第47話 疾病、そして干欄の防瘴へ
龍紅が南部の懐柔に出陣した後、
我が玄綏では事件が起きていた。
それは……娘の駄々と紫音の病気だった。
娘の阿空が元気一杯に走り回っている。
首飾りに、龍紅から出産祝いにと贈られた
無病息災と厄除けを願った玉をかけている。
最高級の玉に紅い龍の飾りが入った逸品だ。
ちなみに俺はお返しとして、
龍紅の次男、阿路に刃をつぶした儀礼用の短刀に、
蒼い龍の意匠を施したものを贈った。
阿空が帯剣を指差して叫ぶ。
「ちちうえ! それちょうだい!」
「まだ、阿空には早いよ。」
「はやくない! ふるの!」
俺は帯剣ではなく、木剣をそっと目の前の床に置いた。
「ほら、持ってごらん。まだ無理だろう?」
阿空が木刀を小さい手で握ろうとするが掴むこともできず、
次第に顔が赤くなり、大声で泣き出す。
「あぁーん! 阿空もブンブンってしたいい!」
わかった、わかった。
俺は予備で作らせておいた儀礼用の短刀をそっと握らせる。
「ほら、これなら振れるだろう?」
泣き止んだと思ったら目を輝かせて、
一心不乱に振り始める。
そしてすっぽ抜けては拾い、また振り始める。
俺は眺めていた紫音に声をかける。
「どう考えても母上似だな。」
紫音の頬が緩む。
「私より、興味を持つのが早いな。
将来有望だ。」
阿空が木剣を指差して俺を見上げる。
「ちちうえはあれふれる?」
俺は紫音に抱っこさせて離れる。
「あぁ振れるぞ、ほら!」
「ちちうえすごい!」
娘に褒められてちょっと良い気分だったのだが、
そこに阿空の質問が飛んでくる。
「ちちうえとおじうえ(龍紅)、どっちがすごい?」
俺は言葉を詰まらせる。
「父上と叔父上は同じくらいだよ?」
「おなじって?」
「一緒くらいってことだよ。」
「わかんない、どっちがすごいの? ねぇ? どっち?」
「えっと、父上の方が凄いぞ。」
俺はつい、娘の前で格好をつけたくて言ってしまった。
紫音が満面の笑みでからかってくる。
「ほほう? 俺の武勇が兄上に勝つか負けるかなど些細なことだ、と
言っていたのは私の記憶違いだったか?」
「そうだな、戦場では些細な事だ。」
俺は笑って誤魔化した。
それから数日後、紫音が高熱で浮かされた。
この時代の治療は対処療法ばかりで、
抗生物質なんてあるわけもない。
ちょっとした病気が命にかかわる。
そして、ふと自分の施策を思い出す。
竹炭と竹酢液を量産して……
入浴と肥料と害虫対策を充実させた。
しかし医療体制が疎かだった……!
だが今は兎に角、紫音の看病をしなくては。
俺は白湯に蜂蜜と塩で経口補水液を作った。
「紫音、少しずつ飲むんだ。」
そう言って一口ずつ紫音の唇に運ぶ。
冷たい水で頭部を冷やし、
今ある酒を蒸留し、さらに竹炭で濾過して、
紫音の寝所を徹底的に消毒した。
「頼む……! 下がってくれ……頼む!!」
そうして看病して四日が過ぎた頃、
紫音の熱が下がり、峠を越えた。
俺は紫音の手を両手で握りしめながら、
安堵に目に涙を浮かべていた。
「紫音、すまなかった……」
意識を取り戻した紫音が、
「何故、蒼賡様が謝るのだ……ふふ、本当に変わっている……」
そう言って、また寝息を立てた。
俺は紫音が回復した後、考えを改めた。
今の医療技術では、いかに発症させないかの予防が大事なのだと。
その為、「龍家式衛生法」を公布し、以下を徹底させた。
邑は湿気・ネズミ対策として竹による干欄式住居を強制。
週に一度、竹炭を混ぜた湯で沐浴、石鹸での手洗いを習慣化させた。
竹酢液を浄化水と名付けて配り、
切り傷、虫刺され、皮膚の異常に塗布するように命じた。
何故こんなことをするのかと納得させる為に、
「気を悪くする瘴気というものは汚れたものに住み着いているのだ!」
と、迷信を信じる者にも分かりやすく広めた。
その結果、この地の疫病発生は、
他と比べ明らかに抑えられる事になるのだが、
「龍家式衛生法」が「愛妻衛生法」や
「紫音為衛生法」と呼ばれる事になり、
またしても羞恥に拍車をかけるのであった。
そして、その数日後、
龍紅の兵が息も絶え絶えに駆け込んできた……




