第一章6「生きる理由」
現実よりもゲームの方が楽しい。
そう思うようになったのはいつからだろう。
それはいつの間にか根付いていた感情の癖。
ーー夢
そう思うや否や、目の前には悪人とも言えるヒーローがいた。
悪人だけど、ヒーロー?
それは言葉としておかしいので、言い換えるなら
ーーよく分からない人
「皆のヒーローファルコン、参上!」
突然、木陰から仮面を被った男が現れた。
いきなり、それも自分のことを"ヒーロー"などと自称する様子からただものではない。まさしく、不審者といえる。
「あ、ど〜もど〜も〜」
そして、男は当たり前かのように私が倒したモンスターのドロップアイテムを横取りしていく。
その手慣れた様子に私は唖然としていたが、すぐに我に帰った。
「……え? あ、私のアイテムが!」
初めてのマルチゲームで、初めて接触した相手に初めて物を奪われた。
なんともまぁ、嫌な気分。
きっと、それだけでゲームをやめることを決意する人もいるはずだ。
だが、
「よくもー!」
私はすぐに男に銃口を向けた。
このゲームでの私の職業はガンナーであり、火力特化のキャラクターである。
モンスターとの戦いで体力を失ってはいたものの、一発喰らわせられればプレイヤーを倒せるぐらいの力は残っている。
「シュワっ」
思い切って胴体目掛けて一発撃ち込んだのだが、男は素早いステップでそれを避けた。
「え、ええ??」
困惑と、恐怖から単発から連射に切り替える。
威力と精度は低くなるものの、それでも致命傷にはなる。
が、
「シュシュシュ」
ほんの10メートルぐらいの距離にいるのに、いくら撃っても当たらない。
人間の反射神経で銃弾を、それも近距離で回避することなどできるはずもない。
恐らく、何かのスキルだったのだろう。
「な、なんなの!? この人」
気づけば男は目の前まで迫っていた。
すぐさま銃剣を突きつけるが、男は華麗にそれを躱した。
近距離戦ではスキルなどの小細工は通用しない。男のそれは確実に経験者の動きだった。
そのまま、男は右から素早いフックを繰り出しーー
「トゥッ!」
「グベシ」
私は負けた。
「はぁー!? 何この人、強すぎー!」
私はVRゴーグルを取り外し、枕で顔を覆った。
あのプレイヤーは確実に戦闘に慣れている。
無策で、それも正面からやり合っても勝てなさそうだ。
「もーー!!」
負けたという悔しさ、圧倒的な戦力差による絶望。
なによりも
「2時間かけて倒したモンスターがぁぁぁぁ…」
私はアイテムを奪われたことによる怒りの方が強かった。
このゲームでボスキャラと呼ばれる強敵のドロップ品を奪われたのだ。
それも、1人でコツコツと体力を減らして倒したものなのだから、その怒りは大きい。
「許すまじ」
私は復讐を決心した。
ランドセルからノートを取り出すと、すぐさま研究を開始した。
「うーん、どうやって倒そう」
それから数日。
「………ここら辺でいいかな…」
私は再び、モンスターを倒した。
前回と違うのは、武器を剣にしたことだろうか。
近接戦闘は苦手だったのだが、モンスターの動きは見切っているのでどうとでもない。
そして、周囲を警戒しながら剣を投げ捨てた。
「やったー! やっと倒せたぞー!」
その時、ましても木陰から物音がーー
「皆のヒーロー、ファルコーー」
そして、私は"幻影"スキルを解除した。
相手から見ると、いきなり姿を消したように見えただろう。
私はすぐさま、木の上から銃を展開する。
照準は既に男の胴体へ向いていた。
そして、迷うことなくーー
「ぐわぁぁぁぁ!」
男を貫く。
もう立つことはできないだろう。
銃弾には麻痺毒を仕込んでいたのだから。
「ふふ、引っかかったね…自称ヒーローさん?」
私は周囲への警戒を怠らずに、ゆっくりと近づいた。
男は苦しそうに倒れ込んでいる。
「げ、幻影トラップ…! やるな…えーと…最強@スナイパーさん?」
「アットは読まないでください……」
男はこちらに気づくと、すぐに降参するかのように手を挙げた。
それでも、私は銃口を下すことなく、告げた。
「それよりも、この前のアイテム返してください!」
「あぁ、もちろんさ…どうぞ」
意外にも、男はすぐにアイテムを差し出した。
もっと、抵抗するものだと思っていたのだが…予想外だ。
「んじゃ、許してあげる」
私は最後に「もうしないでね」と、言いながら背を向けた。
そう、最強は弱者には優しいのだーー。
「え? それだけ…?」
男は驚いたかのようにこちらを見ている。
しかし、最強は弱者に優しいのだーー。
「復讐できて今とても気持ちがいいのーーあ!」
と、つい本音が出てしまったが、咳払いをした。
「最強は弱者に優しいのだーー」
うまく誤魔化せただろうか。
私的には百点満点の決め台詞なのだが、彼はどんな反応を見せるのだろう。
そんな期待を向けた時、メールボックスが点滅してるのが見えた。
「…スナイパーさん。僕とフレンドになってくれません?」
「……え、やだ」
何を考えているのだろう。
PKプレイヤーとフレンドになるなんて言語道断!絶対になってやるもんか!
