第4話 降臨、そしてスキルの検証へ
さて、寝る前に色々考えなきゃいけない。
一日が経って、ようやく頭も冷えてきた。
この世界は一体なんなんだ。
俺はどうしてこんなことになったんだろう。
明晰夢でも見ているのか?
もしそうなら、目が覚めたら元の世界に戻っているかもしれない。
……いや、もし転生だとしたら。
前の俺は死んだってことになるよな。
別に前の世界に未練があったわけじゃない。
これといってやりたいこともなかった。
「将来はこの仕事で食べていきたい」なんて夢もなくて、
なんとなく、それなりに働いて、それなりに生きていくんだろうな……
そんなぼんやりした人生観だった。
ただ、キャラクリの過労という死因は勘弁してほしい。
ああ……くそ。
せめて、この世界にいる理由が分かればいいのに。
独り、胸中に懊悩していると――
すまんな。説明が遅くなってしまって。
……ん? 空耳か?
空耳ではない。今、お主の頭に直接話しかけておる。
まあ、あの国の出身なら、このやり方の方が伝わりやすかろうと思ってな。
えっ……ってことは、神様?
うむ、そう呼ばれてもおかしくはない。
厳密には“高位存在”とか“観測者”とか、そういう類いのものじゃがな。
世界の管理者、と言った方が分かりやすいかもしれん。
まず、結論から述べよう。
――ここは異世界である。夢ではない。
だが、お主は死んだわけでもない。
この世界は、お主がキャラクリをした
歴史シミュレーションゲームの“正史”じゃ。
正史では綱紀乱れ、民は塗炭の苦しみにあえぎ、
世は混沌と腐敗に飲み込まれていった。
英雄は現れず、標を掲げる者もおらず……やがて滅びを迎えた。
あのゲームは、この世界を“演義”のように脚色して
お主の世界へ伝わるよう、儂が画策したものじゃ。
儂が管理する世界はどれも愛おしい。
この世界もまた、救いたいと思っておった。
だから、この世界を救える見込みのある者を
転生させようと考えたのじゃ。
この世界に愛着が持てそうなものを探していたが……
自分のキャラクターを作るだけに留まらず、
最大限の時間と金と熱量を注ぎ込んで強化し、
さらに一族までも作り上げたお主が――
選ばれたのか……俺は。
うむ、抽選の結果、お主が選ばれた。
抽選かよ!
うむ。儂が高位存在といえども、
お主のような存在をこの世界へ転生させるのは、
そう、妄りにできることではない。
“選ぶ”というよりは、
最も確率が高い者を“引き寄せた”と言うべきかもしれん。
十分、光栄に思ってよいぞ。
……つまり、俺は過去の異世界に転生していたということか。
それで、死んでないってのは?
うむ。勝手に連れてきて、死んだら終了――
そんな理不尽、儂とて好まぬ。
ゆえに、お主がもし志半ばで命尽きた場合、
元の世界へ戻るようにしてある。
ただし、それは“失敗”じゃ。
お主はこの世界のことも、ゲームのことも、
すべて忘れて元の生活に戻る。
だからこそ、お主には出来るだけこの世界を統一し、
良き方向へ導いてほしい。
もし――お主が見事にこの世界を導き、
滅びの歴史を覆すことができたならば。
その時は、お主に褒美を与えよう。
この世界で更なる生を求めるもよし。
何不自由ない財を手に、元の世界へ戻るもよし。
“何でも”とは言わぬが……
叶えられる限りで、願いを叶えてやろう。
それは……魅力的、なんだろうな。
今のところ、すぐに欲しい願いが思いつくわけじゃないけど……まあ、考えておくよ。
でも、この世界って大陸だろ?
正直、広すぎて俺一代じゃ無理じゃないか?
それは……ふむ、そうじゃな。
お主が天命を迎えた時点で、歴史の流れが滅びを回避できているかどうかは儂に分かる。
その状態になっていれば“達成”としよう。
なるほど……それなら、まあ……なんとか……?
いや、それでもかなり苦しいだろ。
この大陸がどれくらい広いか分からんけど、最低でも三分の二、できれば四分の三は治めてないと厳しい。
しかも俺が死んだあとも続くんだろ?
子孫が暗愚だったら終わりじゃないか。
つまり、英才教育も必要ってことかよ。
もちろん、世界を救うのじゃからな。楽な道ではない。
だが――お主に得るものはあっても、失うものはない。
気楽にやるがよい。
……ん? ちょっと待て。
この世界って、歴史シミュレーションゲームの中じゃなくて“現実世界”なんだよな?
