第26話 成人、そして二人の婚約へ
そして、とうとう成人の儀を迎えた。
準備と言えば……俺の恰好だが、衣装は最低限の白衣のみ。
これは“一度、生まれ変わる”という意味を持つ。
儀礼の間には、ご先祖たちの名が刻まれた牌がずらりと並び、
長廊下の奥には祭壇が据えられている。
蠟燭の火が静かに揺れ、その光が牌の文字を照らしていた。
要するに──
ご先祖の魂の前で誓いを立てるわけだ。
しかし、先祖か……
俺は確かに三百人は設定したが、ご先祖までは設定していない。
一体どうなっているんだろうか……と考えていたら、
突然、神が現れた。
「ふむ……気になるか。ならば教えてやろう」
「いや、なんで現れた?
俺は今、別に困ってないぞ?」
「うむ。まあお主の晴れ舞台じゃからな。
これはサービスじゃよ」
神は当然のように言う。
「そうじゃな。お主の先祖じゃが──儂は作ってはおらん」
「……は?」
「本来の歴史では、初代皇帝の天下統一の戦の折、
龍家は存在したが実際は滅んでおる。
不運なことに、流れ矢で才気煥発な当主を失ってな」
神は軽く手を振る。
「それを今回は生かすように、矢の軌道だけを儂が調整した。
一滴の雫が、やがて大河の流れを分かつ。
お主にわかりやすく言えば──バタフライエフェクトしたわけじゃ」
「……」
「その結果、入口が変わった。
そして最終出力がお主の設定した三百人となるわけじゃ」
神は続ける。
「なので儂がしたことは、その“中間”を無理なくつながるように
少しだけ軌道修正しただけじゃ。
流石の儂といえど、全ての人間を無から有にするのは骨が折れる」
そして、結論を告げた。
「すなわち──
お主のご先祖は実在する」
なるほど……流石神様だな……
と思った反面、
“じゃあ最初から一番世界を救いそうな奴を生かせばいいんじゃないのか”
と考えてしまった。
「何度か試したが無理じゃった。
多少よくなったり、悪くなったりはあったがの……」
……考えていることを読まれたようだ。
神は肩をすくめる。
「まあ、そういうものじゃ。
歴史というのは、甘くはない」
そして説明を終えると、
神はふっと笑った。
──そうだ。
聞いておくべきことを一つ、忘れていた。
「神様。……世界を救うって、
俺自身が大陸を制覇しなくても有効なのか?」
神は片眉を上げる。
「ふむ? どういう意味じゃ」
「例えば……龍紅を陰で支えるとか。
俺が表に立たずとも、結果として世界が救われればいいのか?」
神は少しだけ考える素振りを見せ、
やがて軽く頷いた。
「そうじゃな。
お主が介入したことで、この世界が救われたのであれば──
それで良しとしよう」
その言葉を聞いた瞬間、
俺は胸をなでおろした。
「それで聞きたいことは終わりか?
