第32話 粛清、そして天下の大計へ
「今日は、龍家が進むべき天下の大計を、仁慧、蒼賡、貴様たちに伝えておく。
まずは近隣一帯の賊どもを掃討・鎮撫し、地盤の安寧を図る。
抗う者は断つが、軍門に降る者は配下として飲み込み、力とする。」
龍紅は深く首を垂れて応じていた。
俺は息を詰めて聞き入った後、親父に進み出て願い出る。
「父上……賊の中には、元は農民にて食に窮し、身を落とした流民もおりましょう。
武芸なき彼らに、何とか食を与え、命を繋ぐ道はございませぬか。」
親父は鼻で笑い、首を振った。
「甘いな……まあよかろう。全てとは参らぬが、屯田に就かせる道はある。
支配下にある各領地より当面の糧食を徴収し、村を興して住まわせるとしよう。」
「父上! 有難うございます!」
俺は拱手し、深く感謝の意を伝えた。
「賊の掃討が成れば、次は版図を拡大する。
四方に蔓延る有象無象の豪族を支配下に置き、
要職はすべて我が一族で固める。
降伏すれば重臣として遇すが、否と言わば──力ずくで奪い取る。」
親父の声は揺るぎなく、龍紅は静かに頷いた。
「そして次なる狙いは、瑛南の国令……太守の座だ。
奪い取り、太守に仁慧を据える。」
俺は思わず口を挟んだ。
「父上、左様な暴挙、都より『反乱』の汚名を着せられませぬか。」
親父は不敵に笑った。
「案ずるな。正統を取り戻すに過ぎん。
元よりあの城の太守は、我が一族なのだ。
今やこの地に、我らを超える勢力は存在しない。
都との気脈も、蒼賡と華珠殿が結ばれたことで決定的なものとなった。
龍家以上に都と通じる者はおらぬ。
我らに口出しなどできぬ。」
……俺と紫音の結婚が、今回の計画に一役買っているのか。
親父は瞳を細め、さらに続けた。
「城に攻め入れば、太守は都へ援軍を乞うだろう。だが動かぬ……いや、動けぬ。
となれば、どうなると思う?
太守どもが『反逆を企てた』ことになるのだ。
我らはそれをいち早く察知し、叛徒を討って皇帝に奏上の使者を送る。
それで終いだ。」
「父上、それは……濡れ衣ではありませぬか。」
俺の声は自然と強くなっていた。
親父は鼻で笑い、鋭い眼光を向けてくる。
「濡れ衣だと? 実際に叛いておらずとも、民を捨て、
租税を貪り、統治の責を放り出した時点で、奴らは天に背いているも同然よ。
今の太守どもが放置した流民を見てみよ。」
言葉は冷徹だが、そこには揺るぎない確信があった。
「蒼賡よ。お主はこたびの大計に不満があるようだが──
仙人に会いに行った時の金は誰が出したと思っている。
お前がただの農民であったなら、一生かけても払えぬ額だ。
享受しておきながら理想だけ語るな。」
胸の奥がざわつく。だが親父は続けた。
「良いか? 富とは、持つべき者が持つのだ。
理想を語るなら力がいる。」
「儂は仁章を好んでいる。
だが仁章の言う通りにするのではない。
“力と仁章をどう折り合いをつけて使うか”を考えているのだ。」
親父の瞳が鋭く光る。
「旅の途中で見たであろう、我らの権威にひれ伏す者たちを。
あれが力だ。
停滞すれば、今度は我らが誰かにひれ伏すことになる。」
そして、静かに言い切った。
「だから勢力を拡大せねばならん。」
龍健の言葉が静かに落ちたところで、龍紅が後に続いた。
「蒼賡よ、龍家の名は重い。
我らは血縁を守り、一族を守る義務がある。
それは個よりも優先される。」
兄の声音は厳しいが、どこか温かさもあった。
「お前ももう嫁を持ったのだ。
いつまでも甘い考えでは困る。共に龍家を盛り立てるのだから。」
兄の言葉が胸に刺さる。
俺は親父の大計を聞きながら、静かに考えていた。
──もし、このまま親父が天下を統一したら、この世界は救われるのだろうか。
親父の政治は、他の豪族よりは確かに仁がある。
だが、それでも根本は今の時代の考え方と大きくは変わらない。
都の主が親父に代わるだけで、
外に住む者たちを抑えきれぬ未来が、容易に想像できた。
仮に抑えきれたとしても、
経済が立ち行かなくなるほどに鎮圧を繰り返し、
やがて国は、緩やかに滅びへ向かっていくのではないか──。
そんな予感が胸の奥で、静かに形を成し始めていた。
「今はまだ、何が正しいのか……分からない。
ただ、親父の計画通りに動くしかない。」
蘇瑛十五年──
歴史の中で、龍家の覇道が大きくうねりを上げようとしていた。




