24:王都到着
年の終わりが近づいてきた頃。
ジョアンナたちは、冬の夜会に参加するために王都へ訪れていた。
「王都に来るのは、久しぶりだ」
「私も学園に通っていた頃ぶりです」
華やかな王都の街には沢山の店があり、多くの人や馬車が行きかっている。
それを見ているだけで楽しい。
「あっ! そろそろ着くよ」
ヴィンセントがそう言ってからほどなくして、馬車は大きな屋敷の前に止まった。
ヴィンセントの手を借りて馬車から降りると、屋敷の前には出迎えのために大勢の使用人たちが綺麗に並んでいる。
その中心にいる、青い髪の小柄な女性と、メガネが印象的な緑色の髪の細身の男性。
彼らがこの屋敷に住んでいる、ケルヴィンの妹夫婦だろう。
ひと足先に馬車を降りていたケルヴィンは、彼らと抱擁して挨拶を交わし合った。
「リディア、ネイサン。こちらがヴィンセントの婚約者のジョアンナだ」
「はじめまして、ジョアンナと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
そう言い終わるや否や、リディアがジョアンナの手を取った。
「はじめまして、ヴィンセントの叔母のリディアです。お兄さまが春にこっちに来た時に貴方の話を聞いて、ずっと会いたかったの。やっと会えて嬉しいわ」
そう言って笑うリディアは、少女のように可愛いらしい。
それから数日間。
ジョアンナはリディアやセリーナと共に、王都の街に繰り出す日々を過ごしていた。
王都で話題になっているお店でドレスを仕立てたり。
人気の劇を見に行ったり。
本屋や【錬金術】の道具を扱う店を巡ったり。
様々な場所を回るうちに、ジョアンナはリディアとすっかり打ち解けていた。
買い物の合間に休憩を兼ねてお茶を飲んでいる時に、リディアはヴィンセントが幼い頃の話をいくつも聞かせてくれる。
次々と飛び出すリディアの話を聞きながら、ジョアンナは小さなヴィンセントの姿を想像して柔らかく笑う。
「結婚して私が王都に引っ越すことになった時には、ヴィンセントったら拗ねちゃってね。何日も口をきいてくれなかったの。それなのに見送りの時には、私のドレスをこうやって掴んで離さないのよ。あの小さなヴィンセントが結婚する歳になったのね……」
身振りを交えながら、懐かしそうに当時のことを話していたリディアの瞳が急に潤みだした。
そんな彼女に、セリーナがそっとハンカチを渡した。
「あの後、大変だったのよ。ヴィンセントったら何を思ったのか、部屋を抜け出して木に登って泣いたみたいでね。そのまま疲れて寝ちゃったの」
セリーナの話にジョアンナはギョッとした。
「ヴィンセント様。大丈夫だったんですか?」
「ふふふ。夕方になって、ヴィンセントが部屋にいないことに気がついてからは、屋敷中大騒ぎよ」
「王都に着いてから、手紙でお義姉さまにその話を聞いて、私も驚いたわ」
そう言いながら、リディアは懐かしそうに微笑んだ。
「ヴィンセントを見つけたのは、ダニーだったのよね。お義姉さま」
「そうそう。真っ青な顔をしたダニーに案内されて木の上で眠っているヴィンセントを見つけた時は、心臓が止まるかと思ったわ」
ジョアンナの脳裏に、ヴィンセントの従者のダニーの焦った顔が浮かんだ。
女性陣が楽しんでいる頃。
屋敷に残った男性陣は、難しい表情で紙の束に目を通していた。
そこには、ネイサンが集めた王都の情報がびっしりと書かれている。
王宮で備品を管理する仕事をしているネイサンには、顔見知りも多い。
いつも穏やかで笑顔を絶やさないネイサンは、無害そうな見た目と真面目な仕事ぶりから、どこに行ってもすぐにその場所に溶け込んでしまう。
天気の話や、ちょっとした愚痴、家族の話など。
どんな話でも穏やかに耳を傾ける聞き上手なネイサンに気を許してしまい、気がつくと内緒の話をしていたりする。
それをよく理解しているネイサンは雑談をしながら相手の懐に入り込み、欲しい情報を集めているのだ。
そんなネイサンによって集められた情報の中には、王家に関する極秘のものもあった。
あの一連の騒動の全ての黒幕だった、マルサス侯爵家だが……
すでに領地や資産は没収され、家は取り潰しになっている。
主犯の当主と、彼の側近はスキルを封じられた上での鉱山での強制労働が科せられた。
彼らが送られた鉱山は、過酷な環境なことで知られ、この国で最も重い罪を犯した者が送られる場所だ。
第二王子のクリフォードの婚約者だった侯爵の娘は、すでに修道院に入っている。
王子の洗脳に加担したことから強制労働などの厳罰を望む声もあがったが、被害者でもあるクリフォードの強い意向もあって減刑され、生涯を最も厳しい修道院で過ごすことが決まった。
クリフォードは、病気のため療養することが発表された。
ネイサンが手に入れた情報によると、今は離宮に身を移しているそうだ。
ジョアンナが手に入れた最上級解呪ポーションのレシピは王家に提供されているが……材料を全て揃えるのは難しいだろう。
