第58話 覇道、そして天下の統一へ(前)
俺は龍家の版図を広げることにした。
虞業の統治で思い知った。
統治者が愚かでは、いつまでも
民は搾取され、安堵した生活を送ることができない。
だが、この世界の基準では虞業がおかしいわけではない。
だから――
この世界は滅びに向かっている。
この世界を救うためには、
民が安心して暮らせる世界への改革が必須だ。
だが、そのためには――
まず、己が支配する必要がある。
龍家は南部を平定した。
天下統一に残るは、
北西部、湿地や森に住まう集落や都市。
北東部、鉱山を主な産業とする璞辰。
中央の都、恆祥。
そして都から南の孤島にある砦、白門関。
まずは、三年かけて北西を制圧する事にした。
そのための軍備改革は、
弓の強化と携帯食の開発だ。
今も存在する反曲弓を強化する事で
飛距離を圧倒的に強化して「格」を上げる。
龍家式反曲弓と名付けた弓は、
竹、牛の腱、角を高純度の魚膠で何層にも重ね合わせ、
理想の反りを付与して強靭な反発力を実現した。
使用する矢も重心を
前方に移して飛行を安定させ、
空気抵抗を極限まで排除したのである。
この時代では圧倒的な遠距離射撃を可能とした弓兵の誕生だ。
携帯食は、粉末食。
複数の穀物や干し肉、塩、味噌を粉末にして混ぜ、
お湯をかけるだけで食べられる。
通常であれば煮炊きの煙が上がり、
その位置を敵に露呈させるが、
沸かして覚ました水に溶いて飲み干すことで、
煙の立たない進軍を可能にした。
そして、野菜の酢漬けを徹底して食事に取り入れ、
壊血病を予防した。
そして北西部の制圧が始まった。
斥候から報告があった方向に敵の虚を突く、
遥か遠方から風切り音を響かせた射撃。
森の民も慌てて応戦するが、こちらに届くことはない。
敵兵が驚愕する。
「届くはずがない距離だぞ!?」
「何故、気づかなかった! 斥候は何をしていた!」
「飯盒の後など、ありませんでした!」
そう慌てふためく頃には、
矢による一方的な針千本が出来上がる。
そして北西を制圧して、暫くした後、
揚嫂上と俺の間に子が生まれた。
揚嫂上は安心した顔をしていた。
俺は阿清と名付けた。
揚嫂上に尋ねられた。
「どのような意味ですか?」
「これからの時代を清流の如く、生きて欲しいと」
「このような時代に可能でしょうか……?」
「可能な時代にするのです」と、
そう答えた。
成人した折には、本来なら兄上と揚嫂上の間に
設定していた第三子の名をつけるつもりだ。
もう一つ……他に事件があった。
仁慧兄上の第二夫人として“設定”していた
深窮が、俺の第三夫人となった。
兄上亡き後、巡り合うことはないと思っていたのだが、
瑛南に居る有力な名士の紹介で是非にと薦められた。
確かに可能性として兄上が居なければ、
俺に話が来るという流れは自然かもしれない。
断る気になれなかったので側室として迎えた。
紫音には揚迪殿を迎えた事で心境が変わったか? と
聞かれたので、そう言うわけじゃない。
あと、本当なら紫音一人で良いのだと答えると、
満更でもない顔をした……と思っている。
本人に言えば否定するだろうが。
それにしても……
俺は確か、深窮を名士の娘で知的好奇心旺盛な天才軍師と
“設定”していたのだが……
何故か、知的好奇心旺盛の点だけに
設定がフォーカスされたとしか思えなかった。
「深家より参りました深窮、字を香淵と申します。
今日からお世話になります……。
と・こ・ろ・で!
龍輝様! あの竹炭や両あぶみとか、農業とか、
龍輝様がお考えになったのでしょうか?
めっちゃ感動しました!
何をどうして考え付いたんです?
……あっ! いけない!
父上からは『お淑やかに振る舞いなさい』と言われてたんです。
でもあんなん知ったら普通は黙ってられませんよね?
挨拶はこれくらいで、後でどうやったのか教えてください。
そして、もし他にも面白い事の構想があるんやったら、
形にするのはうちに任せてくださいな!」
……微妙に関西弁に聞こえるのは、
それほど彼女の訛りや熱意のアクが強すぎるからだろうか……。
ただ、俺の軍備改革の速度は、
彼女の抱く好奇心の後押しによって加速され、
予定よりも早く版図を拡大することが出来た。
北西部の次は北東部だ。その為の準備として、
五年かけて南部の北東に龍硬壁を用いた港を建造した。
そこから海を渡り、北東にある鉱山発掘で有名な
都市・璞辰を制圧した。
璞辰の門は重力投石機で粉砕したのだが、
開発時の深窮の興奮は凄まじかった。
人力用の多数の紐を廃し、巨大な「錘」を設置する姿に、
「何やこれ、引く紐がありまへんよ!?」と目を丸くする。
錘の重さを変えるだけで飛距離を正確に制御できる様にすると、
「毎回狙った所に飛んでいきますね!」と感嘆し、
城壁の同じ箇所を執拗に狙い粉砕すると、
「重りと天秤の理の勝利や!」と喜んでいた。
戦場とは思えないはしゃぎっぷりだった。
戦術の采配、兵站の管理も優秀だったのだが……
どうしても新技術の興奮に霞んでしまう。
やがて北東部も制圧すると、残す所は
恆祥から南の孤島にある官軍が治める砦・白門関、
そして恆祥のみとなった。
俺は頃合いだと考え、恆祥に絶縁状を送った。
【龍輝より恆祥の都へ】
「新風・龍輝から、恆祥の帝へ申し上げます。
天の理は移ろい、徳ある者のもとへ巡るもの。
中央の統治はもはや遠い夢となり、
今の世は腐敗し、法は乱れ、民は絶望の淵で苦しみ、
治世と呼ぶこともできず、もはや終焉を迎えております。
私は玄綏の地で立ち上がり以来、民の嘆きを見過ごせず、
剣を執ってこの乱世を鎮めてきました。
今や恆祥と白門関を除いたすべてが私の版図となり、
天下の八割は龍家の手中にあります。
時代の流れを理解されるのであれば、
速やかに軍門に降ってください。
まだ天命に抗おうとするのであれば、
我が軍の威をもって恆祥の空を焼き尽くしてみせましょう。
以上。」
降伏を迫った都からの返事は予想通りだった。
【恆祥からの返書】
「天命を背き、義に反する逆賊・龍輝に告ぐ。
お前は何を迷妄しているのか。
万民を照らす朝日はこの恆祥より昇るもの。
玄綏ごとき辺境の地から日が昇ること、天理が許さぬ。
天下の静謐を乱し、
民を塗炭の苦しみに突き落としたのは、
お前たち不逞なる輩の野心に他ならぬ。
非道を棚に上げ、偽りの大義を掲げ、
正に沙汰の限りである。
だが、天子は慈悲深く、
改過自新の道を閉ざしてはいない。
即刻その身を縛して頭を垂れ、
奪い取った所領を帝へ返還せよ。
警告を無視し、大不敬を続けるのであれば、
天の怒りに触れ、一族もろとも
灰燼に帰す天罰が降るであろう。」
と……。
王手まで、あと二手の状況でも、
都の帝、或いは官吏は理解できていなかった。
俺は世界という名の盤上で、次の駒を進めた。




