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第30話 帰還、そして婚姻の宴へ

俺は龍家の屋敷へ戻ると、

まずは父母へ無事の帰還だけを簡潔に告げ、

そのまま紫音と共に客間へ下がった。


身なりを整え、湯を飲み、ようやく腰を下ろす。


「……少しは息がつけたか?」


紫音は静かに頷いた。


「あぁ、大丈夫だ。ありがとう。

ここが蒼賡様の生家か」


彼女は部屋を見回しながら、ゆっくりと言葉を続ける。


「都と違い、華やかな装飾も広大な庭園もない。

宮殿のように美しい瓦や彫刻が並ぶわけでもなく、

木材と土壁でできた質素な造り……華やかさはないだろう?」


俺は苦笑しながら答えた。


「何を言うか。十分に立派だ。

外壁と櫓に囲まれ、広い蔵に武器庫もある。

質実剛健で、まともに頼もしいではないか。

むしろ私は、都の豪華絢爛な造りより、

こちらの趣の方が心地よいくらいだ」


紫音はその言葉に、ふっと柔らかく目を細めた。


「……それで紫音、その話し方なんだが……」


「勿論、父母君の前では弁えている。

これでも都育ちだ、案ずるような真似はせん。

だが──蒼賡様の前では構わんのだろう?」


「あぁ、俺もその方が気が楽だ。

紫音の好きにしてくれれば良い」


「それでこそ、我が旦那様だ」


二人で小さく笑い合った。

しばし穏やかな歓談を交わしたのち、

俺たちは正式に両親へ挨拶に向かうことにした。


「父上、母上。

都より華氏の姫君を奉じ、ただいま帰還いたしました。

御目通りのほど、よろしくお願い申し上げます」


そう告げると、紫音はそっと俺の手を離した。


父が低い声でゆっくりと口を開く。


「うむ……大過なく戻ったか。

名門・華氏との縁は一族の繁栄を左右する大事。まずは大義であった。

……ふむ、都育ちと聞き、手弱女かと案じておったが、実に健やかで凛々しい佇まいよ。

物怖じせぬ胆力、我が龍家にこれ以上ない良き嫁を迎えることができた」


そして、俺と紫音が手を握っていたのを見ていたのだろう。


「すでにこれほどまで姫君と仲を深めておるとはな。

都の才女をこれほど早く懐かせるとは……蒼賡も隅に置けぬ」


次に、母が柔らかな声で紫音へと向き直る。


「よくぞ、この龍家へお越しくださいました。

まずは長旅の疲れを癒やされませ。すぐに温かな飲み物と菓子を用意させましょう。

今日からは我らは同じ血を通わせる一族。末永くよろしくお願いいたします」


紫音は深く一礼し、静かに名乗った。


「華氏が娘、珠と申します。

此度、名門たる龍家の門戸に加えていただき、光栄の至りにございます。

一日も早くこの地の風習を身につけ、我が身は些細なれど、一族の繁栄を支える礎となれるよう……尽くしてまいる所存にございます」


紫音の挨拶が終わったのち、俺は彼女を連れて屋敷や周囲を案内した。


流石は紫音らしいというべきか──

鍛錬場を覗いた瞬間、目を輝かせて言った。


「今度、また手合わせを頼む。

できれば龍紅殿にも一手願いたいものだ」


紫音らしさに思わず笑みがこぼれる。


案内を終えると、歓迎の宴が始まった。


奥座敷には家族が集い、

大広間には龍家の重鎮たちが並び、

庭や広場では兵たちが焚き火を囲み、酒を回し飲みしている。


父が立ち上がり、朗々と声を響かせた。


「皆の衆、聞け!

今日は我が次男・輝が、都より遥々

華氏の姫君を迎え入れた、この上なき慶事の日である。

今宵は無礼講だ。龍家の威勢を示すべく、盛大なる宴で盛り上がろうぞ!」


龍紅が俺の肩を叩く。


「蒼賡、珠殿。よくぞ無事に戻った。

これからは家族として、共に我が龍家の行く末を支えてくれ。

頼りにしている!」


続けて揚迪が紫音の手を優しく握る。


「珠様、よくぞお越しくださいました。

見知らぬ土地での暮らし、不安も多かろうと存じます。

一人で抱え込まず、わからないことがあれば、

いつでもこの私に聞いてくださいね」


「……はい。仁慧様、揚迪様。

温かきお言葉、痛み入ります。

都より参りました身なれど、今日からはこの地の土となる覚悟でございます。

龍家の輝かしき御威光を汚さぬよう身を律し、

一族の名に恥じぬ振る舞いを心がける所存です。


至らぬ身ではございますが、輝様を陰日向より支え、

微力ながらも我が龍家の繁栄のために、この命を尽くして参りたく存じます。

何卒、末永くお導きくださいませ」


紫音の見事な口上に、思わず息を飲む。

龍紅と揚迪が自席へ戻ったあと、

紫音が俺にだけ聞こえるよう、そっと囁いた。


「……案ずるような真似はせんと言ったであろう?

これでも恆祥で育った官吏の娘だ。

この程度の挨拶なら、慣れたものだ」


紫音は小さく笑みを浮かべると、杯を置いた。


やがて宴は終わり、客人たちも三々五々に席を立ち、

屋敷には静けさが戻り始めた。


賑わいの余韻が遠ざかる中、

ようやく──俺と紫音、二人だけの時間が訪れる。

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