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水精少女ア  作者: クーラーつけたい
第一章 【始まり】
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第一章2「藍」

 

「ぶくぶくぶく……」


 ――?


 私が目を覚ますと、そこは光が揺らめく、ほんのり明るい空間だった。

 奇妙なことに、重力というものをほとんど感じない。そうだな……何かに身体を持ち上げられているような感覚だ。


 ――痛くない


 咄嗟に身体のあちこちへ触れてみるが、先程まで胸の奥を掻き回されるように続いていた苦痛も、喉の奥から臓腑ごと吐き出してしまいそうだった不快感も、綺麗さっぱり消えていた。


 私は、「死んだのだろうか」と胸の内で静かに呟く。


 というか――


「ぶくぶくぶく……?」


 …………水中?


 少しして、自分が水の中にいるのだと理解した。

 しかし、私は自身の口から浮かび上がる泡をぼんやり眺めながら、自分の状態を確かめている。

 どうしてこんなにも冷静でいられるのか。その理由に気づくのは自然なことだった。


 ――息が、できる…


 冗談みたいな話だが、水中でも普通に呼吸ができる。

 人間は陸上生物であり、海で生きていくには適さないはず。

 それがなぜ…


「まさか、鰓呼吸……!?」


 慌てて身体を見回してみるが、ヒレが生えているわけでも、鱗に覆われているわけでもない。

 転生ものみたいな展開を期待していたのだが、どうやら違うらしい。


 では、空気の代わりに何を吸っているのか。口から漏れるこの泡は何なのか――と聞かれても、まるで説明できないのが現状だ。


 それに、確実におかしな点がある。


 傷がないこと、あの状況で無傷というのは、どう考えてもあり得ない。だが今、何より気になるのは、海にしては視界が明るすぎるということだった。


 普通なら暗く沈み、闇に呑まれていくはずの海中が、今は隅々まで見通せるほど鮮明に見えている。


 本来、海というものは太陽光が海水に吸収され、深く潜るほど暗くなっていくものだ。それなのに今は、物の輪郭まではっきり捉えられる。ゲーム好きな私風に例えるなら、暗視ポーションでも飲んだかのような感覚だった。

 だからこそ断言できる。




 ーーここは海なんかじゃない


 規則正しく組まれた石造りの水の通り道――それすなわち、


「水路……?」


 そして、その周囲には、まるでローマ時代へ遡ったかのような西洋風の家々が並んでいる。


 例えるなら、水の都といったところだろうか。










 **********************









 水野藍みずのあいは、普通の女子高生だ。


 成績も容姿も人並みで、友達もいない訳じゃない。そんな、なんとも言えない微妙な立ち位置。


 部活では卓球を真面目に続けていた。とはいえ、何か大きな失敗をすることもなければ、目を見張るような成績を残すこともない。ただ淡々と、目立たない日々を送っていた。

 悲しい話だが、街ですれ違っても三秒後には忘れられる自信がある。


 それが私の数少ない特技だった。


顔を隠すように伸ばした髪に魅力の一つない肌。自分を磨こうなんて、一度たりとも考えてこなかった。


 きっと地味で話しかけづらい存在――周囲は私のことを、そんな風に見ていたのだろう。


 数少ない友達?からは「もっとメイクした方がいいよ」だとか、「服くらいちゃんと選びなって!」などと言われていたが、私は心の中で“別にどうでもいい”と切り捨てていた。


 そもそも私には、自分を着飾る理由が分からなかった。


 どうしてそんな面倒なことに時間をかけなければならないのか、本気で理解できなかったのだ。


 けれど、時折考えることがある。


 もし、そういう“自分を飾る努力”を全力でしていたなら、自分も「誰かに必要とされる普通の人間」になれていたのだろうか――と。




 それから色々あって冬休みに入り、私は家族と共に初めての家族旅行を満喫していた。それはジェットコースターで失神したことを除けば、最高の思い出だったと言っていい。最近の私は、家族よりスマホと向き合っている時間の方が圧倒的に長かった。

