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第51話 襲来、そして黒風の吹走へ(中)

 俺は、逃げ延びてきた集落の兵と、

 境から一つ北にある集落の兵を呼び集め、

 歩兵隊として編成した。


 そして軍容を整え、北上を続ける虞業の大軍を迎え撃つため、

 平原にて対峙したのである。


「龍家の地を騒がす逆賊共よ!

 これ以上の狼藉は、この龍蒼賡が断じて許さぬ!


 我が領土を荒らす徒輩共――

 一人残らず、この剣の錆としてくれる!」


 敵陣の虞業が、腹を抱えて大笑いしながら

 虚言を並べ立てて喚いた。


「はっはっはっ! 内政しか能のない“文弱”が、

 兵を連れて何をしに来た!


 今すぐ跪いて降伏するならば、

 命だけは助けてやらんでもないぞ!


 それとも貴様も、あの龍紅の後を追いたいか?

 奴は最期、実に見っともなく命乞いをしておったぞ!」


「兄の名を、貴様ごときが口にするな……汚らわしい。


 よかろう。私が貴様の言う『文弱』であるというのなら――

 貴様の軍で最も腕の立つ者を前へ出せ。


 兄より劣る私が、一騎打ちで相手をしてやる!」


 虞業の陣中から、一人の将が笑いながら馬を進め、

 名乗りを上げた。


「私の名は、毛散もうさん


 “文弱”相手では何の誉れにもならぬが――

 この私が、兄のところへ送ってやろう!」


 俺は無言で馬の腹を蹴り、あぶみを力強く踏みしめる。

 人馬一体となったまま、一気に肉薄した。


 毛散が、あまりの速さに驚愕の声を上げる。


「な……何だと! 速すぎる……!?」


 俺は大上段から力を込め、得物を振り下ろした。


 毛散が受けに掲げた武器も兜も――

 まとめて、その頭ごと唐竹割りに一刀両断した。


 毛散が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


 虞業軍の兵たちは言葉を失い、

 一瞬にして平原に静寂が訪れる。


 俺はそのまま無言で、自軍へと引き返した。


 虞業が狼狽える。


「ひ、ひいぃ……! あれはまるで龍紅ではないか……!」


 そして兵たちからは、戦慄の声が漏れた。


「ば、化け物だ……」


 俺は吼えた。


「兄上であれば、胴まで両断していたわ!

 今のが虞業軍で一番の猛者なら、

 龍家では幼子にも勝てぬ!」


 龍輝の兵たちは主君の武勇を目の当たりにし、

 勝鬨を上げた。


「おおおおおおおっ! 龍輝様、万歳!

 龍家に勝利を!」


 虞業は、士気が崩壊するのを恐れ、

 必死に声を張り上げた。


「か、かかれ! 怯むな!

 敵はたかだか三千の兵だ、数で押し潰せッ!」


 俺は漆黒の部隊に号令をかける。


「全軍、突撃!

 兄上の名を汚した賊共を――一人残らず殲滅せよ!」


 俺は中央に歩兵を囮として配し、

 騎兵はあえてまとめず、左右に散開させていた。


 虞業が勝ち誇ったように嘲笑う。


「ふん、所詮は“文弱”の布陣よ!

 何だあの無様な有様は。

 押し潰せ! まずは目障りな歩兵を蹂躙せよ!」


 虞業の全軍が中央の囮へ吸い寄せられ、

 陣形が縦に長く伸び切った、その瞬間。


 俺は指示を出した。


「今だ――展開せよ!」


 狙うは、一千五百ずつの両翼展開。


 左右から躍り出た三千の騎兵は、その脚力で、

 敵が「まだ遠い」と思っていた距離を一息で詰め、

 無防備な側面へと牙を剥いた。


「ば、馬鹿な……! あんなに遠くにいたのに!」


 “両あぶみ”による安定した姿勢から放たれる弓射と、

 馬の全質量を乗せた槍の一撃が、

 虞業軍を次々と刺し貫いていく。


「包囲せよ! 一人として逃すな!」


 両翼の一千五百騎が敵の最後尾でガチリと噛み合い、

 漆黒の“鉄鎖”が完成する。


 逃げ場を失った虞業軍は死に物狂いで矢を放つが、

 漆塗りの紙甲が無機質な音を立てて弾き返した。


「な、何だあれは! 矢が効かぬ! 跳ね返されるぞ!」


「包囲を狭めよ……蹂躙せよ!」


 円陣は内側へと収縮し、三千の騎馬が交互に

 “点の突撃”を繰り返す。


 刺しては下がり、また次の馬が突き刺す。

 密集しすぎて武器すら振れぬ虞業軍七千は、

 味方の背中に押し潰され、

 呼吸すら困難な“窒息状態”に陥った。


 虞業軍から絶望の悲鳴が平原に響き渡る。

「やめろ!それ以上、下がるな!」


 もはや戦闘ではない。

 巨大な圧搾機による、無慈悲な“処理”であった。


 まとまりなく見せた布陣はすべて、

 この“カンナエ戦術”という死神の鎌で刈り取るための罠だったのだ。


 「処理」に耐えかねた虞業軍は、算を乱して敗走し始めた。

 

 虞業が叫ぶ

 「逃げよ!儂を守れ!前を開けよ!」


 田唐はすでに、窒息死していた。

 弟の田達は捕縛したとの報告が入ったので、俺は即座に指示を出す。

 

 「命だけは!命だけは!

  虞業の命令だったんです!」


「縛って牢に放り込んでおけ! 次は境にある南の集落を奪還する!」


 俺はそのまま南へと矛先を向け、兵を進めた。


 だが、略奪に目を眩ませ守備兵も最低限しか残していなかった拠点は、

 包囲すると、戦う間もなく降伏の使者を送り出してきた。


 「我らは龍家に逆らう意志などありませんでした。

  全て虞業の命令だったのです。」

  

 集落を取り戻した頃、

 虞業はわずか数百名の残兵を連れ、

 命からがら本拠へと逃げ帰ろうとしていた。


 俺は、虞業を追った。

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