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第60話 覇道、そして天下の統一へ(後)

 恆祥の門を黒色火薬の木樽爆弾で吹き飛ばし、

 黒鋼驍騎が城下へ雪崩れ込む。


 そこで見た恆祥に、かつて訪れた時に感じた

 この世界の栄華と雅の極みの面影はなかった。


 市場は閑散としている。

 かつて裕福層であった民ですら飢えている。

 この様子では下級官吏も同じだろう。

 

 交易が途絶え、都の外から徴税できぬのであれば、

 城内に重税を課すしかないことは必至。

 だからこの惨憺たる状況は自明の理だった。


 帝の居る宮殿に向かい手綱を緩めると、

 広場では農具を持った民衆と官兵が争っていた。


 民衆の一人が跪拝する。


「龍輝様、我ら一同、この時を鶴首して待ちわびておりました!

 恆祥の地は、民は飢え、国政は灰燼に帰しております。


 これら諸悪の根源、都宰侍の輩を、

 何卒討ち払っていただきたい。


 天子様はもはや政治を顧みられず、

 都の実権はことごとく都宰侍どもの掌中にあり」


 なるほど、そうであれば――。


 竹炭の技術を寄こせと言ったのも、

 絶縁状を送ったのも、恐らくは都宰侍の仕業か。


 では、帝は一体何をしているのだ……?

 政治が出来ぬ程、幼いのだろうか……


 俺はまず、この場を収めるべく一喝した。


「控えよ! この龍輝が命じる!

 貴様らが武器を向けるべきは、無辜なる民ではない!


 真に屠るべきは、腐敗の根源となった

 都宰侍を初めとした、汚職にまぎれた官吏どもだ!


 この理が分からぬという愚か者は、

 我が剣の錆にしてくれよう。


 即刻、武器を捨て、矛を収めよ!

 後の始末は、この龍輝が引き受ける!」

 

 多くはその場で平伏したが

 それでも従わぬ者は斬り伏せた。


 奥に進むと、都宰侍の三人が床に頭をこすりつけていた。


「どうかお聞きを!

 我らとて好んで表舞台に立ったわけではございませぬ!

 政を疎かにされる帝に代わり、必死に支え、差配してきたのは

 他ならぬ我らなのです! 決して私利私欲などではございませぬ!


 世の愚民どもは宮中の内情も知らず、

 勝手な邪推で我らを腐敗の根源と呼び捨てているだけ!

 この苦衷、何卒ご理解を……!」


 俺は優しく笑みを浮かべた。


「……ははは! 左様か。

 これはとんだ無礼をした。高潔な志も知らず、

 私はいささか早計であったのだな。


 ……ところで聞きたいのだが。


 龍家の『降伏勧告』に傲岸不遜な返信を認めたのは、誰だ?

 それと、龍家が誇る技術を差し出せと要求した書状を書いたのは……

 どの者だ?


 正直に己が非を認め、真実を語れば……

 この場は無罪と放免してやろう。


 そして……肝心の帝はどこだ?」


 三人は競うように身を乗り出した。


「……降伏勧告の返信を書いたのは私にございます!

 龍家に天の罰が降る事を恐れたのです、敬意の表れにございます!」


「龍家の技術を求めたのは私でございます!

 類まれな技術をこの全土に遍く活かそうと考えたまで!」


 そして最後の一人が、笑みを浮かべて言い放つ。


「ご安心を! 愚かな帝は奥の玉座に縄で縛りつけております。

 ……さあ、約束通り我らを無罪に!」

 

 安心したのか、都宰侍が好き勝手に喚き立てる。

 不快だ……


「黙れッ!


 天下を想い、帝の臣ならば、

 命を賭してでも諫言し、正道へ導くのが貴様らの役目であろう!


 己が責務を忘れ、私欲に走り、

 帝に縄をかけるとは……この佞臣どもに弁明の余地なし!


 者共、引っ立てよ!


 この時代の終わりと新たな時代の到来を

 天下の民に示すため、

 城下にて磔に処せ!


 己が報い、その身をもって受けさせるのだ!」


「ひぃっ、お許しを!」

「や、約束が違う! 無罪にと言ったのに!」

「己、龍輝! この逆賊が! 今に天罰が降るぞ!」


 そして、俺は兵を控えさせ、

 帝の前へ一人で向かった。


 どうしても聞きたかったのだ。


 この世界の腐敗を知っていたのか……。

 なぜ、政治を放棄していたのか……。


 そして玉座に縛られた帝と対面した。


 帝は虚ろな瞳で俺を見ると、穏やかな声で言った。


「龍輝か……神の使者だな?待っておったぞ」


 俺は目を見開く。

 まさか帝も“神に選ばれた者”なのか……?


