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第10話 研鑽、そして希望の出立へ

次の日から、俺は自分を磨くことに執心した。


計画としてはこんな感じだ。


早朝から走り込み、まずは持久力をつける。

食事は豆や肉など、たんぱく質を多めにして筋肉の成長を促す。


筋トレは悩んだ末に一旦やめた。

余計なところに筋肉がついて武器を振るう際に動きを阻害するのが怖かったからだ。

ちゃんとした知識があるなら問題なかったのかもしれないが、あいにく俺には適切にできる自信がなかった。


午前中は師君の授業を受ける。

お願いして、武章を増やしてもらった。

仁章も大事なのはわかっている。

だが今は、一刻でも早く戦いに関する心構えや知識を身につけたかった。


昼過ぎになると、阿京の様子を見に行った。

午前中から夕方にかけては熱が下がるからといって、できるだけ自分のことを……と、前と同じように書庫の整理をしているようだった。


ただ、俺が頼み込んで、必ずお目付け役を同伴することにしてもらった。

阿京には「心配しすぎだよ」と笑われた。


たまに「大丈夫か?」と声をかけることはあれど、阿京と病気について話すことは減っていった。

お互いの気持ちは、もうあの詩で伝わっているからだ。


午後の鍛錬は、龍紅がいる時は積極的に模擬戦をお願いした。

少しでも経験値が欲しかった。


アイテム集めもすることにした。

阿父に頼んで、俺専用の槍と弓を作ってもらった。

能力が上がった手ごたえがあった。


書物集めは捗らなかったが、半年後くらいに行商人が来た時、奇跡的に仁章の断簡された一節が見つかった。

偽書かどうかは判断できないけど……俺の中の教養が大きく上がった気がしたので、多分、本物だと思った。


これも阿父に頼んで買ってもらった。

興奮して阿京に見せに行ったら、すごく喜んでくれた。

「約束守ってくれてありがとう」って。


こけた頬が……胸をしめつけた。


この頃には、阿京はほとんど寝所から出ることがなくなっていた。

だから俺は、庭に咲いた花と一緒に、その日起きた出来事を話しに見舞いへ行っていた。


医官には、少し前にこう告げられていた。


「これは単なる虚損ではありません……。

 肺の奥まで病が食い込む『肺癆』です。

 いつまで持つかわかりませんが……お心残りのないようにお過ごしください……」


その言葉を聞いても、俺は泣かなかった。

一番泣きたい阿京本人が泣いていないのだから。


あと半年。

心を、技術を、身体を――研鑽するんだ。


がむしゃらじゃ駄目だ。

そんなのは、ただ逃げているだけだ。


だから俺は、ひとつひとつ積み重ねた。

走り込みも、武章の学びも、龍紅との模擬戦も。

全部、阿京を救うための“道”だと信じて。


そして、半年後――

俺は龍紅から……推兄から……初めて一本を取った。


倒れた龍紅に手を差し伸べ、身体を起こすのを手伝う。


「強くなったな……阿刀。」


「推兄……のおかげです。でも、まだまだです。」


その後、阿京のところへ行って、龍紅から一本取ったことを伝えた。

一緒に、とても喜んでくれた。


「阿刀はこの一年で見違えるほど大きくなったね。

 もう若木じゃなくて、立派な成樹だよ。

 これから阿刀がどんな花を咲かせたり、実をつけたりするのかを考えると……すごく楽しみ。」


「俺が少しでも成長できたとしたら、それは阿京のおかげだよ……

 君の強さが、優しさが、いつでも俺を支えてくれてるんだ。

 でも、俺はまだ何も成しえてないんだよ。」


「ねぇ、阿刀。ちょっとこっちに来てくれる?」


そう言われて近づくと、阿京は俺の頬に軽く口づけをした。


「一年頑張った阿刀への、ご褒美。……恥ずかしいね。」


俺は自分の頬を手で撫でたあと、阿京の身体をそっと抱きしめた。


「だ、駄目だよ阿刀……私たち、まだ婚姻前なのよ。

 みだりに体に触れてはいけないの。」


「……ふっ。一年前に一緒に馬に乗っただろう?」


「あれは特別……綺麗だったね。

 もう一度、阿刀と乗りたいなぁ……」


「乗れるさ。これから何度でも。」


「うん……そうだね。ほら、もう離れて。」


「ちぇっ……残念だな。」


阿京のお見舞いを終えて戻った次の日――

親父から、阿京への接見禁止が言い渡された。


俺はすぐに親父のもとへ抗議に向かった。


「阿父! 何故なのですか!

 何故、今、接見禁止なのですか!」


「医官からの報告で肺癆と聞いた。

 あれは人に悪い気が移る。」


歯ぎしりをして、思わず睨みつけてしまう。


「許婚は解消しておらん。」


言外に――

“解消しなくても、そろそろ死ぬだろう”

そう言っているのを感じた。


「なんだその顔は……出立を止めてもいいのだぞ。

 どうもお前は甘やかしすぎたようだ。」


その時、龍紅が仲裁に入った。


「やめなさい、阿刀。

 阿父が言い渡した接見禁止は、私たちの身体を慮ってのことだ。


それに阿刀、出立を一週間後に控えているんだ。

 今こんなことで心を乱してどうする。

 阿父に謝るんだ。早く。」


今の俺の言動は、この序列社会では問題外の行動だった。

それに、ここで出立を取り消されたら……道が完全に閉ざされてしまう。


「申し訳ありませんでした、阿父……」


龍紅が続ける。


「阿父よ……差し出口ですが、

 阿刀はこの一年を本当によく頑張りました。

 どこに出しても恥ずかしくない男になりました。

 甘やかしすぎということはありませんよ。」


「全く……どいつもこいつも阿刀に甘いのだ。

 もう良い。用が終わったらとっとと出ていけ。」


「申し訳ありませんでした。

 では、これにて退下いたします。」


深くお辞儀をしてから、親父の部屋を出た。


――そして一週間後。


見送りには、龍紅と阿玲が来てくれた。


俺は……阿京に挨拶できないまま。

穆山を目指すべく、出立することになった。

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