表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/74

第13話 北渡、そしてはじめての野営へ

大型の楼船に乗り込む。

対岸までは数キロらしいが、川霧が濃くて向こう岸どころか、数メートル先の船首すら霞んでいる。


船上にいる時間は一時──おそらく二時間ほどだろう。


その間、俺は自分の“能力”と“スキル”について、頭の中で整理していた。


まず能力。いわゆる武芸や教養の値だ。


俺は設定で自分のパラメーターを上げられるだけ上げていた。

だが、これはあくまで“才能”、つまり基本性能だけの話。


才能を100に設定しても、0歳の時点では0から始まり、身体の成長とともに上がっていく。

二十代前半でピークを迎え、その後は緩やかに下がる。


そこに鍛錬で得た“努力値”が加わる。

基本性能100に努力100を積めば、単純に200になる。


さらに槍や矛など、武器ごとのスキル値も加算される。


とはいえ、ここは現実世界だ。

体調、状況、武器の相性……ゲーム的に言えば乱数もある。


だから合計値が高い者が必ず勝つとは限らない。


俺が龍紅から一本取れたのは、加齢による肉体の成長と、積み重ねた努力の合計が、

“何本に一本かは勝てる”という領域にようやく届いたということだろう。


思考がまとまったところで──俺は盛大に酔っていた。


お、おかしいな。設定では水練や操船も才能ありにしていたはずなんだが……

緊張と疲労もあったのかもしれないが……辛い。


酔わない、って項目も書くべきだったか?


とはいえ、船が沈むようなことはなく、俺たちは無事に対岸へ渡り切った。


霧の向こうから兵たちの声が聞こえる。

俺は深く息を吐き、思考をいったん胸の奥にしまった。


渡し場から少し離れた先──その景色は、今までの旅が“天国”だったと気付かせてくれた。


膝まで沈む湿地帯。

靴は泥に飲み込まれ、背丈を超える葦や荻が霧と混ざり合って、数メートル先すら視認できない。


湿地ではない場所は砂利と大岩が転がる河原で、足を取られるたびに体勢を崩す。

進む先には折り重なった流木が行く手を阻む。


「ぐっ……!」


さっきまで綺麗だった靴は、一瞬で泥の塊と化した。

葦の葉が頬をかすめ、冷たい雫が首筋を伝う。


霧の向こうには、もう乗ってきた船の影すら見えない。


兵たちの肩や腕を掴みながら、荒い息を吐きつつ、一歩ずつ前へ進む。


「二若君、大丈夫ですか? 初めての旅では想像もできていなかったでしょう」


「はぁっ……はっ……! な、何を……これくらい、この程度で!

 ぜんっぜん、もんだ……い……ない!」


「へへっ、それでこそ龍家の次男です!」


「ちなみに……聞かない方がいいかもしれんが……

 この湿地と荒野は……どれくらい……つづく?」


「そうですな……順調に進めば三から四日ほどで……」


四日──冗談だろ。

虫や蛇、蜘蛛が蠢く湿地を、四日。


俺の身体は早くも限界を迎えていた。


歩き続け、日が落ちてきた頃。

屯長から声がかかる。


「二若君、今夜はここで野営の準備を……」


指さしたのは、わずかに小高い赤土の微高地だった。


地面も薪も湿り切っていて、火を焚こうにも煙ばかりが目に沁みる。


そんな中、身体を休めていると出された食事は、火の通りが甘い干し魚だった。


俺はこの世界で何不自由なく過ごしていたが、

人の手が入っていない自然がどれほど過酷で、どれほど脅威なのかを──

たった一日で身に染みて理解した。


不寝番に見張りを任せ、虫に刺された体の痒みに耐えながら眠りにつく。


数刻ほど経った頃──不寝番が、不審な音に気付いた。


「敵襲だ……! 屯長を起こせ!」


それは山賊の襲撃だった。


船に乗っていた水夫の一人が山賊の下っ端で、

“南から裕福な豪族の若君が財貨を運んでくる”と知らせていたらしい。


「さぁ、根こそぎ奪ってしまえ!」


三百を超える賊が、数の優位を自信に変えて襲いかかる。


だが龍家の精鋭は落ち着いていた。


「放てっ!」


弩の一斉射撃が、最前列の賊を次々と沈めていく。


兵たちは俺を囲むように円陣を組み、賊の粗末な武器では鎧に傷すらつかない。


ただ、その中でも手練れの数名が雪崩れ込んできた。

そのうちの数人が、俺の目の前まで迫る。


「てめぇが大将だろ! 若君様よ! 大人しくしろ!」


俺は、一瞬の逡巡の後──


襲いかかってきた賊の一人を斬り伏せた。


初めて“人を斬った”感覚と鮮血に、こみ上げるものが喉までせり上がる。

吐きそうになる。


(……でも、こんな所で死ぬわけにはいかない)


相手の数を減らすと、少し冷静になった。

賊の動きは大したことはない。

力任せに直線的に斬りかかってくるだけで、狙いが容易に分かる。


また一人──斬った。


そうしている間に兵たちが賊を片付け、残った賊は逃げ散っていった。


屯長が深追いを止めさせる。


俺の目の前には、一名の賊が残っていた。


賊は武器を放り投げ、両手を挙げる。


「降参だ……! 命は助けてくれねぇか……!」


戻ってきた屯長に視線を向けると、


「ここで斬ってしまった方が楽ではあります」


と淡々と告げる。


「縄で縛っておけ。沙汰は明日決める」


そう言って天幕に戻ったが──


初めて人を斬った事実に、震えが止まらなかった。


震える身体を必死に押さえつけているうちに──

いつしか意識は、静かに闇へ沈んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