 だからこそ、「たまにはこういう日があっても悪くないな」と、心からそう感じていた。


 ――これからは、もっと家族と過ごそうかな。


 そして、人の願いというものは、驚くほどあっさり壊れてしまうのだと知った。


 帰ろうとしていた時だった。


 母が海に浮かぶ大きな船を指差しながら、「あれ乗りたいー! ね、あいちゃんもそう思うよね?」と、子供みたいに駄々をこね始めた。


 旅行気分の抜けきっていなかった藍も、それに便乗するように賛成した。


 二人の勢いに押された父は、「はいはい、分かりましたよ」と苦笑しながら財布を開き、そのまま夜の客船へ向かうことになった。


 その船は、予約すら必要ない、誰でも気軽に乗れる観光船だった。だからなのか、異様なほど人が多かった。本当にこんな人数が乗って大丈夫なのだろうか――そう疑ってしまうほどに、船内は人で溢れていた。


 私は、「こんなに人が多いと息苦しそうだし、やっぱりやめておく?」と口にしかけた。だが、不思議なことに、海へ視線を向けた瞬間、そんな気持ちは静かに消えていた。夜の海はどこまでも静かで、街の灯りを反射した水面が、ゆらゆらと幻想的に揺れている。


 その景色を見ていると、胸の奥にあった小さな不安すら、波に攫われていくような気がしたのだ。


 ーーそれが、間違いだった。


 思い出を作りたかった。


 家族ともっと触れ合いたかった。


 そんな気持ちで、あの船に乗ったはずだった。


 もっと沢山、楽しい記憶を増やしたい――そんな願いを込めて乗り込んだ船だったのに。


 …………。





 避難した時には、父も母も見当たらなかった。だから、生きているのか死んでいるのかも分からない。今頃どうしているのだろうか。


 ――私のこと、心配してくれてるかな……。


 しかし、今となっては、そんな願いが届くかも怪しい。


 私は水路から少し離れた場所で、多種多様な種族が入り乱れる街並みを呆然と眺めながら、ただ一人、立ち尽くしていた。


 ーー異世界転移


 私は、そう思う要因になった一人の少女をじっと見つめていた。

 茶色の髪に、頭の上には獣の耳。腰の辺りからは尻尾まで伸びている。身につけているのは、白を基調とした制服のような服で、一部には金色の装飾が施されていた。

 どこか軍隊を思わせる雰囲気がある。


 そして、そのケモ耳の少女はこちらに気づいたのか、小走り気味に駆け寄ってきた。


「そこの君、どうかしたの?」


「え……」


 いきなり話しかけられ、言葉が詰まる。

 転移特典なのか、それとも元から日本語を喋るコスプレイヤーなのか理由は分からないが、彼女の言葉は普通に理解できた。


 ただ、前者であると私は思う。


 最初こそ、外国に流れ着いただけなのではと疑っていた。だが、尻尾の動きや、明らかに作り物ではない腰の剣を見てーー


 ここは地球じゃない、と。



 それにしても、彼女の持つ剣には鞘という概念が存在しないのだろうか?

 刃は腰のベルトへ軽く固定されているだけで、むき出しのままだ。あれでは脚を切ったり、歩くたびに邪魔になったりしそうだ。


 それに、よく見ると刃には水滴のような模様が刻まれている。

 装飾ーーではない気がする。何というか、ゲームでいう“特殊効果付き武器”みたいな雰囲気がある。いや、そんなことを考えている時点で、まだ現実感が薄いのかもしれない。



「……どうしたの?」


 さらに声をかけてくる少女。


 だが、その声音とは裏腹に油断は見えず、常に片手は自然な動作で腰の剣へ伸びていた。

 それが無意識なのか、それとも癖なのか。けれど少なくとも、“何かあれば即座に動ける用意”であることだけは分かる。


 やはり軍人か、それに近い存在なのかもしれない。


 それに、尻尾も微妙に揺れている。ただ犬みたいに大きく振るわけではない。左右へ小さく、一定のリズムで揺れている。警戒しているのだろうか?

