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第41話 御瀾、そして兵馬の矛先へ(中)

龍紅が将兵に命じる。


「兵は四千。私が大将、蒼賡を副将とする。

 縁牛と呂魏を参軍させる。直ちに準備にかかれ!」


瑛南は一気に慌ただしさに包まれた。


その最中、妊娠中の紫音に声をかけた。


「必ず無事に戻る。心配はいらない。体を大切にしてくれ」


紫音は、笑みを浮かべて言った。


「──あぁ、私を亡夫の妻にしてくれるなよ」


命の保証がない龍玉と芽吹いた新しい命。

その対比が、言葉にできぬ感情となって渦巻いていた。


それは進軍を進め、いよいよ御瀾に近づくという

野営の夜、斥候の報告がきっかけで起こった。


「報告いたします!

 我らは四千に対し、敵勢はおよそ六千となります!」


呂魏が龍紅に意見する。


「龍紅様、兵力差は歴然!

 このまま正面衝突では勝ち目はございませぬ。

 何か策はあるのでしょうか?」


「我らは精強な龍家の兵だ。

 兵数のみで勝敗が決するわけではない。」


「何と……策はないと申すのですか?

 根拠なき理屈で、兵にどう戦えと伝えることができましょう!


 それとも死地へ向かえと?

 本日はこれで失礼させていただく!」


翌朝、静まり返った陣に、兵が血相を変えて飛び込んできた。


「報告します!

 呂魏将軍が、龍家ゆかりの私兵以外

 官兵二千を引き連れて逃亡しました!


 敵に寝返った可能性がございます!」


龍紅に慌てて今後の対応を確認する。


「一度も戦うことなく逃げ出しては、龍家の名に傷がつく。」


全軍に向けて、声を張り上げた。


「行くぞ! 我らが龍家の戦いぶりを見せてやれ!」


俺は、不安を抱えながらも戦うしかないと自分に言い聞かせた。


軍を進めると、御瀾の将・楽達がくたつ

六千の兵を連ね陣を敷き、行く手を阻む。


楽達は馬を進め、大喝した。


「龍家の将よ、聞け!

 我が主より書状を預かっておる。

 今より使者を送るゆえ、心して受け取れ!」


龍紅が不敵に笑う。


「奇遇だな。我らも書状を携えている。

 ならば、交換と行こうではないか!」


両陣に、抜き身の剣が煌めく中で使者が行き交い、書状を交換する。


書状は、現太守の息子で龍玉の夫、潭沢からだった。


「義兄上、拝啓。


 我らあの婚礼の日より、一度も誼を違えず

 協力して参り、この度の戦のいずこに大義名分があらんや。


 親迎の折、義兄上は『妹を頼む』と涙を流された。

 その仁心に心打たれ、いかなる艱難からも彼女を守り抜かんと誓いたる。


 今、自ら先陣を切り妹の身を危うくする、情け容赦なき振る舞い。

 恥ずかしさを感じぬものならんや。


 龍家が攻め寄せば、妻なる静零が窮地に陥るか、義兄上が知らぬはずもあらじ。


 私は義兄上の首を望まず、静零との離別も望みませぬ。

 兵を収め、速やかに引き取られよ。」


俺は何も言えなかった。


龍紅は「甘いな。玉の身を案ずる心あらば、

書状の通り、潔く恭順せよ!」と楽達に叫ぶ。


「天命は龍家にあり。今は一地を治むるとも、

 周囲の群狼から守る力なき者が統治を続けるは、

 主にとっても民にとっても、これ以上の不幸はなし。


 今や龍家は瑛南一帯を掌中に収め、

 その勢い正に破竹はちくの如し。


 速やかに軍門に降りなば、悪いようにはせぬ。

 汝らを重臣として迎え、手厚き地位を約束せん。


 願わくはやいばを交えることなく、

 我が龍家の庇護ひごに加わらんことを。」


楽達は受け取った書状を力任せに破り捨てた。


「破竹の勢いだと? 笑わせるな。そんな端た兵で何をほざく。


 聞けば、連れてきた将にも兵にも逃げ出されたのであろう!


 今すぐ降伏しろ。さもなくば兄弟まとめて首を跳ね、

 父親の龍健に送り届けてやる!」


お互いが最早、言葉は不要と

両軍の号令が重なり、乱戦状態へと突入する。


龍家の精鋭たちは、導入した盾と槍で恐るべき強さを発揮した。

だが、圧倒的な数の差に追い詰められていく。


包囲されつつある状況に、龍紅が苦渋の決断を下す。


「撤退だ! 全軍下がれ!」


勝利を確信した敵の追撃を受けながら、

俺たちは必死に戦場を離脱し始めた。


龍紅と俺が率いる兵は、霧の立ち込める沿岸地帯まで逃げ込んだ。

楽達は勝ちを確信して「追え! 一人も逃がすな!」と深追いしてくる。


だがその瞬間、霧の向こう側の三方から、

一斉に無数の松明に火が灯った。その数は一万以上に見えた。


楽達は「伏兵だ! 退却しろ!」と叫び、

混乱した御瀾の兵たちが逃げ惑う。


そこへ、脇の竹林に潜んでいた縁牛の部隊が猛然と襲いかかる。


龍紅と俺も「今だ、反撃せよ!」と号令をかけ、軍を反転させた。


いつの間にか正面には、逃亡したはずの呂魏が兵を引き連れて陣取っており、

楽達の軍を完全に包囲した。


必死に逃げようとする楽達の前に、呂魏が立ちはだかる。


「卑怯な真似を!」


呂魏は笑って言い放った。


「我が主君の策に、見事にかかったな!」


矛が楽達の肩を捉え、激痛に崩れ落ちる。


「わかった、降参だ……!」と叫び、

その場で生け捕りにした。


龍紅は、自陣に紛れ込んでいる間者を逆手に取る策を取った。


呂魏と仲互いして兵を連れて逃げたという

嘘の情報をあえて持ち帰らせ、楽達を油断させた。


俺が渡した導火線を用いて、

無数の案山子に松明を持たせて霧の中に配置していた。


合図とともに点火役が火を放つと、

霧の中に浮かび上がる一万もの光の列が、

追撃してきた敵軍の恐怖を煽った。

こうして龍紅の策と呂魏の準備が、兵力差を覆したのだ。


勝利の余韻も束の間に、御瀾の城門に辿り着いた。


俺は言葉を失って立ち尽くした。


そこに晒されていたのは、磔にされ、

冷たくなった龍玉の姿だった。


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