第3話 鍛錬、そしてはじめての夜へ
龍紅と手合わせすることになった。
いやまあ、兄貴相手だし、こっちも手加減しないとなー……なんて思ってたんだけど。
開始三秒で俺は地面に転がっていた。
「……え?」
木槍は弾かれ、視界はぐるんと回り、気づいたら空が見えていた。
龍紅は心配そうに覗き込んでくる。
「阿刀、大丈夫か?」
ああ、優しい。優しくて強い。
流石、俺が“頼りになる兄”として設定しただけある……!
いや、でもここまで実力差が出るものなんだろうか?
ゲームだと最初から設定した能力値でスタートだったけど、
現実世界だと年齢とか身体の成長で上昇下降があるのかもしれない。
……まあ、そりゃそうか。
生まれて0歳の赤ん坊が武芸MAXだったらホラーだもんな。
そんなことを考えながら、龍紅との手合わせは続く。
兄貴の動きは速い。
でも、見ているうちに少しずつ“型”が分かってくる。
穿:全身のバネを穂先に集中させ、装甲(鎧)の隙間を正確に貫く一撃。
格:槍の長柄を滑らせるように使い、敵の矛先の軌道を受け流す。
掃:遠心力を乗せた柄の打撃力で叩き伏せる。
兄貴に倒されながら、頭の中で型が勝手に整理されていく。
身体が、見た動きをそのまま学習していくみたいだ。
あー、ゲームだと自分より格上だと経験値ボーナスがあったな……
なんか今、まさにそれが起きてる気がする。
どんどん自分の動きが洗練されていくのが分かる。
「これは……楽しい!!!」
気づけば声に出ていた。
龍紅は驚いたように目を丸くし、それから笑った。
「阿刀、飲み込みが早いな。いいぞ」
褒められると、なんか胸が熱くなる。
ほんとうに理想の兄貴だ。
ひとしきり汗をかいた頃には、日が沈みかけていた。
「そろそろ終わろうか、阿刀。
以前も悪くなかったが、今日は本当に見違えるようだったぞ。
これなら私が不在の時も安心して家を任せられるな」
「はい、推兄! ありがとうございました!」
褒められると、嬉しさで心がむず痒くなる。
兄貴の背中を追いかけたい――と思ってしまう。
さて、そろそろ晩飯の時間だけど……
その前に、拭浴して服を着替えないと。
置いてある粉っぽいのが石鹸の代わりかな?
本当は汗かいたし風呂入りたいけど……
この時代、毎日お湯にどっぷり漬かるって文化はないんだよなぁ。
一応、沐浴もあるらしいけど……
阿刀の記憶じゃ一週間に一度あるかないかくらい。
あー、親父の設定に“時代に珍しく風呂好き”とか入れときゃよかったか?
そしたらもうちょっと頻度多かったかもしれない。
とはいえ燃料ってだけで高級品だもんな。
裕福な豪族って設定にしといてまだ救いがあったほうか……
実際に現実として体験すると楽しいこともあるけど、
やはり、現代人の俺にはちょっと厳しい部分もある。
これは……知識チートというほどでもないが、なんとか改善したいところだ。
夕食は家族でとる。
とはいえ、全員揃うわけじゃないらしい。
そういえば朝もいなかったな、阿玲。
そんなことを考えていると、親父に声をかけられた。
「阿刀よ。今日は経典の授業がずいぶんとよかったらしいな。
先生が褒めていたぞ。俺も鼻が高い。」
「今日は武芸もよく動けていました。
油断すると追い抜かれてしまいそうです。」
「ほう、阿推がそこまで言うとはな。
良い事だ。――一族の繁栄に貢献できるよう、これからも精進せよ。」
「はい、阿父!」
褒められてうれしい気持ちはあるが……授業の内容は全部筒抜けか。
こりゃ迂闊なことできんな。
しかし、当初の予定通りアイテムや能力アップも狙っていかないといけないし……。
本当、どうやって動こうかな。
昼間は授業と鍛錬で埋まってるし、夜は明かりがないから暗いだろうし。
となると……やっぱり早朝しかなさそうだよな。
そんなことを考えながら夕食を終え、外に出てみると――
日が落ちた後の世界は、本当に真っ暗だった。
「……うわ、これソロキャンプで行った山の中みたいだな」
空を見上げれば、星の海と月の光だけが照らす暗黒の世界。
風の音がやけに大きく聞こえる気がする。
それなのに、静けさが耳を刺すようだ。
この世界の“夜”は、思っていたよりずっと深い。
人工物の光が消えるだけで、こんなにも世界は広く、冷たくなるのか――
そんなことが脳裏をよぎる。
外壁の方に目を向けると、松明が灯されていた。
見張りや門番もいるようだけど……
心なしか、いつもより人数が多い気がする。
眺めていると、後ろから龍紅が声をかけてきた。
「心配か? 最近は都の治安も悪いと聞く。この辺りも野盗が増えたからな。
不寝番を増やして見張っている」
龍紅は松明の光を見ながら、落ち着いた声で続けた。
「何、大丈夫だ。この屋敷だけで千人以上は繰り出せる。
阿父や私もいる。怯えることはない。
今日はもう暗い。安心して寝なさい」
「……はい、推兄」
そっか、不安そうな顔してたのか、俺。
夜の暗闇と、いつもより多い門番の数に、心の奥で怖気づいていたのかもしれない。
それを悟って、さりげなく声をかけてくれる龍紅。
流石、自慢の兄貴だ。
しかし、野盗か。
そりゃいるよな、山賊や盗賊。
ゲームじゃ経験とお金が手に入るボーナスイベントくらいにしか考えてなかったが……
現実の野盗は、普通に命を奪ってくる存在だ。
設定で不死身にしてるわけでもなし。
いや、そもそもそんな設定、できるわけないんだけどさ。
流石に今の俺で無双ってわけにもいかないよな。
龍紅みたいなのが二人いるだけで、負け確だ。
もうちょっと、その辺、上手いこと設定してればよかったのかもしれないなぁ……。




