたりするのが得意でーす!」

 会議室からクスクスと笑い声が漏れる。

「好きな食べ物は駄菓子!」

「今もすっごく緊張してますけど!今日は皆さんとお話できるのを楽しみにしてきました!本日はよろしくお願いしまーす!」

 ぺこり、と元気よく頭を下げる。

 そして。

 こっそり。

 本当にこっそり。

 会議室の反対側へ視線を送り、

 ひらひら。

 小さく手を振った。

 その先にいたのは——コントラストニュアンスさん。

「…………」

 コントラストニュアンスさんは一瞬だけ目を閉じ、

「……はあ」

 と呆れたようにため息をつく。

 だが。

 誰にも気付かれないくらい小さく。

 ほんの少しだけ。

 指先で手を振り返してくれた。

「!」

 トロンプくんの目が一気に輝く。

 まるで宝物を見つけた子どものような笑顔だった。

「えへへっ♪」

 そのまま満足そうに席へ戻ってくる。

「(良かったね、トロンプくん)」

 僕までなんだか嬉しくなってしまった。

「はい、ありがと~!」

 ゼーユ看護師長が手を叩く。

「じゃあ、この調子でどんどん回していこうか」

「次は私ね」

 そう言って、一人の少女が静かに立ち上がった。

 透き通るような肌。

 小柄な身体。

 ふわりと揺れる髪。

 一見すると、小学生か中学生くらいにも見えてしまうほど幼い容姿。

 だけど。

 その目だけは、不思議なくらい大人びていた。

「私はテンペラテクスチャー」

 静かな声が会議室へ響く。

「Venom Desireでは主に、システム防護と結界管理を担当しているわ」

 一切無駄のない自己紹介。

「今日はよろしくね。好きな食べ物は卵焼きよ」

 それだけ言うと、静かに席へ腰掛けた。

 パチパチパチパチ……。

 拍手が広がる。

 すると。

 ゼーユ看護師長が苦笑いを浮かべた。

「あ、そうそう」

「カゲエくん。ミライ・ユくん。トロンプくん」

「一つだけ大事なことを言っておくね」

「はい?」

 三人そろって返事をする。

「テンペラテクスチャーくんはね」

「その……見た目がすごく可愛らしいから、初対面の人にはよく勘違いされるんだけど」

 一拍置いて、

「立派な大人のレディだから。対応だけは間違えないようにね」

「「「は、はいッ!!」」」

 三人そろって勢いよく返事をする。

 すると。

「……ふん」

 テンペラテクスチャーさんは腕を組み、少しだけ頬を膨らませながら顔をそっぽへ向けた。

「毎回説明されるの、ちょっと不本意なんだけど」

 その拗ねたような一言に、

「あははは!」

「また言ってる」

「仕方ないだろ」

 会議室には自然と笑い声が広がる。

 張り詰めていた空気が少しだけ和らぎ、僕も思わず笑みをこぼしたのだった。

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