第28話 親迎、そして二人の婚姻へ
この世界の婚姻は、手続きと言っていいほど段取りが多い。
まずは勢力の距離が近い龍玉の婚姻から進められることになった。
流れとしては──こんな感じだ。
納采。
仲人が従者を引き連れ、
新郎側の親の伝言と贈り物を持って新婦家へやってくる。
その際に“問吉”といって、
新郎と新婦の生年月日で占いをする。
占い師が吉と出せば、滞りなく進む。
……まあ、この占いは儀式的なもので、
お金を受け取った占い師が派手に演技するのだが。
「素晴らしい!この婚姻はまさしく両家の繁栄が約束されたものですぞ!」
──だいたい、こんな調子だ。
一旦、占い師の結果を仲人が持ち帰り、
次が納請。
金銀、絹織物、酒、家畜など、
家の格に見合った大量の結納品が届けられ、
式の日取りが正式に伝えられる。
結納品は……現代で例えるなら、
金鯱の城がある地方のトラックで運ぶ、あの婚礼文化のようなものだ。
とにかく派手で、見栄を張る。
「流石、亘江一帯を取りまとめている、潭家だ!」
──周囲にそう思わせる必要がある。
そして──やっと親迎。
新郎本人が自ら騎馬隊や豪華な馬車、松明、楽団を伴い、
まるでパレードのように迎えに来る。
そう──今日は、新郎が龍玉を迎えに来る日だった。
新郎・潭沢が龍玉に初めて顔を合わせる。
深く礼をする潭沢に、龍玉は形式通りの拝礼を返した。
扇で顔を隠しながら、
「こたびの婚姻、謹んでお受けいたします」
と静かに告げる。
続いて、親父と母上のもとへゆっくりと歩み、別れの挨拶をする。
親父は厳しく、
「夫に従い、家の名誉を汚さぬように」
母上は穏やかに、
「潭家の繁栄に尽力しなさい。学んだことを生かすのですよ」
龍玉は深く頭を垂れ、抑揚を抑えて
「お父様、お母様の教えを片時も忘れず、あちらの家で尽くします」
と答えた。
これで儀式は終わりだ。
あとは新郎についていくだけで、龍玉がこの地を踏むことはもうない。
時代が時代だ。
──これでもう二度と龍玉に会えないのかもしれない。
そう考えた瞬間、俺はこの世界の常識など吹き飛んだ。
気づけば、潭沢と龍玉の前へ走り出していた。
親父と母上が制止する声が聞こえた。
だが、俺は止まれなかった。
潭沢の手を固く握りしめ、声を震わせながら叫ぶ。
「潭沢殿……!
妹を、静零を……どうか、どうか宜しくお願いします!」
潭沢は一瞬驚いたように目を見開き──
すぐに、静かで温かな微笑みを浮かべた。
「義兄殿……。
潭沢、たとえこの身を賭してでも、彼女に降りかかる如何なる艱難からも、
必ずや守り抜くと天に誓いましょう」
龍玉は慌てて扇を寄せ、声が奮えるのを我慢して言葉にする。
「柔温様……兄が無作法を致しまして申し訳ございませぬ。
妹離れのできぬ兄で、私も困り果てております」
そして、目は赤いままに口元だけ綻ばせて俺を見つめた。
「なれど……蒼賡兄上。
お心、深く胸に刻みました。心より感謝申し上げます。
兄上もどうか御身を大切になさり、健やかにお過ごしください。
龍家の武運長久を、異郷の空より祈り続けております」
最後になるかもしれない兄妹の挨拶を交わした後
龍玉は押し寄せる不安を振り払うかのように、
傍らの侍従の手を固く握り締め、静かに輿へと歩みを進めた。
──龍玉が振り返ることはなかったが
俺は姿が見えなくなるまで、見送っていた……
そして、その後は感傷に浸る間もなく、
俺と華珠との婚姻が進められることになった。
華珠は恆祥の都に住んでいるため、段取りにも時間がかかる。
まず、納采・問吉・納請はまとめて執り行われる。
龍家から仲人の使者に護衛をつけ、大量の財貨を結納として納めるのだ。
それが済むと、今度は向こうが新婦を“中間の宿場”まで送り出す。
今回は、俺が仙人と会うために向かった道ではなく、
迂回した安全な街道を通るため、どうしても日数がかかる。
およその日程が決まったところで、
俺が精鋭を率いて、新婦が待つ宿場まで迎えに行く。
そこで初めて対面を済ませ、
華珠を龍家へ案内する──という段取りだ。
なお……迎えに行く様相は、
俺が仙人に会いに行ったときなど比べ物にならないほどだった。
三百の騎馬隊は、一族の家紋を刻んだ甲冑を身にまとい、
高々と龍家の旗を掲げて進む。
俺は高級な生地に精緻な刺繍が施された長袍をまとい、
腰には宝石を散りばめた剣を帯びた。
新婦のためには、道中で休むための豪華な天幕を運ばせ、
「家」ではなく“華珠本人”への贈り物を山ほど積む。
さらに、新婦の従者たちへの労いとして酒と肉の山。
──地方豪族と侮ることなかれ。
龍家の威容、ここにあり。
俺は心の中で
「誰にアピールしてんだか……」
と思わなくもないが、
変にケチって噂が立てば、それこそ侵略者が増える。
衰えていないことを内外に示す必要があるのだろう。
陣容は意気揚々。
だが俺は、意気銷沈──いや、意気銷容と言った体のまま、
自分が設定した婚姻相手・華珠との対面へ向かうのであった。




