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第33話 滅賊、そしてひと時の閨中へ

親父の大計を聞き終えた後、ふと胸に浮かんだ疑問を、俺は龍紅に尋ねた。


「仁慧兄上が瑛南の太守となられるのであれば……

 この龍家代々の集落の地や、私の役割はどうなるのでしょうか。」


龍紅は少し考え、静かに答えた。


「そうだな。蒼賡については、当分は瑛南で私の補佐をしてもらう事になるだろう。

 私と共に官の規律を学び、瑛南の安定を図る。」


兄の声は落ち着いていたが、その裏にある責務の重さが伝わってくる。


「集落は父上がしばらくは管理されるだろう。

 その後は……私の長子の阿及か、まだ生まれていない次男かもしれぬ。」


龍紅はそこで一度言葉を切り、わずかに目を伏せた。


「とはいえ、そこから先は、それこそまだ絵に描いた餅にすぎない。

 ある程度のお考えはあろうが……父上もあえて明言を避けられたのであろう。」


兄の言葉を聞きながら、俺は静かに思った。


──自分の立場は、一番どこにでも配置できる“持ち駒”なのだと。


なるほど、と胸の内で頷く。


親父が描く版図は、これから大きく広がっていく。

その盤上で、俺は必要とされる時に、必要とされる場所へ打たれるのだろう。


──決まっていないことが、すでに決まっている。


それが龍家の一員としての、俺の役割なのだ。


──そして、賊の討伐が始まる。


夜明け前。霧が立ちこめる龍家の集落。

その広場は、久方ぶりの熱気に包まれていた。


龍家の旗印の下、赤い戦袍せんぽうに身を包んだ

千の精鋭が一糸乱れぬ姿で整列している。


代々龍家に仕え、鍛え抜かれた兵たち。

その威容と誇りは、霧をも押し返すほどの圧を放っていた。


俺と龍紅は銀の当世具足に身を固めていた。

今回の討伐は龍紅が大将を務めるため、俺はその右に控えている。


龍紅が馬上から激を飛ばす。


「こたびの戦は、単なる賊狩りではない!

 この地を龍家の揺るぎなき庭とするための初陣である!」


「庭に巣食う賊を一網打尽にし、民の安寧を図るのだ!」


その声が霧を裂き、兵たちの士気が一気に沸点へ達した。


「門を開けよ!

 龍家の武威、この地の隅々にまで知らしめん!」


号令一下、重厚な門が轟音とともに開かれる。

蹄の音が大地を震わせ、隊列が集落を流れ出した。


堂々たる主が放つ見事な出陣。

民たちは目を見張りながら、その背に安堵と誇りを抱いていた。


まずは賊の根城を探るため、襲われた村々へ数騎の騎馬を先行させ、お触れを出す。

村の入り口で龍家の旗を掲げ、平伏する村人に略奪ではないことを伝え、安心させた。


長老を天幕に呼ぶと、龍紅が穏やかな声で語りかけた。


「長老よ、我らは賊を平らげに来た。奴らのねぐらに心当たりはないか。

 この村は襲われたと聞いている。賊らが去った方角など、些細なことでも良い。」


長老は震える指で、東の山を指し示した。


俺はすぐに斥候へ伝え、偵察を任せた。


──そして一昼夜が過ぎた頃。


斥候役が戻り、膝をついて報告を始めた。


「……申し上げます。賊の根城は山奥の廃寺。

 見張りは二箇所、人数は凡そ三百から四百。


 武装は数名を除き、竹槍や木槍にございました。

 恐らく流民だった者たちでしょう。


 獣道は狭く、十分に包囲・挟撃が可能でございます。」


よくやった、と斥候役に伝えると、

龍紅は長老に褒美を与え、深く礼を述べた。


俺は龍紅と共に地図を広げ、作戦について相談した。


「仁慧兄上、いかが致しましょうか。

 包囲すれば問題なく制圧できましょうが……

 相手は流民上がり。情けをかけても良いのではないでしょうか。」


龍紅がふっと笑った。

相変わらず甘い、と言われているのだろう。


「そうだな。」


兄は指で地図をなぞりながら、静かに語り始めた。


「まず兵を二つに分ける。

 夜のうちに、私の隊が廃寺の正面を押さえ、

 蒼賡、お前の隊で裏門を封じよ。」


「夜明け前、火矢を空へ放つ。

 それを合図に、一斉に松明を掲げ、銅鑼を鳴らし、

 囲まれていることを悟らせる。」


龍紅の声は落ち着いていたが、そこには揺るぎない自信があった。


「弓兵と突撃隊に、見張りと表の賊を討たせる。

 そのうえで──」


兄は顔を上げ、俺をまっすぐ見た。


「『首領を差し出せば、残りの命は助ける』と叫ばせよう。

 投降すればよし。投降せぬ者、逃げ出す者は……漏らさず討つ。」


その言葉は冷徹だが、無益な殺生を避けるための“最低限の慈悲”でもあった。


龍家の精鋭と、流民上がりの烏合の衆。

作戦は問題なく計画通りに進んだ。


ただ一つ──

生汚い首領が裏門から、己だけ馬で駆け抜けてきた。


俺は兵たちを制止し、首領と対峙する。


「お前が首領か。投降するなら命は助けてやらんでもないぞ!」


首領は血走った目で叫んだ。


「命が助かったところで、どうせまた重税で飯も食えねぇんだろうが!」


「お前がどこから流れてきたのか知らんが、

 龍家ではそのような民に容赦のない税を課してはおらぬ!」


「へっ、信用できるかよ!

 そんな生活はもう懲り懲りなんだよ!

 奪われるから奪う! それの何が悪い!

 お前らと俺たちの何が違う!」


その瞬間、俺は悟った。


──今この時、この男と理解し合うことはできぬ。


だから、覚悟を決めた。


「であれば、もはや問答無用。

 せめてもの情けだ。この龍家の次男の手で送ってやろう。」


馬を蹴り、駆け寄る。

一合も交えることなく、俺の槍は真っすぐに首領の胸を貫いた。


「首領の首は打ち取った! もはや抵抗は無駄である!」


首領の首が地に落ちると、賊たちは一斉に武器を捨てて投降した。


用意させた縄で彼らを縛り上げ、

その日のうちに、軍で『戦える者』として取り込む者と、

農で『屯田に回す者』を選別し、連行した。


後処理の最中、龍紅が馬を寄せてきた。


「……よくやった、蒼賡。」


俺は胸の奥のすっきりしない感情を押し隠し、答えた。


「いえ、仁慧兄上の采配の妙の結果でございます。

「賊の首領など、手柄首に入りませぬ。」


そう言って戦後処理を終える。

その後も付近一帯に蔓延る賊を殲滅したのち、

俺たちは集落へ戻った。


紫音が静かに歩み寄ってくる。


「我が旦那よ、賊ごときに遅れはとっておらぬだろうな。」


俺は手ぶりで問題なかったことを伝える。


「今度は私も連れていけ」と言うので、

俺は思わず苦笑しながらたしなめた。


「それは流石に無理だ。」


紫音はすぐに笑い、肩をすくめる。


その声音は冗談めいていた。


そうして紫音は、俺の出陣の疲れを労ってくれた。


久しぶりに、夫婦水入らずの時間を過ごす。

戦の血の匂いと埃が、静かに洗い流されるようだった。

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