 問いかけるより早く、帝は語り始めた。


「朕は十五代目皇帝、恆柊こうしゅう

 そして……初代皇帝、恆尚こうしょうでもある」


 帝は静かに続けた。


「朕はこの世界に生まれ、この世界で神に選ばれた。

 『この国を導け』と告げられ、朕は天下を統一した。

 かれこれ三百年ほど前のことだ」


 帝は遠くを見るように目を細めた。


「お主の先祖とも共に戦ったものだ。

 神は朕に褒美を与えると言った。

 ゆえに朕は願ったのだ。


 ――長子が成人した時、朕の記憶をすべて引き継ぐようにと」


 俺は眉間に皺を寄せる。


「なぜ……そんな願いを?

 そんな事をしたら、引き継いだ先の人格はどうなる!」

 

「記憶は記録に過ぎぬ、だが与える影響は大きい

 やがて、溶け合いどちらとも着かぬ様になる……

 言ったであろう?恆柊であり、恆尚でもあると。」

 

 帝は苦く笑った。


「朕は若かった。だからこう考えたのだ。

 世が乱れるのは、支配者が変わるからだと。


 ならば、もし支配者が“同じ記憶を継ぎ続ける者”であれば、

 永遠に治世を築けるのではないか……とな」

 

「だが……朕が甘かった。


 人の欲望には、際限がなかったのだ。


 統一した地方も、時が経てば反旗を翻し、

 仁政を施す者を育てても、その者が亡くなれば

 民から搾取を行い、同じ過ちを繰り返す。


 いつしか、朕は疲れてしまった。


 そして……恆祥の都だけが栄えればよいと、

 そう考えるようになった」

「政も行わなくなったのは……

 腐敗した役人どもも馬鹿ではない。

 都に反乱が起こるほどの悪政は行わなかった。

 それでも、この国が緩やかに滅びへ向かっていることは分かっておった。


 俺はつまり、絶望した結果

 恆祥という箱庭に引きこもる事にしたのか……と理解した。


 だから……朕は神に“お願い”をしたのだ」


「お願い……?」


「うむ。褒美はすでに使ってしまったからな。

 お願いというより、交渉に近い。


 ――朕の治世のうちで、最も変革を起こしやすい時代に。

 新たな神の使者を寄こしてほしい、と。


 そして朕の治世に終止符を打ち、

 この世界を救ってほしい、と」


「それじゃあ……俺が選ばれたのも、

 この時代に連れてこられたのも……」


「朕と神との交渉の結果である」


「龍輝よ……新しき英雄よ。


 朕の甘い幻想が招いた結果に、

 お主を巻き込んでしまったこと……申し訳なかった」


 俺は何と言えばいいのか分からなかった。


 怒ればいいのか。

 許せばいいのか。


 どれも正解で、どれも違う気がした。


「……聞きたいことは終わりか?

 それならすまぬが、この縄を切ってもらえぬか」


「……何をするつもりですか?」


「朕と、朕の長子の命を終わらせる。

 そうしなければ、また記憶が引き継がれてしまう」


 この期に及んで勝手な事を……

 俺は心の中で神様を呼んだ。


 すると、一部始終を見ていたであろう神様が現れた。


「聞きたいんです」

 俺がこのまま天下を統一すれば……

 この世界は救われそうですか?」


「そうじゃな……永遠とはいかぬが、

 お主が統一せぬ場合より、数百年は寿命が延びるじゃろう」


「では、褒美が貰えますよね?」


「まだ少し早いが……まあ、よかろう」


「なら、そこにいる帝の“記憶の継承”を、

 今この時をもって無効にしてください」


「……良いのか?」


 俺は笑って答えた。


「正直、惜しい気持ちはあります。

 だけど、まだ生まれていないならともかく、

 すでにそこにいる赤子の命を救える方法があるのに、

 救わなかったら……この先一生後悔しそうだ」


「自分の褒美を朕のために使うというのか……

 お主は……お人よしだな……」


 俺は首を振る

「これは借りですよ“先輩

腐敗によって命を落とした民たちに償いをしてもらわないといけない。

三百年の経験があるんでしょう?、

 俺の治世の為に、働いてもらいますよ」


 帝の瞳に僅かながら光が戻る。

「は……はは、そうか……そうだな」


 俺は広場に戻ると、皆に聞こえるよう声を張り上げた。


「聞け! 帝はこの龍・蒼賡の軍門に降られ、もはや旧き理は潰えた!

 本日、この時をもって、天下は我が龍家のものとなったと知れ!」


 蘇瑛三十年――

 俺はついに天下を統一した。


 それは、新しい時代の幕開けを意味していた。

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