第55話 修政、そして一期の偶遇へ
兄上の追諡から半年ほどが経った。
俺は悲しみを乗り越えるのではなく、
追慕を糧に、兄上の志を継ぐつもりで日々を送っていた。
その間にあった出来事だが――
龍諂・龍噸をはじめ、都・恆祥にいた龍家の一族が
続々と玄綏へと集まってきた。
俺は都での経歴に合わせ、彼らをそれぞれの職に就けたのだが……
――早速、龍諂がやらかした。
着服や賄賂の要求に手を染めたのだ。
俺は龍諂の設定を
「ずるいが、生き馬の目を射抜く狡猾さがある」
としていたのだが……
どうやら、この“ずるい”の部分だけが
盛大に効果を発揮したらしい。
頼むから、生き馬の目を射抜く方を発揮してくれ。
俺は龍諂を呼び出した。
突然の呼び出しだというのに、龍諂は薄笑いを浮かべていた。
その顔には――
親戚という甘え、
都で俺の世話をしたという恩、
そして俺が若いという事実。
そこから“与しやすい”と踏んでいるのが、
手に取るように分かった。
「どうした、賢甥?
この叔父に何か用か?」
俺が突然呼び出したというのに、龍諂は薄笑いを浮かべていた。
俺は睨みつける。
「……龍諂。今は公務である。
身分を弁えよ」
「固いことを申すな。
私とそなたの仲ではないか」
……駄目だ。このままでは示しがつかぬ。
はぁ……どうするかな。
このまま、公として裁くか。
それとも、情に訴えるか。
……何で年上に、こんな事まで考えねばならんのだ。
もっとしっかりしてくれよ。
段々、イライラしてきた……。
――よし、両方で行こう。
俺は満面の笑みを浮かべた。
「叔父上。少し、手をお貸しください」
兵に兜を持ってこさせ、
俺はそれを龍諂に、両手で挟むように持たせた。
「な、何だ……何をするのだ?」
「叔父上。動いてはなりませんよ」
次の瞬間――俺は一閃した。
兜は縦に、音もなく両断された。
龍諂の顔が、みるみる青ざめていく。
「ひっ……ひぃ!」
俺は龍諂を睨みつけた。
「龍諂! 此度のそなたの着服と賄賂――
一度目は、都の慣習が抜けきっておらなんだと多めに見てやる。
だが、もし二度目があれば……そなたの頭が、こうなる!」
俺は両断された兜を指し示す。
「肝に命じよ!」
そして俺は、声色をできるだけ柔らかくして情に訴えた。
「叔父上……はるばる遠路、都・恆祥から来てくださり、
この玄綏を発展させるため、
若輩の私を助けるために尽くしてくださる叔父上に――
本来なら、こんなことはしたくないのです。
ですが今となっては、私もこの地を預かる身。
どうか……どうか、この私の心情を察してくだされ」
龍諂は青ざめたまま、無言で頷いた。
俺は低い声で促す。
「それでは龍諂、政務に戻れ。
……良いな? 次はないぞ」
「はっ……! 太守殿。
これにて退下させていただきます」
龍諂が去ったのを見届けてから、
俺は次の政を進めた。
都へ竹炭の製法を伝えるために送っていた職人たちを、
すべて撤収させたのだ。
南部を制圧し、都の血縁も呼び寄せた今――
もはや帝に媚びる必要はないと判断した。
そして俺は、都宰侍へ書状を送った。
【龍輝からの書状】
竹炭の製法伝授に尽力いたしましたが、
職人らの力量及ばず、不成就に終わりました。
天の理に適う事ならば、万事おのずから成るもの。
此度の不首尾、すなわち「天の望む所に非ず」と
断じざるを得ません。
無理に成そうとし、恆祥や帝に万一の事あらば
不忠の極みにございます。
故に、断腸の思いで職人らを引き上げさせました。
閣下の寛大なるご厚情をもって、
何卒お許し願いたく存じます。
――製法を伝えようと努力したが上手くいかなかった。
天の差配が良しとしていないのではないか。
差配に逆らえば都や帝に禍が及ぶかもしれぬ。
ゆえに泣く泣く撤収した、ご理解願いたい。
要するに、そういう内容だ。
本当は、日出づる処の下りで天子に送ったような
“絶縁状”を叩きつけてやりたかった。
だが――
逆賊の名を着せられたり、
攻め入る口実を与える必要もない。
あえて抑えた。
――あー……すっきりした!
製法を寄こせと言われた時、正直、怒りを覚えていた。
だからこそ、この書状を送り終えた今は清々しいほどだ。
ちなみに、この書状を紫音に見せたところ――
腹を抱えて笑っていた。
次に俺は、導入を迷っていた現代知識の一つ――
ローマ式コンクリートを取り入れることにした。
煉瓦粉、消石灰、骨材。
この時代でも揃えられる材料はすでにあった。
これは、虞業に攻められた際、
南部の境にある集落が放棄せざるを得なかったことからの判断だ。
防備を固め、援軍が到着するまでの時間さえ稼げれば、
あの略奪という憂き目に遭わせずに済んだ。
まずは玄綏、瑛南の城壁に導入する。
次に、安心させるために――
略奪に遭った集落とその周辺へ、
段階的に導入を進めた。
技術については秘匿とし、
漏らせば極刑と定めた。
……それほどの価値がある技術だからだ。
そして俺は、施工を始めた南部境にある集落へ
自ら視察に向かった。
そこで――
彼女との再会を果たした。




