第34話 出陣、そして豪族の征伐へ(前)
周辺一帯の賊を制圧し終え、帰還すると宴が開かれた。
親父が満座を見渡し、満足げに盃を掲げて語り始める。
『仁慧、蒼賡。此度の周辺一帯の逆らう賊の一掃、実に見事であった。
地を掃き清めたる二人の手腕、流石は我が血を引く自慢の息子たちよ。
この父も誇らしく、鼻が高い』
龍紅が深々と拱手して答える。
『勿体なきお言葉。
すべては父上が長年築き上げられた龍家の武威。
父上がお貸しくださった精鋭たちの忠義と獅子奮迅の働きによるものにございます』
俺も続ける。
『父上の御威光に比べれば、我らはただ槍を振るったに過ぎませぬ』
「頼もしい限りだ」
親父は盃を置き、声を低くした。
『では以前も申した通り、龍家の大計を次なる段階へと進めようぞ。
この地は既に我が龍家の血脈が広く根を張っておる。
然れど、勢力の境に未だ何処にも属さず、
我が龍家がこの地を安んじているのを良いことに、
その庇護の陰で甘い汁を吸い、利益のみを貪りながら
風を伺う姑息な小豪族どもが群れておる』
盃を指で弾き、親父は吐き捨てるように続けた。
『これらを悉く平らげ、その首を我が血族の者に挿げ替える。
龍家の威光が及ぶ地に、寄生する小豪族の居場所など残してはならぬ』
俺は静かに尋ねた。
「父上。その不届きなる者ども、数は如何ほどにございましょうか?」
『ふむ。北に三つ、東に二つ、西に一つ。そして南に三つ、といったところか。
まずは、目障りな南の小豪族から血祭りにあげてくれよう』
「それほどの数、一斉に動けば、烏合の衆どもが手を結び、抗う恐れはございませぬか?」
親父は不敵に笑った。
『案ずるな。我らと命運を共にする血縁の諸将に
各々の街道を封鎖させ、監視と足止めを命じておる。
小豪族どもが横に繋がり通じようとしても、
血族の集落が難攻不落の壁となって立ち塞がる。
袋の鼠となった奴らは頼る術を失い、抗うことなどできぬ。
南と北を疾く平らげ武威を見せつければ、
西と東の連中など自ら軍門に降るに相違ない』
親父は盃を掲げ直した。
『私は集落を固め、予備の兵を束ねて待つ。
仁慧よ、次の酒の肴が吉報となることを期待しておる』
『畏まりました。龍家の家名に懸けて、賊どもを平らげてみせましょう』
「蒼賡よ」
親父が俺を見る。
『次なる戦も、仁慧の背を預かり、智と武を以てよく補助せよ。
二人で一つの剣となり、敵を討て』
「ははっ」
そして俺は、龍紅と共に出陣する。
軍議の結果、手始めに南に三つある勢力のうち、
最も大きい五百人規模の小豪族を攻めることとなった。
賊との戦いが連戦連勝だったせいで、俺は気が緩んでいた。
だから──
この世界の仕組みと、精鋭という存在が組み合わさった時、
それがどれほど恐ろしいものになるのか。
その現実を、俺はまだ理解していなかった。
敵勢力の塢壁へ向かって進軍していると、
俺が「まだ遠い」と思っていた地点で、龍紅に制止される。
「蒼賡、止まれ!
