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外伝・第9話 日常、そして龍玉と潭沢へ

俺は紫音が出産してから二カ月ほど経った頃、

龍玉を呼び出し、兄妹だけで話していた。


龍玉は不思議そうな顔で、俺の言葉を待っている。


「兄上、どうかしましたか?」


俺は咳払いをひとつして、言いよどんでいたが、

ゆっくりと言葉を選ぶように口にする。


「……お前の、次の嫁ぎ先についてなんだが……」


龍玉は少し諦めたような、それでいて覚悟していたかのように、

静かに息を吐いた。


「はい。父上から何か連絡がありましたか?

 南部か中央あたりかと思っているのですが」


「いや、父上からは……そろそろ落ち着いただろうから

 龍玉を集落に戻せ、とは言われてはいるが……

 嫁ぎ先については聞いていない」


龍玉は一瞬だけ目を瞬かせると、すぐに立ち上がった。


「わかりました。それでは出立の準備を致します」


「いや! 待て! そうじゃない!」


俺は慌てて手を伸ばし、龍玉を制した。


「正直に今の気持ちを聞きたいんだ。

 静零……お前、嫁ぎに行きたいと思うか?」


龍玉は一瞬だけ僅かな怒りを浮かべ、そしてすぐに抑えた。


「以前にも申し上げましたが……

 兄上。私たちは龍家の本流です。家名を背負っているのです」


俺は首を振り、阿刀の頃に戻って続けた。


「二兄は阿玲の気持ちが知りたいんだ。

 龍家とか、本流とか、今は全て忘れて……

 大事な妹の気持ちが知りたいんだ」


「何故、今更にその様なことを……

 気持ちなど……」


阿玲が言葉に詰まり、身体が震えはじめる。

我慢しようとしても、溢れる涙は抑えきれない。


「私……私は……」


やがて、堰を切ったかのように声を張り上げた。


「あああああああああ、私は弥安姉と一緒に居たかった!

 柔温様のお子を産み、弥安姉に抱いてもらって……

 そんな日々を過ごしたかった!


 許せなかった! 私を嫁がせて攻め入った父上が!

 助けてくれなかった大兄が! 二兄が!

 何より、弥安姉を犠牲にして生きている私が!」


俺は阿玲の頭を撫でながら謝った。


「すまなかった……本当にすまなかった」


誰にもぶつけられない怒りも悲しみも、ずっと堪えていたのだろう。

仕方がないんだと自分を誤魔化し、傷口は塞がったふりをして。


「……もし、潭沢がお前との婚姻を続けたいと言ったら、

 阿玲もそれを望むか?


 既に潭沢は御瀾の太守の跡継ぎではない。

 龍家の臣に過ぎない。それでもそう望むなら……

 後は二兄が何とかしてやる」


俺はそう言うと、龍玉の涙を拭った。


龍玉はしばらくすると泣くのをやめた。


「柔温様が望まれるなら、私は婚姻を続けたいです。

 でも、それが叶わなかったとしても……私は大丈夫です」


そして俺に、大輪の花のような笑顔を向けた。


「二兄、ありがとうございます」


俺は龍玉との会話の後、

臣となった潭沢に真意を聞いた。


潭沢は渋い表情を浮かべた。


「私にそのような器はございません。


 いかなる艱難辛苦からもお守りすると誓いながら、

 果たせぬ……侍従を身代わりにした、情けなき腰抜けにございます。


 父と刃を交えてでも道を正す、その一念が足りなんだ。

 己の甘さが、龍玉様を奈落へ突き落としたのです」


うなだれる潭沢の右肩に、俺は静かに手を置いた。


「……それを言うならば、

 俺も同罪だ。兄でありながら、

 時代の流れを止められず、静零を悲しませた張本人だ。


 静零から、お前と過ごした日々を聞いた。

 あの子がどれほどお前に大事にされていたのかを……

 兄として礼を言わせてほしい」


「お前が失ったと嘆く『資格』なら、俺が太守として、

 そして兄として、新しくここに授けよう。


 ……だから、もしよければ、もう一度静零の手を握って、

 二人で幸せになってくれないか?」


潭沢は跪拝の姿勢で、力強く決意を告げた。


「……情けない私に、

 勿体なきお言葉にございます。


 私のような者でよければ、

 もう一度……もう一度、龍玉様と手を取り、

 この非才の身を賭して、龍家のために尽くす所存です」


俺は潭沢を立たせてから、両肩に手を置いた。


「あぁ、妹をよろしく頼む」


俺はその後、龍玉の事は任せるようにと、

集落にいる親父へ書状を送った。


――――――――――――――――――――――――

蒼賡より申し上げます。


静零の再縁の儀についてですが、

私の配下から選び、嫁がせたく存じます。


今の龍家にとって、北も南も諸勢力の顔色を伺う

必要はもはやありません。今さら外に縁を求めても、

不要な火種を抱え込むだけです。


それよりも今は、家臣との結びつきを強め、

内側を盤石にすることこそが、龍家にとって

最善の道であると確信しております。


静零の嫁ぎ先については、この蒼賡にすべてお任せください。


父上もそろそろ、隠居を考えてもいい御歳です。

御自身のお身体を第一に。


これからの龍家の行く末については、

若い我らにお預けくださいますよう。


               蒼賡

――――――――――――――――――――――――


そして、改めて潭沢に龍玉を下嫁してから

半年後、静零は妊娠し、その後出産した。

赤子の名は、潭沢が「阿近」と名付けた。


そして……今日は俺と潭沢と、阿近とで、

静零が奏でる翼竪琴の音色に耳を傾けていた。


演奏が終わり、静零は気恥ずかしそうに口にする。


「都の楽工が奏でる珠玉の音色には到底及びません」


俺は余韻が覚めてから感想を述べた。


「そんなことはない。都で聞いた演奏と何ら遜色のない音色だった」


俺と同感だと言うように、潭沢も首を頷く。


そうしていると阿近が泣き出し、

龍玉が楽器を置いてあやそうとした。


だが阿近は、誰もいない方向をじっと見つめたかと思うと、

泣き止み、笑い出した。


俺たち三人が同時にその場所を見ると、

潭沢が教えてくれた。


「そこは、いつも静零の傍で弥安が控えていた場所でした。」


「……静零の子をあやしに来てくれたのかもしれないな」


俺が思わずそう呟くと、

龍玉は口元を手で押さえた。


龍玉の音色と阿近の泣く声が、

風に乗って彼女に届いたのだと、

そう思わずにはいられなかった。


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