ならば儂はもう行くぞ」
神はくるりと背を向け、
いつもの調子で言い放つ。
「さて──これからがお主の世界で言う
本当の“ゲームスタート”じゃな。期待しておるぞ」
そう言い残し、
まるで何もなかったかのように消えていった。
ご先祖様と、世界を救う条件の疑問が解けたところで──
胸の奥に残っていたざわつきが、ようやく静まった。
準備が整い、俺は深く息を吐いてから
儀式の間へと足を踏み入れた。
部屋には、親父の龍健。
阿母であり第一夫人の麋寧。
第二夫人の麋崔。
長兄の龍紅。
そして、儀はしていないが“嫁入り可能”と判断され
成人扱いになった龍玉。
あとは、脇に控える近衛が十名ほど。
第三夫人の呂衹がいないのは、
流民出身では本家の儀にお呼びではない、ということか……。
時代の価値観だから仕方ないのだろうな。
とはいえ、自分の子供の時は呼んでもらえるだろうが。
静かで、重くて、
どこか張りつめた空気が満ちていた。
現当主・龍健が、堂内に響く声で告げる。
「次男、阿刀──前へ進み出よ」
足音だけが響く中、俺は龍健の前で膝を突く。
「これより、汝の三身の礼を執り行う。
我が龍家は代々、この地を預かる名門。
今、先祖の御霊が見守る中、汝に問う。
男児として志を立て、乱世に身を投じるにあたり、
その胸中に秘めたる覚悟と心構えを、包み隠さず言上せよ」
龍健が吼える。
「一の身──守護の誓い!」
俺の左腕に、一族の家紋が刻まれた重厚な儀礼盾が固定される。
「この盾は、民の嘆きを遮り、家族の安寧を囲う壁なり。
汝、これを持つ時、一族の守護者となれ!」
俺は盾を地面に打ち鳴らし、
「一族の盾となり、不当なる侵入を許さぬ!」
と宣言する。
龍健が再び吼える。
「二の身──征伐の誓い!」
横に控えていた龍紅が、一族伝来の儀礼剣を手渡す。
「剣は力なり。されど、ただの暴力にあらず。
一族の正義を貫くための刃なり!」
俺は剣を抜き放ち、一閃。
「一族の敵を討ち、進むべき道を切り拓かん!」
と宣言する。
龍健が最後に吼える。
「三の身──魂の継承!」
龍紅とは逆側に控えていた麋寧が、羽飾りのついた儀礼兜を俺に被せる。
「この兜は、先祖代々の英霊の眼差しなり。
汝の頭に、一族の誇りを宿したまえ」
俺は兜を深く被り直し、
「我が身は我がものにあらず。一族の魂を宿す器なり!」
と宣言する。
龍健が俺の目をまっすぐに見据え、告げる。
「本日より汝を──龍輝、字を蒼賡と呼ぶ!
その名の通り、龍家の門戸を赫奕たらしめん。
兄・紅の陰となりて礎を盤石とせんことを願う!」
俺は深く頭を垂れ、誓う。
「此の龍輝、祖霊の御前に罷り越し、伏して誓い奉る。
一族の弥栄と宿願のため、この躯を擲ちて微衷を尽くさん!」
龍健、龍紅、麋寧が酒杯に血を一滴ずつ垂らし、
俺はそれを受け取り、一気に飲み干す。
続いて、祖霊に捧げる奉納の剣舞を行う。
これで儀式自体は終了だが──
儀式とは別に、龍家の恒例がある。
外に出ると、龍家の精鋭三百名が広場に整列していた。
俺は兵に向かって叫ぶ。
「これより我は──龍輝・蒼賡と名乗らん!
衆らよ! 龍家を盛り立て、大望を成さんがため、
等しく我に力を貸せ!
共に生死を共にせん!」
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そして、儀式が終わりその日は重鎮をまじえた宴会となった。
親父は機嫌良さそうにしていた。
俺の成人の儀で親が上機嫌というのが……
ちょっと嬉しいようでもあり恥ずかしくもあり、
くすぐったい気持ちになった。
龍紅が話しかけてくる。
「蒼賡、今日からは龍家の柱石として。
不肖な兄と共に歩み、家門を盤石としていこう。
頼むぞ、我が弟」
「有難うございます、仁慧兄。
若輩の身なれば至らぬ点も多々ありましょうが、
精魂を傾け龍家の重きを担う覚悟にございます。
これよりの働きをご覧ください」
次いで揚迪が続ける。
「お二人は龍家の双璧、家門を支える二本の柱石にございます。
これよりいかほどに栄えてゆくか、楽しみでなりませぬ」
俺は先程と同様に謝意を述べ、
意気込みを語った。
そして、楽しく語らって一時が過ぎた頃、
親父の一声で辺りは静寂を取り戻す。
「さて、皆の者、聞きおけ!
本日は我が龍家の重鎮も揃うておる。
この良き日に、一族の行く末について諮っておこう。
まずは蒼賡に室を迎える、次いで龍玉の縁付きの儀……
これらを進め、龍家の盤石なる礎を築く所存なり!」
俺に嫁を迎える話と龍玉の嫁ぎ先の話。
周りが喝采する中、
俺は何とも言えない気持ちで親父の
話の続きを待つのであった。