そこはもう弓の射程距離だ!」
一瞬、何を言われているのか理解できなかった。
だが次の瞬間──
塢壁から放たれた矢が、目の前まで迫る。
俺は反射的に剣を抜き、矢を払い落とした。
……何だ、この飛距離と威力は。
そうか──
能力とスキル、そして“アイテム化するほどの格”を持つ武具。
数値化された能力とスキルの係数が、元の世界とは比べ物にならない
破壊力を生み出し、
格ある武具が、常識外れの飛距離を可能にしているのか。
普段、自分たちがその“理不尽な側”だったからこそ、
敵として対峙するのはこれが初めてで……完全に失念していた。
思わず狼狽し、口をついて出た。
「仁慧兄上……これは、どのように近づくのでしょうか」
龍紅が鋭く俺を睨む。
「兵の前で将が不安な顔を見せるものではない」
そう言い放ったあと、急に笑い出した。
「はっはっは! このような遠い距離から矢を放ってくるとは、
木っ端の豪族はよほど我らが恐ろしいと見える。
臆病なことよ。剣を交える勇気がないのであれば、
とっとと降伏すればよいものを……なぁ、蒼賡」
龍紅の目配せに、俺も合わせる。
「ふっふっふ、そうですな仁慧兄上。
さて、どのように料理いたしましょうか。
とはいえ、南方の小豪族など我らの口には合いますまい」
龍紅と俺のやり取りを見て、兵たちの緊張が解けていくのが分かった。
……流石、龍紅だ。
矛や槍では追いつけた気もしたが、
こういう場面ではまだまだ叶わないと痛感する。
龍紅がすぐに次の指示を出す。
「さて、とはいえどうするか……。
蒼賡、兵の半分を率いて裏門へ回れ。敵の目を引き付けよ。
正面は弓兵に応戦させつつ、盾で固めた部曲に守らせ、
衝車で門の破壊を試みるとしよう。まずは一当たりだ。
だが──深追いはするな」
短く、迷いのない声だった。
龍紅の指示に、龍家の精鋭たちは
まるで手足のように隊を整え、塢壁攻めを開始する。
俺は裏門側で弓兵にまばらに威嚇射撃をさせ、
敵の注意を散らしていた。
しばらくすると、後方へ下がる伝令が駆けてくる。
俺は屯長に包囲を続けさせたまま、
龍紅のいる天幕へ向かった。
「……やはり、硬いな」
龍紅が地図を前に腕を組む。
「こじ開けられぬことはないが、正攻法では時間を取られてしまう」
衝車の持つ本来の破壊力と、門が備える守備力──
その二つを比べれば、「格」の働きが門に有利なのだろう。
俺は一つ、提案を口にした。
「仁慧兄上。降伏勧告の使者を送っては如何でしょう。
父上も、恭順するなら重臣として遇してよいと申しておりました。
長期戦になろうとも、我らに勝てぬことは相手も承知のはず……」
「そうだな。一つ使者を送ってみるとするか。
損耗する前にこの集落を落とせれば、
拠点として他の二つを落とすのも容易くなる。悪くない考えだ」
そうして龍家から、以下の内容で使者が送られた。
「書を以て、告ぐ。
この地は古来より我が龍家がその土を安んじ、治めてきたるところ。
今、天命に従い、我が龍家へ恭順の意を示すならば、
汝らの一族を相応の礼を以て迎え、
その地位と家禄は、三代の末に至るまで違うことなく保障せん。
然れども、もし愚かにも我が武威に抗い、覇道を阻まんとせば、
汝らの一族を根絶やしにするのみ。
その罪、単に汝ら一身に留まらず、
七代の孫に至るまで連座となし、
この地よりその名を永遠に消し去ってくれん。
幸いか、滅びか。
刻限は迫っておる。賢明なる答えを期待せん」
しかし、返ってきた返書は──読むに堪えない内容だった。
「龍家の使者に告ぐ。我らの答えはこれ一通なり。
大地は誰か一人の私物にあらず。天の授けし恵みを、
汝ら如きが『代々の地』と嘯くは、笑止千万なり。
もし先に治めたる者が主であると申すなら、
汝らが奪い取ったその前の家主に、
すべてを返して出直すのが筋というもの。
それを棚に上げ、詭弁を弄して野心を肥やし、
版図を広げんと画策する……その姿、天下の大逆賊と何ら変わりなし。
左様な逆賊に、我らが膝を屈する謂れなど一分たりともありはせぬ。
とっとと己の小集落へ帰り、
身の丈に合わぬ大望など抱かず、
門を閉ざして引き籠もっておれ!
「我らが城門、二度と跨ぐべからず!」
龍紅は返書を読み終えると、不敵な笑みを浮かべた。
どうやら、怒ってはいないらしい。
だが、兵たちに示すように、その返書を全軍の前へ投げ捨てた。
「予想通りだ。……だが、聞け!」
龍紅は剣を抜き放ち、城壁を指し示す。
「龍家を逆賊呼ばわりとは、言語道断!
我が弟・輝が示した深い慈悲の心を無碍にした愚か者どもよ。
もはや同情の余地は一片も不要。奴らを土芥と化してくれる!」
兵たちが一斉に歓声を上げる。
その中で、龍紅が馬を寄せ、声を落として俺に語りかけてきた。
「蒼賡よ。此度の献策、結果を気にする必要はない。
奴らが先の見えぬ頑迷だったに過ぎぬ。
今後も献策を控えることなく、私を支えてくれ」
兵の士気を上げ、弟を気遣う龍紅の器に、
俺はただ感嘆していた。
それにしても……降伏勧告を拒否されたか。
俺は、まだ続く戦に波乱の予感を感じていた。




