外伝・第2話 日常、そして龍紅と婚姻へ
「仁慧兄上、揚嫂上は……ここから南の出身でしたでしょうか?」
ふと気になって、龍紅の婚姻相手として設定した揚迪の出自を確認した。
列伝には“地方勢力の娘”とだけ書いたが、具体的な地名までは決めていない。
三百人も設定していれば、一人ひとりの出身地まで細かく書いていられないのは当然だ。
だが──書いていないはずなのに、
何となく自分の中にあったイメージが、いつの間にか滲み出ている気がする。
「あぁ、そうだが……言っていなかったか?」
「いえ、多分聞いたと思うのですが……すみません、自分の事で精いっぱいだったので」
「しょうがない奴だ」
そう言って龍紅が笑った。
俺は、揚迪とどのような挨拶を交わしたのか聞いてみた。
「そうだな……揚迪を屋敷に迎え、身なりを整えさせ、
屋敷の案内をする前に部屋で小休止をした時のことになるが──」
『南方に育ちましたゆえ、こちらの作法に疎く、
お見苦しい振る舞いもあるかと存じます。
早々に習得いたしますゆえ、どうかお見捨てなきようお願い申し上げます。
……紅様のお姿を拝見いたしますに、
龍虎の威を放つ真の英雄。
このような傑物にお仕えできますこと、身に余る幸せにございます』
『貴女のような賢淑なるお方に、そのように仰っていただけるとは、
武門に生きる身としてこの上ない誉にございます。
しかし、私は一介の凡庸な将にすぎませぬ。
貴女の目に英雄と映ったのであれば、
それは先祖代々から受け継いだ、この身に流れる龍家の血が
そのように見せているのでしょう』
『御謙遜を……されど、謙譲の徳にこそ、妾は真の大器を感じます。
……申し訳ございません。
妻の身で夫君を評するなどと、過ぎたる振る舞いでございました。
平にご容赦くださいますよう、伏してお詫び申し上げます』
『ははは!
高名な相法師の言より、賢き貴女の慧眼に適うことこそ、
龍仁慧、無上の喜び。
貴女の眼に違わぬ男となれるよう精進いたしましょう。
なにとぞ、我が妻として、この龍紅と苦楽を共にし、
『末長く龍家の門を支えてくだされ』
「……とまぁ、このような挨拶だったな」
「仁慧兄上と揚嫂上らしいですね」
俺はつい、自分が設定した婚姻について聞いてしまった。
「仁慧兄は……揚嫂上との婚姻は幸せでしょうか?」
「そうだな。幸せだ」
龍紅の返答には一切の迷いがなかった。
「私も迪も、互いに親が決めた婚姻だが、お互いの身を案じ、
共に暮らす家族となれている。一族の名、己の信念、妻に子と……
守るものが増えていくことは重荷でもあるが、それが自分を支える力にもなる。
何かを守りたいという気持ちは──蒼賡、お前なら分かるだろう?」
「そう……ですね」
「私も夫君と婚姻できて幸せですよ」
背後から揚迪の声がした。
「揚嫂上……いつの間においでになられたのですか」
「ふふふ、小叔が気を抜きすぎなのではありませんか?
龍家の双龍が何を話しているのかと思ったら」
「ただ、兄弟で閑談していただけですよ」
「あら、そうですか。……夫君、大主君がお呼びのようです」
「わかった、参ろう」
龍紅は揚迪と仲睦まじく並んで歩き出す。
『設定』が、二人の『縁』に変わっていた。
俺はその後ろ姿が、視界から消えるまで
ただ、なんとなく見つめていた。