じゃあ、俺が作った設定とか……どうなってるんだ?
お主が作った一族は、お主が決めた設定のまま、この世界に顕現させておる。
本来は存在しない彼らがどうなるかは……お主次第じゃがな……
と、神は俺に聞こえないように小さくつぶやいた。
なるほど。この世界が現実なら……
スキルとか能力とか、好感度とか経験値とか、そういうのは無いのか?
いや、それもあるぞ。
この世界は、お主たちの元いた世界とは違う“理の世界”じゃからな。
ただ、その概念をこの世界に住む多くの人間は理解できておらん。
なんとなく「上達した」「冴えてきた」と感じておるだけじゃ。
お主は最初から“スキル”という概念を知っておる。
ゆえに他の者より感じ方が鋭く、意識して鍛えやすい。
お主の世界でも、自転車は最初は乗れんじゃろう?
練習すれば乗れるようになる。
あの感覚が、実際にはより数値化されたもの……といえば分かるかの。
なるほどな。
しかし“感じやすい”とか“鍛えやすい”とか……
些細な転生者特典だな。もうちょっと何か無いのか。
贅沢を言うでない。
微に入り細を穿つ者こそ、覇道を歩むことができるのじゃ。
そう言われて、とりあえず
試しに今日学んだことに意識を向けてみると―――
槍、矛術、弁舌、教養。
そのあたりのスキルが、なんとなく上がっているのが分かる。
なるほど……成長しているというのを、具体的に実感できる感じか。
わかったよ、神様。
とりあえず、やれるだけ頑張ってみる。
……あんまり期待すんなよ。
うむ。……おっと、忘れておった。お主にこれをやろう。
お? 転生特典か? と期待して手を伸ばす。……ん? 腕輪?
なんだこれ、西遊記の緊箍児みたいなデザインだな。
それを身につけた状態で、お主が設定したキャラクターを思い浮かべながら念じると、
そのキャラクターの“現在の設定”が見える。
なんだそりゃ!
いや、便利じゃと思うぞ?
お主、三百人の設定をこれから何十年も覚え続けられる自信はあるのか?
それは……ない。というか、すでに見たら思い出すかもってレベルだ。
ならば役に立つじゃろう。
そうだな……とりあえず、一応礼は言っておく。
ちなみに、見られる設定の詳細は“好感度”で決まるからな。
はぁっ? 俺が作ったキャラなのに?!
人の内側を覗くんじゃぞ。何かしら制限は必要じゃて。
……まあ、確かに。
創造主? って言っていいのか分からんが、
仲良くもない相手に心の中を覗かれたら気分悪いか……と、なんとなく納得する。
うむ。伝えるべきことも伝え、渡すべきものも渡した。
儂はそろそろ失礼しよう。
なあ、神様とはまた会えるのか?
あまり干渉するのは良くないからな。
そうじゃな……勝手に呼んだ詫びとして、
お主が“本当に困ったとき”に呼べば、相談くらいには乗ってやろう。
じゃが――言っておく。
決断するのはお主じゃからな。
……ああ、わかったよ。
相談に乗ってもらえるだけでも心強い。
それではの。
そう言って、神様はふっと消えた。
残されたのは、腕に嵌められた腕輪。
その重みだけが――夢ではないという実感を確かに伝えていた。
早朝、鍛錬場でさっそくスキルの検証を始めていた。
それは……石を投げる!
石投げと侮るなかれ。小学校低学年の頃、先生に怒られた通り、
石は痛い。そりゃもう普通に痛い。
しかも今回は“投げる”じゃなくて、麻布を使ってスリングのように“投擲”(とうてき)する。
ぶっちゃけ、距離がある敵なら複数で囲んで石を投げつけた方が強い。
主人公的ではないけど、合理的ではある。
そう思って何度か練習していると、だんだんコツを掴んできて、
狙った場所に当たる回数が増えてきた。
……これ、多分投擲スキルが上がったな。
さて、これからどうしていくか。
スキル――これは練習すると“壁を越える瞬間”があって、
身につく実感がある。優先度は一番高いだろう。
必要なものは意識して上げておくべきだ。
武具や防具、不思議系のアイテム――
そういや昨晩、神様に聞かなかったな。まあ、ありそうな気はする。
もしあるなら、人に取られる前に集めておきたい。
大事な局面では、そのアイテムの効果が勝敗を分ける……なんて普通にありそうだ。
一紙の隔たり、天泥の差ってやつだな。
好感度――これは正直よく分からん。
当面は普通に接するしかないだろう。
意識的に仲良くなるとか……ゲームだと気にしなかったけど、
現実となると腹黒くなったみたいで嫌だ。
まあ、そうせざるを得ない時も来るかもしれんが。
イベント――これが一番分からん。
正史ってことは、ゲームの世界じゃない。
「イベントだー」なんて軽く考えて全滅……なんて絶対避けたい。
ゲームだったら山賊討伐イベントも、
失敗したらナレーションで
“失敗した龍輝は這う這うの体で逃げ帰った”
で終わりなんだけど……
よし、スキルの検証は一旦終わったし……
次はアイテムの検証でもしてみるか。
経典の授業のとき、先生が何冊か持っていた本を頼み込んで
一冊もらってみた。ちなみに後で親父にバレてめっちゃ怒られた。
ふむ……? 心なしか教養が若干上がった気がするような……?
