第14話 断罪、そして湿地の先へ
翌朝──縛り上げた賊と対面した。
俺を見上げる賊は、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら必死に命乞いをしていた。
「何でもする! だから命だけは……!」
俺は無言のまま、どう処置すべきかを頭の中で何度も反芻する。
……どうしたものか。
無抵抗の人間を斬るのは、正直気が進まない。
やりたくなければ兵に「斬れ」と命じれば済む話だ。
だが、俺は好んで人を殺したいわけじゃない。
とはいえ──こいつらのやったことは到底許せるものではない。
俺たちが豪族の精鋭だったから返り討ちにできただけで、
もしも、少し裕福なだけの、戦う術もない家族だったら──
こいつらは、殺し、嬲り、蹂躙していたはずだ。
その光景を想像した瞬間、背筋の奥からぞわりと怒りが込み上げた。
もしそこに阿京や阿玲がいたとしたら……。
胸の奥が、ぐつぐつと煮え立つように熱くなる。
俺は、賊を見下ろす視線を逸らせなかった。
現代社会でも強盗は死刑、減刑されても無期だ。
重罪だ──そして、ここでこいつを逃がせば、また同じことを繰り返す。
……斬るか?
それが一番“正しい”気がしてきた。
だが、一応理由は聞いておくべきだろう。
「なぁ、お前。これから俺の質問に正直に答えろ」
自分でも驚くほど低く、冷たい声が出た。
「若造だと侮って舐めた口を聞いたり……
俺が“もういい”と思った瞬間に斬る」
阿刀の静かな怒気を感じ取ったのか、賊は喉を鳴らしながら頷く。
「まず一つ。お前は今まで何回、人を襲った? 正直に答えろ」
「は、初めてです……!」
「……あぁ?」
「本当なんです! 他の奴らは知りません!
でも俺は、本当に初めてなんです!」
言葉が転げ落ちるように続く。
「そもそも、こんな所に食料や財貨をたんまり持って通る豪族なんて、めったにいねぇんです!
俺は元々、この辺で農家をやってたんですが……
飢饉で家族を失い、食うに食えず……仕方なくだったんです!」
そこまで言うと、賊はふっと肩の力を抜き、覚悟を決めたように淡々と語り始めた。
「……元々は、ここから北の地で家族と暮らしておりました。
けど、戦乱に巻き込まれて逃げてきて……流れ流れて、この辺りに辿り着いたんです」
声は震えているのに、言葉は妙に落ち着いていた。
「半農半漁で、なんとか食いつないでました。
けど……こんな場所でさえ、役人は容赦しねぇ。
毎日の飯にも困ってる俺たちから、税を取り立てるんです」
賊は悔しさを噛みしめるように唇を噛む。
「地元の顔役は役人と結託して……俺たちが逃げられねぇように見張ってる。
逃げようとした奴は殴られて、金を巻き上げられて……
……妻と息子は、この地で亡くしました」
そこまで言うと、堰を切ったように涙が溢れた。
両手を縛られているせいで拭うこともできず、
涙と鼻水で顔を濡らしながら叫ぶ。
「生きるためだったんです!
生きたかっただけなんです……!」
その叫びを聞いた瞬間、胸の奥がずしりと重くなった。
……この世界は、弱者にここまで厳しいのか。
あぁ……しまったな。
現代人の俺には、もう“斬る”なんて選択はできない。
キャラクリしていた時は、
「当時の文化や情勢を追体験できる」なんて軽く考えていた。
自分の想像力のなさと浅はかさが、今になって胸に刺さる。
現代の倫理で言えば──
罪には罰を。
しかし、償う機会を与えよ。
……しょうがない。
「おい、貴様。名前は何という?」
「へ、へぇ……眉壮といいます。
生まれた時から見ての通り、立派な眉毛だったんで……
おやじが名付けたって聞いてやす」
「眉壮か。とりあえず“壮”と呼ぶ。
おい、壮。お前はこの辺の地理に詳しいか?」
「はっ、はい! この辺のことなら庭みたいなもんです!
散った賊の寝床や、集まりそうな場所も知ってます!」
壮は縋るように言葉を続ける。
「それに……賊の連中が強奪した品を運ぶために使ってる、秘密の土手道があります」
「何? 道があるのか?」
「へい。この先を少し迂回して渡ると、水面の下、数センチに石ころや木材を寄せ集めた道があります。
濁ってますし、足まではどっぷり浸かるので、何も知らない人間が見ればただの泥沼にしか見えません」
「お前は案内できるんだな?」
「勿論です! この辺で俺より詳しいやつは、そう何人もいません!」
俺は一度だけ深く息を吐いた。
「わかった。お前に案内役を申し付ける。
地理が分かるところまで導け。
その功によって、お前を斬ることはやめる。
働きぶりによっては……俺の領地で住む場所を与えてやる」
壮は一瞬固まり──
次の瞬間、泥に額を擦りつけるように跪拝した。
「ありがとうございます……!
これより、この壮……主と仰ぎ、忠君に励みます!」
声を震わせて誓う壮。
そして俺たちは、壮の案内によって“比較的まし”な道を選びながら、
北渡して最初の難関となる湿地帯を、どうにか抜け出した。
とはいえ、ましと言っても地獄は地獄だ。
足は泥に沈み、虫は容赦なく刺し、湿気は肺にまとわりつく。
兵たちの息遣いも荒く、誰もが疲労の色を隠せていない。
だが──
湿地帯を抜けた先にあったのは、
さっきまでとは“質の違う地獄”だった。




