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第11話 出立、そしてはじめての外泊へ

穆山へ向かう旅路――まずは行程を確認する。


総距離はおよそ四千五百から五千里(約二〇〇〇km超)。

大陸を横断し、穆山を目指す長い道のりだ。


一日の移動は三十〜四十kmほど。

だが休息、悪天候、予期せぬトラブルを考えると、

片道で二ヶ月半から三ヶ月はかかる見込みだった。


今回の遠征は百名規模の大所帯だ。


俺は専用の槍と弓を携え、腰には剣。

革鎧に良馬――豪族の次男として恥じぬ装備だ。

槍の穂先は鉄製で、剣は近接戦での護身用として帯びている。


龍紅兄上が俺のために、精鋭の熟練兵をつけてくれた。


部曲(私兵)五十名――弓、槍、盾、刀で武装した歴戦の兵たち。

後方支援として、馬借、炊事係、荷車を直す車大工、医療担当。

さらに、前方の地形や賊の気配を探る斥候の軽騎兵も数名。


携行品は、干し肉(脯)、塩、粟や麦などの穀物、酒。

天幕テントや煮炊き用の大鍋。

そして貨幣代わりとなる織物や装飾品。


都を円滑に通るため、事前に手配しておいた。

道中で縁のある勢力に頼るための紹介状。

そして、関所を越えるために、都にいる遠縁の者から取り寄せた通行許可証。

これらを携えている。


酒や織物、装飾品はアイテム化してある。


……そう、俺はこの一年で“アイテム化”の仕組みを検証していた。


結論としては――

その物の「格」が一定以上になるとアイテム化する。


前の世界のゲームで言うなら、要するに“レアリティ”だ。


例えば、市販の粗末な剣は格が一。

これはアイテム化しない。


だが磨き、鍛え直し、格が三ほどに上がるとアイテム化する。


アイテム化の利点は大きい。

破損しづらくなり、傷みの進行も遅くなる。


「じゃあ全部アイテム化すればいいじゃん」と思うかもしれないが、

日常の物――麦の一粒一粒まで格を上げるなんて現実的ではない。


だから、特別なものだけをアイテム化する。


この世界の住人はどうやら、

それを“なんとなく”でやっていて、

“なんとなく”そういうものだと理解しているらしい。


スキルや能力と同じで、理屈ではなく感覚で扱っているのだ。


俺だけが、前の世界の知識を使って

その仕組みを言語化したというわけだ。


そして、龍紅と阿玲が見守る中――

俺は人生で初めて、皆の前で檄を飛ばした。


「皆、よく聞いてくれ!

 我らは今から穆山へ向かう!

 ここから五千里も離れた果ての地だ。


目的は――仙人の神薬を、この手にすること!」


兵たちの視線が一斉に俺へ向く。


「道は険しく、足はちぎれんばかりに痛むだろう。

 飢えや渇きに苦しむ日もある。


だが――龍家を支えてくれる君たちとなら、

 必ず悲願を果たせると俺は信じている!


よろしく頼む!」


「おおおおおおおお!」


兵たちの声が地を震わせる。


本来ならここで「出発だ!」で終わるところだが、

俺は一歩前に出て続けた。


「もし、この中で俺に聞きたいこと、

 言っておきたいことがある者は、今この場で申せ!


そしてその答えが気に入らぬなら、

 今抜けてもらって構わん!