 私も犬を飼っていたのでそう言った犬の感情を多分、恐らくきっと理解できると自負している。


 この子は感情が耳や尻尾に出るタイプなのかもしれない。ーーそんな冷静に分析している場合ではないのだが…と、心の中で第二の私が言ってる気がする。



 いや、今問題なのはそこじゃない。


 ーー知らない人と話すのが怖い


 気づけば心に根付いていた感情、いつからそう思うようになったのか自分でもよく分からないのだが、その感情が今の問題を生んでいる。



 小学生の頃は、今ほどではなかった気がする。話しかけられれば普通に返していたし、休み時間に誰かの輪へ入ることだって……できていた。


 けれど、中学に入った辺りからだろうか。


 誰かと会話をする度に、「今の話し方おかしかったかな」とか、「空気悪くしたかも」とか、そんなことばかり考えるようになった。そして、一度気にし始めると止まらない。


 笑うタイミング、頷く回数、目線の位置、声の抑揚


 全部が気になって、気づけば“喋らない方が楽”という結論に辿り着いていた。


 「だって黙っていれば失敗しない」

 「黙っていれば、変な人だと思われない」


 そんな現実逃避をつらつら並べる姿はカッコいい。


 そう、死にたくなるほどに…。


 そうやって少しずつ、人との距離を取る癖が染みついていった。ーーだから


 今も、本当なら逃げ出したかった。


 知らない世界、知らない街、知らない人


 その全部が、私にとっては恐怖でしかない。

 しかも相手は、腰に剣を提げた獣耳の少女だ。どう考えても“普通”ではない。下手なことを言えば捕まるかもしれないし、最悪、敵だと思われる可能性だってある。


 頭の中では、そんな最悪の想像ばかりが膨らんでいく。

 だけど


 ――このまま黙っていたら…大丈夫!そう、大丈夫だから…


 今までだって、そうだった。黙って、流されて、気づけば全部終わっていた。だからーー今回も…


「…………答えて。どうしたの?」


 しかし、そんな思いをよそに少女は一歩近づき、さらにこちらの顔を覗き込む。

 そこから見える瞳は空のように青いが、感情が見えない。逃がさないようにするみたいに、こちらの目を、瞳孔をジッと見てくる。

 人からこんなにも真剣に見られた経験が少ないせいか、なぜか誤魔化せない気がしてしまう。



 ーー思っていたより距離感が近いー!


 私の理想では、ケモ耳の少女というのは大抵語尾に『にゃん』とか『わん』を付けるものなのだが、どうやらアニメの世界だけらしい。理想と現実の差を突きつけられ、少しだけ悲しくなる。

 ……それよりも、この状況をどう切り抜けるか


「み、道に迷ったんです」


 そう答えた私の声は、きっと震えていた。


 もし逆の立場なら、「コイツ絶対なんか隠してるだろ」と思うレベルで怪しいだろう。

 今さらになって、人と話すことから逃げ続けてきた自分を後悔する。もしこの少女が軍隊や警備兵のような立場なら、この態度だけで怪しまれてもおかしくない。


 ……いや、別に悪いことをしたわけではないのだが。


「そう。それで、あなたの名前は?」


「えっと……水野藍です」


 そう名乗った瞬間だった。


 ケモ耳少女の目が わずかに細められ、腰の剣へ添えられていた指先に、僅かに力が入る。

 その雰囲気から感じるのは疑念だ。


 ――え、なに? 私、そんなに変な名前だった?