まあ、こう言っちゃなんだが大した書物じゃないだろうしな。
でも、これ持ち歩く必要あるのかな……?
ちょっと実験っと。
自分の所有物のまま、部屋の棚に置いてみる。
おお……!? 多分、上がったままな気がする!
よし、次の検証だ。
俺は本を持ったまま阿玲に話しかける。
……あ、そうだ。腕輪使ってみるか。
腕輪に念じて阿玲を見る。
阿玲:教養と商才に長けた魅力的な少女。琴が得意。家族のことが大好き。
ふむ……好感度は悪くないと思ったけど、今はこれくらいしか見れないのか。
「よう、阿玲。今日の調子はどうだ?」
「うん? 別にいつもと変わらないよ?
二兄は何やってるの? さっき阿父に怒られてたでしょう?」
「いやー、二兄はな……この世界を救うために頑張っているんだよ……」
「変な二兄。いつものことだけどね、ふふ」
よし、今だ。
「ところで阿玲、これを受け取ってくれないか? 阿玲にあげるよ」
「うん? ありがとう? 経典の書物?」
――その瞬間。
おお……? なんか少し減った気がする。
なるほど、自分の所有物である必要があるのか……また一つ検証が終わったな。
「ごめん、やっぱり返して!」
そう言って本を取り戻す。
すると――
「二兄、いつまでいるの? 用がないなら鍛錬に戻れば?」
……あれ?
本を返してもらっただけなのに、反応が急に冷たくなったぞ……?
ひょっとして、これ……好感度下がった?!
腕輪をもう一度使う。
阿玲:少女
まずい……! 本当に下がってるじゃねーか!
没収扱いになるのか?!
この後、少し嫌そうな顔をする阿玲に必死に話しかけて、
ご機嫌を取った。最後に「今度、琴の練習に付き合う」と約束して、
ようやく好感度が戻った。
手応えとしては、最終的にはちょっとプラスになった気がするが……つ、疲れた。
迂闊なことはできないな……
これ、ある意味現実……というより元の世界より
人間関係が物質主義でドライなような……
滅んだ原因の一つ、こんなところにもあるんじゃないですかねぇ……神様。
俺はそう思って天を仰いだ。
その後は、武芸の鍛錬として馬に乗ってみる。
阿刀の記憶を除けば、生前も含めて人生初の乗馬だ。
うおおおお……! こ、これは楽しい。
豪族の子息のたしなみとはいえ、自宅で馬に乗れるなんてなぁ……
さて、ここから――せいっ!
馬上から木槍を振るってみるが、いまいちしっくりこない。
力が入らないというか、地上より明らかに扱いづらい。
……多分、馬術スキルのレベルによって減算とかあるんだろうな。
まあ、元の世界でもそうなんだと思う。慣れてない馬上じゃ、腰に力も入らないだろう。
本当は軽く推兄――龍紅と手合わせして、剣術も上げたいところだったが、
今日は親父と屋敷の重鎮たちで大事な話があるらしく、
龍紅はそちらに呼ばれていた。
その後は宴会になるらしく、夕食には父も兄もいない。
せっかくなので、阿玲も一緒にどうかと阿母に頼んでみた。
阿母は少し驚いた顔をした。
どうやら女性が人前で食事をするのは、あまり一般的ではないらしい。
それでも俺が頼むと、「まあ、よいでしょう」と許してくれた。
ふむ……時代の文化や情緒は好きだが、
現代人の感覚からすると、少し閉鎖的すぎる気もする。
伝統は大事だが、多少は価値観の変化に一石を投じていいのかもしれない。
そして食事。
阿玲も最初は戸惑っていたが、俺が話しかけるとだんだん表情が和らぎ、
今日あったことを楽しそうに話してくれた。
そんな感じで、いくつかの検証をこなし、
俺の濃密な異世界生活二日目は終わった。