私にもプライドはある。周りのプレイヤーから嫌なやつ認定されたくない。
「お師匠、そこをなんとか〜」
ーーお、お師匠…………??
私は不思議と、彼の言葉に感銘を受けていた。
彼の言葉が脳内で繰り返され、心臓の鼓動が高まる。
なんだろう…この感覚は。
「お師匠……! ま、まぁ!どうしてもって…いうなら…いいけど…」
初めてのゲーム初めてのマルチゲームで、フレンドが…友達ができた。
経緯はどうあれ、友達だと言える。
「泥棒! 誰かあいつを止めてー!」
屈強な男が可愛い声を出しながら、何かを叫んでいる。泥棒と呼ばれているのはヒョロガリの男で、どう考えても逆。
屈強そうな男が泥棒をする側の顔つきなのだが、一体どうして…と、背中にある盾を見て察した。男はスピード値がないのだろう。
私はそれを遠目からぼーっと見ていたのだが、何やら声が聞こえる。
「皆のヒーロー、ファルコン参上!」
さっきまで隣にいたはずの弟子が、ヒョロガリの男へアッパーを喰らわせていた。
いつの間に…という感想と、何故?という疑問が浮かぶ。
「ぐへぇ…」
「おお、ありがとうございます!」
「いえいえ、お気になさらずに」
助けた側だというのに、ペコペコしている弟子。
泥棒に加担するのかと思っていたのだが、そうでもない。
疑問の尽きない、よく分からない行動だ。
「その、変な掛け声なんなんですか?」
「実は僕、ヒーローが好きでして…ゲームの世界では童心を忘れたくないんですよ」
「へぇ……」
どうやら可愛い一面もあるようだ。
ヒーローと言えば、仮面ライダーとかそういう感じのものだろうか?
私はあまり見ていないので分からないが、誰かの為になる行動をする人達のことだった気がする。
「そういやファルコンさんって、人助けばっかやってるよね」
「そうですか? まぁ、人を助けるのが好きだから……それだけですよ」
ちょっと恥ずかしそうに答える弟子。
しかし、また疑問を生む。
あの時、私のアイテムを奪ったのはなんだったのだろうか?
「藍のアイテム奪ってたよね……」
そう疑問を口にーーって、名前!!
「ーーあ! 今の忘れて!何でもないの」
咄嗟に誤魔化そうとするが、男は「あぁ…」と察したかのように
「アイさんですか…いい名前ですね」
と答えた。
「聴かれてたー!」
大丈夫だろうか…住所を特定されたりとか、警察を呼ばれたりしないだろうか?
そんなことをされたら………。
「僕は誰にも理解されない性格をしているんです」
と、暗い表情で語る弟子。
その様子に、不安が消えた。
なぜだか、この人はそんなことをしない。そう思った。
「このゲームを盛りあげるためにPKをする。でも、悪事を見かけたら助ける」
「ここまで矛盾しているプレイヤーは僕以外にいないかもしれません」
それってどういう意味なのだろう?
特に、PvPがゲームを盛りあげる。というのが気になる。私は攻撃されて、物を盗まれた時、むしろ、このゲームが嫌になりかけた。
いや…でも、言っている意味が分からない訳でもない。
戦うために事前に研究して、対策を立て、策を講じる。それに面白味を感じていたのも本当のことかもしれない。
それに、こうして彼と出会ったのもPvPだから…。
「このゲームはまるで現実のようなんです。平和もあれば戦争もある。そして、それを作り出してるのは悪人と善人。僕はその両方に憧れているんです」
「あ〜なんか…眠くなってきたな…、夢でも見そうだ。 きっとーー起きた時には色々と忘れてそうだな…」
空を眺める弟子。
その表情はなんだか、悲しそうだ。
話す口振りは楽しそうだったのに、どうしてそんな顔をするのだろう。
「ふーん…それで、ファルコンさんの名前は?」
「え…現実の名前は、ちょっと…」
気まずそうに微笑む弟子。
しかし、断られても私は引き下がるつもりはない。
だって、私の名前を知ってるんだから、私もこの人の名前を知る権利はある!