 いや、日本名なのだから当然かもしれないけれど、そんな露骨に反応されると普通に傷つく。それも可愛い子にされると尚更だ。

 藍が内心で軽くダメージを受けていると、少女はじっとこちらの顔を見つめたまま、静かに口を開いた。


「……ミズノ、アイ?」


「はい」


「それが君の“本名”?」


「本名です…」


 少女が“本名”の部分だけ妙に強調したのは偽名を疑われているからなのだろう。別に日本じゃキラキラネームというわけでもないだろうが、確かに異世界人っぽくはない名前かもしれない。

 今のは偽名を名乗るのが正解だったかもしれない。

 私は心で「失敗した」と呟いた。


「そう…」


 ケモ耳少女は少しだけ考え込むように目を伏せた。


 耳がぴくびくと動いているのだが、その表情からはまるで何かを思い出そうとしているみたいな雰囲気を感じる。

 それでも


「魔力感知なし……?」


 何かを警戒している。それだけは分かった。というか、魔力感知とは魔法とか、スキルのことだろうか?使った様子が見えなかったが…

 ようやく異世界っぽいワクワク感がある一方で、そんな物を使われたことによる不穏な空気もある。


「えっと……」


 藍が恐る恐る声を漏らすと、ケモ耳少女はハッとしたように顔を上げた。


「あ……ごめん。少し考え事をしてた」


「は、はぁ……」


「君、どこから来たの?」


 その質問に、私の心臓は跳ねた。


 されたくない質問ランキング一位、どこから?という質問。 はい、日本です!なんて言って通じるのだろうか。そもそも“異世界から来ました”などと言って、信じてもらえるものなのか。


 いや、普通なら信じない。私だって逆の立場なら疑うのだからそうだ。

 次第に頭がおかしい人を見る目になると思う。それに、この世界に異世界人という概念が存在するのかも分からない。


 そしてそれが、もし危険視される存在だったら?研究施設みたいな所へ連れて行かれたりしたら?いや、非人道系の異世界テンプレなら普通にありそうだ。むしろ定番とまである。

 私の頭の中では、白衣の集団に囲まれ、拉致監禁される自分の姿が高速で再生されていた………。


「…………」


「……?」


 まずい、考え込んでいたらまた黙ってしまった。


 少女の耳が、今度は不思議そうに傾いたので、私は犬みたいだな、と場違いな感想が浮かぶ。

 感情が耳に出るタイプだと確信した。ケモナーがこの場にいたらきっと発狂していただろう。かくいう私も見ていると撫でたくなる衝動があるのだから間違いない。


 うーん、可愛い


 いや、違う。


 今は現実逃避している場合ではない。


「え、えっと……外国から……?」


 結果として出てきたのは、自分でも驚くほど中身のない返答だった。

 そんな返事に少女は沈黙し、唸るように下を向いている。


 ーー今のは失敗。


 東の方から、とか曖昧なことを言っていた方が後のことを考えれば楽だったかもしれない。

 この国にパスポート的なものがあれば提示を要求されるかもしれない。もちろん持ち合わせていないので、そうなった場合、私は不法入国者として罰せられる可能性だってある。


 少女は真面目な顔のまま、水路の方へ視線を向けた。


「外国……?」


 その呟きには、単なる聞き返しとは違う響きがある。まるで、何か“あり得ないもの”を聞いてしまった時のようなーー


「結界で、出入りはできないはずなのにどうやって?」


 空気が変わった。そう認識した時にはもう遅かった。少女の剣が、いつの間にか私の首元へ添えられていたのだ。それは早い、なんてレベルではない。本当に、“最初からそこに存在していた”みたいに自然だった。