龍家次男の名において、咎めはせぬと誓おう!」


静寂が落ちる。


やがて、部曲の一人が手を挙げた。


「この旅は、二若様の女君の治療のためと聞いております。

 過酷な旅となりましょう。

 全員が無事に帰還できるとは思えません。


女君のために、我らに命を賭せと仰いますか?」


俺は逃げなかった。


「そうだ。

 我が最愛の君が、今、病に臥せている。

 どうか――俺の愛する人を救うために、力を貸してほしい!」


兵はふっと笑い、肩をすくめた。


「承知しました。

 龍家の次男ともあろうお方が女一人救えぬようでは、

 末代までの恥となりましょう。


この命、二若様と女君のためにお使いください。」


「礼を言う!」


続いて、別の兵が問う。


「旅の途中、もし我らに何かあった場合、

 二若様はどうなさるおつもりか。

 心構えをお聞かせ願いたい!」


俺は深く息を吸い、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「武章にはこうある。


――将たる者、君のために命を惜しむべからず。

  然れども、君安んずれば、次に守るは己の命なり。


兵のために身を軽んずることなかれ。

 それは仁に似て仁にあらず。

 将の仁は断にあり、婦人の情に惑うべからず。」


俺は続ける。


「つまり――

 将とは君主のために命を惜しんではいけない。

 だが君主が無事なら、次は自分を優先せよ。

 兵のために身を危険に晒すのは、将の仁ではない。


本来なら……俺は自分の命を最優先にするべきなんだろう。」


そこで、俺は自分の言葉で続けた。


「だが――俺は、できる限り皆の命も犠牲にしたくはない。」


兵は真面目な顔で頷いた。


「甘い。甘いですな、二若様。

 ですが、そのように我らを思ってくださる二若様を死なせては、

 龍家に仕える者全員が不忠の極みとなりましょう。


二若様には、必ず生きて帰っていただきます。」


「……ありがとう。他にはいないか!」


誰一人として抜ける者はいなかった。

全員が、俺の号令を待っている。


「では行くぞ――出発だ!」


「おおおおおおおおおおお!!」


その様子を見ていた龍紅と阿玲。


阿玲は目を丸くしていた。


「……あれが二兄?」


龍紅が微笑む。


「そうだ。立派になったろう。」


「うん……。二兄、無事に帰ってきてね。」


「信じていよう。それが送り出す者の役目だ。」


こうして俺は穆山を目指し、

初めて“外の世界”へ旅に出た。


初めての外は、思っていたよりも順調だった。


丘陵地帯が続き、竹林と茶畑のような緑がどこまでも広がる。

……親父は、本当に良い場所に勢力を築いたんだな、としみじみ思った。


旅の進み方はこうだ。


まず斥候が先行し、前方に異常がないかを確認する。

その少し後ろを本隊の先鋒が進み、倒木や障害物を排除する。

後詰は背後からの襲撃に備えつつ、脱落者がいないか見ながら進む。


龍紅がつけてくれた熟練兵たちは、

まるで呼吸をするように手慣れた動きでそれをこなしていく。


警戒していた襲撃もなかった。


緊張していると、兵の一人が声をかけてきた。


「賊が増えたとはいえ、ここは明公の勢力圏内でございます。

 しかもこの規模の隊ですからね。

 少し知恵の回る賊なら、襲ってくることはまずありますまい。


……とはいえ、油断は禁物ですが。」


警戒は必要だが、もう少し肩の力を抜け――

そう言いたいのだろう。


「そうか」と俺が返すと、

兵は武骨な笑顔を見せて「はい」とだけ答えた。


「今日は野営にはならないんだったな?」

俺は部曲の屯長に確認する。


「はい。進軍先には、明公の分家が管理する塢壁がございます。

 そちらで二若様を歓待してくださるでしょう。」


なるほど……親父の息子への“お恵み”というわけか。


「あい、わかった。まだ旅は始まったばかりだ。

 兵たちにも肉と酒で鋭気を養うよう伝えておけ。」


「ははっ、ありがたき幸せ!」


こうして俺は一日目の夜、分家との初めての交流を迎えた。


歓待の席では、分家の当主が酒を掲げながら話しかけてくる。


「我ら一族が、この一帯の竹林や豊穣の地に深く根を張れたのも、

 明公の仁徳のなせる業です。

 穆山の神仙に、明公の偉業と我ら一族の繁栄を、しかと伝えてきてくだされ!」


……親父は、俺が思っていた以上に名君のようだった。


いや、そりゃ“そう設定した”のは俺だ。

豪胆で、厳格で、家族思いで、風格ある明主だと。


だが、この世界に来てからの親父は――

勢力を拡大し、支配する千人以上の生活を守り、

そして、この世界基準では十分すぎるほどの

“不自由のない暮らし”を家族に与えてくれている。


それを「俺が設定したから」で片づけていいのだろうか。

……そんな疑問が胸をよぎった。


分家の当主との楽しい話が一段落した頃、

彼は真面目な顔になり、俺に忠告をくれた。


「しばらくは、まだ明公の影響が及ぶ地域です。

 その先に行ってからが、本当の旅となりましょう。


私は、明公の血を継いだ二若君が、

 自らの眼で見極め、良き判断ができると信じております。」


そして、荷車の方を顎で示す。


「私からの餞別として、都でも人気のある生地を積んでおきました。

 何かあったら使いなさい。」


「ありがとうございます。」


礼を述べ、歓待の宴を終える。


こうして俺は――

この世界で初めて、自分の部屋以外で眠りについた。

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