「なーまーえー!」
「わ、分かりましたよ…僕の名前はレオ……犬みたいでしょ?」
呆れたような表情を浮かべる弟子。
私にはそれが特別みたいで、嬉しかった。なんというか、ゲームの中でも、目の前にいるかのような…親近感。それ以上の温かみも感じる。
彼が本当の意味での友達なのかもしれない。
「いい名前だね! レオ」
「…………そうですか」
私は満面の笑みで彼に笑いかけた。
それからというもの、毎日同じ時間にゲームをプレイしていた。
一日2時間から3時間、4時間と、徐々に増えていった。
気づけば、休日は一睡もすることなく、やっていたかもしれない。
それでもそんな生活が続けばいいのに…そう思っていた。
「お師匠様、何かあったんですか? 体調悪そうですけど」
こちらを覗き込む弟子。
その目からは心配、不安が見える。
ゲームの中だというのに感情表現が細かくリアルに反映される。それが今では少し辛い。
「……なんでもーー」
とてもじゃないが、「なんでもない」なんて言えない。そんなことをすれば彼は悲しむだろう。
なぜなら…
「……ごめんなさい。私、明日からテスト勉強しなきゃなんです」
「だからーー」
限界が来たのだ。「もう遊べない」そんな言葉が、一歩が踏み出せない。
この世界から卒業しないといけないという現実が、辛い。本当に、辛い。でも、何も言わずに去る方がもっと心に嫌な蟠りが残るだろう。
「ちょ、ちょっと待ってください! お師匠様って、学生さんだったんですか?」
驚いたかのように後ろに下がる弟子。
そういや、年齢を伝えてなかった。というか、お互いに知らない。
「うん、来年から中学生になります」
「ーーえ!? ち、中学生? 12…13歳? ま、マジですか」
弟子は後退りし、"まずいことをした"と言わんばかりの表情を浮かべている。
しかし、話の流れから、もう彼も察しているかもしれない。
空気感という物を感じたのかもしれない。
雰囲気という物を察しているのかもしれない。
「……うん」
「そうですか…おめでたいじゃないですか」
その反応は想像していたものとは違って、悲しんでくれるわけでも同情するわけでもなかった。
それは…喜びだった。
「……え?」
あまりにもおかしな返答に、喉が詰まる。
私は彼に必要とされていなかったのだろうか?そんな感情が心を埋め尽くしている。
そんな気も知らず、彼は続けた。
「だって、中学生になるんですよ? これから色んな経験を積んで、沢山のお友達が増えるんです。」
ーーどうして…
「部活では馬鹿をやって、先生に怒られることもあるでしょう。でも、きっと一生懸命頑張った時は優しく褒めてくれます。その時の達成感は忘れられないものになると思いますよ」
ーーそんなに嬉しそうなんですか
「友達と勉強会と称してゲームをやったり、修学旅行では枕投げなんかも…それはきっと…楽しいことでしょう」
「僕だって…戻れるものなら中学生からやり直したいと、そう思ってます」
ーーあぁ、きっと、彼は知らないんだ
「大人になれば…そんなことできませんから」
ーー私が…死にたがっていることを
だからこそ、伝えたい。
ここで終わりにしたいということを。
そうじゃないと…彼はここで待ち続けてしまう。
私は勇気を振り絞り、口を開いた。
その表情はきっと、潰れていたことだろう。
「つ、伝えたいことがーー」
「さよならだなんて言わせませんよ? また戻ってくるって…信じてますよ!」
ーー酷い…
無理やり話を切りあげさせる姿はヒーローとは言い難い。
「今度は沢山のお友達を連れて」
「帰ってきてください」
私はその言葉に、目を伏せた。
友達なんて作る気は一切ないのだから、彼の言葉が心に余計に響いてしまう。
「……うん」
「次会う時はあなたのことをもっと…教えてください」
私は死ねない理由を作ってしまった。
それがどんな後悔を生むのかなんて、考えたくもない。
だけど
「また会いたい」と、そう思った。
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「夢……か」
誰もいない和室。
机には光を宿しつつも冷たそうな雑煮があった。




