第35話 出陣、そして豪族の征伐へ(後)
戦は続き、七日目を迎えていた。
龍紅と俺は敵の弓の射程の外側に陣を敷き、
壁上の敵が顔を出せば牽制の矢の雨を降らせ、注意を削いだ。
包囲したまま逃げ場を断ち、徐々に相手の士気が削れていくのが分かった。
そして、七日目の夜。
日が落ち、時刻は丑三つ時に迫った頃──
龍紅が「そろそろか……」と呟く。
その直後、塢壁内から火の手が上がった。
降伏勧告の際に忍ばせた間者が、
兵糧庫や燃えやすい場所に火を放ったのだ。
米や麦の一粒一粒をアイテム化することは現実的ではない。
ゆえに、包囲戦で兵糧攻めをする際には
この手が最も効果的だった。
俺は裏門から盾兵を前進させる。
矢を弾きながら門へ迫り、陽動を仕掛ける。
敵の弓兵はこれを防がんと必死に放箭を繰り返し、
意識が裏門へ割かれたところで──
火付け役が叫んだ。
「裏切り者だ! 我らと同じ兵装をしているぞ!
門に近づかせるな!」
塢壁内が混乱の渦に巻き込まれる。
龍紅が剣を抜き放ち、正門で下知を飛ばす。
「決死隊、前へ! 矢を恐れず突き進め!」
決死隊が鉤縄を投げ、壁を登る。
中には壁の隅を猿の如き速さで駆け上がる者もいた。
混乱の隙を突き、決死隊が一気に内側へ躍り込み、
守備兵をなぎ倒して重いかんぬきを跳ね上げる。
龍紅が号令をかける。
『開門! 全軍、突撃せよ!』
程なくして裏門も開かれた。
「行くぞ! 我らも突撃せよ!
紅兄上に遅れを取るな!」
龍家の精鋭が怒涛の如く雪崩れ込む。
深夜の奇襲に、敵兵には武具すら纏えず飛び出す者もいた。
武器を捨てて投稿する者。
死に物狂いで抵抗する者。
呆然としたまま弓で射られ倒れる者。
阿鼻叫喚の叫びが夜空に響き渡り、
そこは正に戦場であった。
俺が駆け付けると、混乱の最中──
敵の勇将・罫刹が槍を掲げ、龍紅に立ちはだかっていた。
「そこに居るは敵総大将の龍紅と見た!
お前を捕えれば、まだ我が軍の負けではない! 尋常に勝負!」
龍紅は静かに応じる。
「この集落の将と見受けたが……もはや勝敗は決している。
これ以上、無駄に命を散らすに忍びぬ。
どうだ、我が龍家の軍門に降り、相応の禄を受ける気はないか?」
「生意気な小僧めが! 勝ったつもりか!
今さら主への忠義を捨て、
他家の飯を食むような真似は死んでも御免被る!」
「……ならば最早、言葉は無用。
この龍仁慧の一撃を受けるを、冥途の土産の誉れとせよ!」
罫刹が先制の突きを放つ。
だが龍紅は矛の柄を横から叩きつけ、
罫刹の矛を外側へ弾き飛ばした。
なるほど……罫刹の強さは三年前の俺くらいだな、と感じた。
龍紅も同様に、その技量を推し量っているように見えた。
罫刹の技量を測り終えた龍紅の穂先は、
吸い込まれるように喉元を貫いた。
「罫刹、討ち取ったり!
まだ抵抗する者はあるか!」
龍紅の勝ち鬨が轟くと、
未だ抵抗していた敵兵らも色を失い、
一人、また一人と武器を放り投げ、その場に平伏していく。
城内は敗北の静寂へと取って代わられた。
俺に気付いた龍紅が一度だけ俺の目を見ると、
兵たちに向けて告げた。
「勝った。我らの勝利だ!」
その宣言を合図に、静寂に包まれた夜の城内が、
地鳴りのような歓声に包まれた。
「おおおおおおおおおおおお!」
そして俺と龍紅は奥殿へ踏み込んだ。
そこには灯火に震える、集落の頭領一族の姿があった。
返書をしたためた頭領を筆頭に、
その妻、世継ぎの長男夫婦、
そして長男夫婦の十歳ばかりの子息と娘。
頭領が床に額を擦り付け、涙ながらに訴える。
「私が愚かでありました……軍門に降りまする。
どうか、どうか命だけは……!」
「ならん! 申したはずだ。軍門に降らねば、
七代の孫に至るまで族滅に処すとな。
ましてや降伏を拒むのみならず、
我が龍家を逆賊と罵ったその大罪……。
もはや頭領一人の首を以てしても、到底償えるものではないのだ」
龍紅は傍らに立つ俺を鋭く指し示した。
「見たか、蒼賡。これが一族を預かる者が背負うべき、
逃れられぬ責務。
一族の興亡を担うとは、これほどに重く、苛烈なことなのだ」
「兄上、お待ちを!……頭領の過ちが一族の命運を分かつが、
乱世の倣いであること、重々承知いたしております。
なれど……! なれど、其処におる十歳ばかりの童らにまで、
咎を負わせるのは、あまりに無情に過ぎませぬか!」
龍紅が冷徹に言い放つ。
「甘いぞ、蒼賡よ。童のみを助けて、親なくしてどう生きる。
なれど長男夫婦まで許せば、
龍家の威令に傷がつき、示しがつかぬ」
俺は必死で食い下がる。
「平民に落とせば良いではありませぬか。
身分を剥ぎ、土に塗れさせれば、何一つ出来ませぬ。
この地に長く仕える民草とて、
龍家が長男の命を救ったと聞けば、
度量に感じ入り、恩義を抱く者もおりましょう。
攻略は未だ始まったばかりです。
禍根のみ撒き散らしては、抵抗も激しくなりましょう。
真の平定を成し遂げるには……
無情な殺生は、得策ではございませぬ!」
「……一理あるか。わかった、蒼賡に免じて沙汰を下す」
龍紅は剣を鞘に収め、平伏する一族を見下ろして告げる。
「此度の不忠不義、頭領と妻の命を以て手打ちとしよう。
蒼賡の慈悲を骨身に刻み、感謝することだ。
長男夫婦、今日を以て職を解き、平民の身に落とす。
……もし良からぬ叛意を抱かば、
その時こそ黄泉の客となると心得よ!」
その言葉に、長男夫妻と子息と娘は平伏し、
何度も床に額を打ち付けた。
死を覚悟した頭領夫妻は、涙に濡れた顔を上げ、
震える声で叫んだ。
「……忝き幸せ!
ありがとうございます、ありがとうございます!」
頭領は長男の手を固く握りしめ、嗚咽を漏らし今生の別れを告げた。
「許せ……我が判断の誤りが、汝らを追い詰めてしまった。
……龍家の情けを忘れず、泥を啜ってでも生きよ。
我が家の血脈を絶やすことなかれ。
これがお前への、最後の願いだ」
「……別れは済んだか。刑は日を改めて執り行う。
一人残らず引っ立てろ!」
龍紅の命令で兵が一族を縄で縛り、連れていく。
俺は、この世界と時代の一族の頭領が負う責任の重さ──
そして、せめてもと幼子たちの命が救えたことへの安堵に、
戦の非情を噛みしめていた。