「君は異国人?」


 刃が肌へ触れている。冷たい。薄く青白い刀身が、水の反射を受けて静かに揺れていた。私の背筋を、ぞわりと悪寒が走る。


「う、あ……」


 声が掠れている。身体が動かない。今すぐにでも逃げなければと思うのに、恐怖で指先一つ動かなかった。

 目の前にいる少女の瞳からは、先程まであった柔らかさが完全に消えていた。


 そこにあるのは敵意


 いや――殺意だ。


「そう…さよなら」


「異国人だからってそんーー」


 淡々と告げられたその言葉には、迷いが一切なかった。

 きっとこの少女にとって、人を斬ることは特別なことではないのだろう。必要だから斬る。

 そう理解するのが先だったか、視界が、反転するのが先だったか。気づけば、私の視界は宙へ飛んでいた。


 ――あぁ、人と喋らなきゃよかった


 そんな、どうしようもなく後ろ向きな感想だけが脳裏を過る。世界が横向きに回転する。石畳。水路。青白い天井。行き交う人影、それらがぐるぐるとーー

 遅れて、私の身体は地面へ崩れ落ちているのだと理解した。


 ……いや、倒れたのは、“身体”の方だ。


 今、自分が見ているこの景色は何なのか。視界の端で、自分の身体が崩れ落ちるのが見えた。それも首から上を失った状態で。


 断面から噴き出した赤が、水中へ溶けるように広がっていく。まるで絵の具を垂らしたみたいに、ゆらゆらと…遅れて、どぷん、と重たい感覚。



「…………え?」


 理解が追いつかなかった。何故か痛みが、ない。

 首を斬られたはずなのに死んだはずなのに、なのに意識だけが、妙に鮮明だ。


 水の中をゆっくり沈んでいく感覚も頬を撫でる水流も口から漏れていく赤の景色も鉄の味も、全部、ちゃんと感じる。わかる。


 視界が傾くーー遠ざかる街並みに水面越しに歪む光、その向こうには少女の顔が見えた。

 そこに浮かんでいたのは、敵を討った達成感でも、罪悪感でもなかった。


 ーー困惑


「な……」


 少女の耳が激しく揺れる。

 何かを叫んでいるようだった。だが、水の中に落ちたせいか、音が上手く聞き取れない。くぐもった振動だけが、水越しにぼんやり伝わってくる。


 いや、そもそも。


 ーー何故、私はまだ考えられている?


 遠く昔の処刑台に立った一人の科学者の話。

 曰く、首を飛ばされて尚目は動いていた。曰く、声に反応するように瞬きをしていたらしい。つまり、今の私の状態ともいえる。


 だが逆に冴えているのはおかしいと思う。


 ――死んでない?


 いやいやいや!首が飛んでる時点で、それは流石に無理がある。というか、今の私はどういう状態なのだろう?


 ーー生首……


 異世界転移したと思ったら開始数分で生首とか、あまりにも理不尽すぎる。

 せめてもう少し冒険とかあったんじゃないかと思う。ステータスとか。チート能力とか。未知の冒険とか。何一つ始まってすらいない。

 そもそも、最初に出会うのが首切り番人とか異世界テンプレをまるで分かってない。


 ーーそもそもテンプレ語るほど詳しくないんだけどね


 私は、水中でぐるぐる回転しながら、半ば現実逃避気味にそんなことを考える。

 すると、


 「ーー!」


 水路の底、光の届かない暗い泥の中から、巨大な“影”が動いた。


「――――」


 言葉にならないほど巨大だった。

 魚?蛇にも見えるが、どちらとも違った。輪郭が曖昧だ。水そのものが形を持ったみたいに、不定形で、揺らめいている。 


 それは異様なほど黒く、まるで周囲の光を喰っているみたいに、その存在だけが不自然に暗かった。ただそこにいるだけで、水底の景色が歪んで見える。そして、それは真っ直ぐ藍の首へ近づいてきた。


 ーー逃げたい


 けれど身体がない。そもそも首だけでどう逃げろというのだ。


 ーー終わった


 ーー本当に終わった



 影は藍へ触れた瞬間、ぴたりと動きを止めた。まるで確認するように、ゆっくりと周囲を回り、私を観察している。

 そんな気がすると、そう思った。



「…………は?」



 藍の首から溢れ出していた血が、逆流するように動き始めた。

 血だけではない。周囲の水そのものが、私へ集まってきていた。渦を巻きながら。意思を持っているかのように。水路全体が呼吸しているみたいだった。


 藍の視界の端で、水が“腕”を形作り脚に、胴体になる。骨も肉も存在しないはずなのに、それは確かに“人の形”を成していく。


 そしてーー



 私は復活した。

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