水龍の心臓の入手が困難なことに加えて、50本もの聖水がないのだ。
[ガチャ]で毎日のように出ていた聖水は、ヴィンセントの呪いが解けた頃を境に、全く出なくなってしまった。
ジョアンナの手元にある聖水は10本程度なので、全く足りないのである。
ディーノの祖父の手記に書かれていた、虹の麓にあるという光り輝く泉を見つけることができれば、聖水が手に入る可能性もある。
しかし、彼の祖父亡き今、情報が少な過ぎるのでそれも現実的ではない。
それでも一縷の望みを賭けて、王家は動いているそうだ。
「あとは、マーランドか……」
ジョアンナの生家であるマーランド伯爵家の扱いに、彼らは頭を悩ませていた。
数々の優秀な【水魔法】の使い手を輩出した伝統のあるマーランドだが、それもジョアンナの祖父の代までのこと。
今のマーランドには優秀な【水魔法】の使い手はおらず、衰退の一途を辿っている。
そこに拍車をかけるのが、ジョアンナの活躍だ。
スキル調査やリネヴィナのレシピを登録したことで、ジョアンナは高い注目を集めている。
ジョアンナやリネハンとの繋がりを望む家は、マーランドから距離を取り始め、領地経営が苦しくなってきているのだ。
「こういう時は注意が必要だ。魔物の討伐と一緒で、瀕死のものが思わぬ攻撃に出ることがある」
厳しい顔のケルヴィンの言葉を、ヴィンセントは真剣に聞きながら頷いた。
王都での日々はあっという間に過ぎていき、ついに冬の夜会の日になった。
この夜会は、ジョアンナにとって特別な意味を持つ。
冬の夜会で王族に挨拶をすることで、ジョアンナも貴族社会での大人の仲間入りをするのだ。
屋敷では、選りすぐられた侍女たちがジョアンナの元に集まった。彼女たちの張り切りようは、凄まじい。
早朝からの入浴に始まり、入念なマッサージ。
頭の先から足の先まで、徹底的にジョアンナを磨き上げている。
髪の一本まで一切の妥協を許さない。
そう言わんばかりの彼女たちの気迫に、ジョアンナは圧倒されている。
それもそのはず。
彼女たちは皆、リディアの結婚を機にこの屋敷に移った者たちなのだ。
ヴィンセントが生まれた頃はまだリネハンの屋敷にいたので、赤ん坊の頃から彼を知っている。
生まれたばかりの眠っている姿。
つかまり立ちをしてヨタヨタと歩く姿。
小さな木剣を持って振り回している姿。
屋敷を抜け出そうとし、叱られて泣いている姿。
目を閉じれば、沢山の幼いヴィンセントの姿が目に浮かぶ。
ケルヴィンと同じ【剣聖】のスキルを授かり、王太子とも親交がある。
そんなヴィンセントの明るい将来を、誰もが信じて疑わなかった。
若い頃のケルヴィンも美しいと言われていたが、ヴィンセントの美しさも王都では有名だった。
そんなヴィンセントが歩くこともままならず、一日をベッドの上で過ごすようになってしまった。
それを知った時の彼女たちの胸の痛みは計り知れない。
時折、耳に入るわずかな情報は、治療法が全く見つからないなど、気持ちが暗くなるものばかり。
リネハン家自体がどこか暗い空気に包まれたまま、時間だけが過ぎていった。
そんな中、ヴィンセントの婚約が決まり――それから一年もしないうちに、ヴィンセントが回復したという話が聞こえてきた。
家主たちはひた隠しにしているが、ジョアンナに対する情報の扱いを見ていれば、この奇跡の裏側に彼女の存在があることが察せられる。
侍女たちは、またこの家に笑顔を届けてくれたジョアンナの特別な日の装いを、完璧なものにしたいと張り切っているのだ。
一方、侍女たちの思いを全く知らないジョアンナは、侍女たちの熱意と気迫に、驚きが隠せない。
──王都の夜会に出席している人は、いつもこんな感じなのかしら?
早朝からの準備でへろへろになっていたジョアンナは、王都の貴族女性たちの日常を想像して青くなった。
長い時間をかけて全ての準備を終えたジョアンナは、侍女たちのやり切ったという空気を背中に感じながら鏡の前に立った。
「わっ!」
鏡の中には別人のように輝く自分の姿がある。
髪には普段は王族だけが身につけることが許される、国花のロギアで作った花冠。
この花はエビロギア王国ができた頃に、今の王都に咲いていた花である。
白の花びらが美しいロギアの花冠は、冬の夜会に初めて参加する時だけ冠ること許される特別なものだ。
ジョアンナの花冠は、ケルヴィンたちがこの国で一番の職人に作成を依頼したものだ。
その美しい花冠の邪魔にならないように、髪に散りばめられた透明な宝石たちが、上品な光を纏っている。
そして──真っ白なドレス。
この国の者にとって、「白」は特別な色だ。
何色にも染まる色であるこの色は、始まりを象徴する。
赤子が生まれれば真っ白な産着を着せて、その子の将来が素晴らしく色づくことを願い。
冬の夜会では、この夜会で大人の仲間入りをする者だけが白い衣装を纏う。
リネハンの姫らしく、ジョアンナのドレスには市場に滅多に出回らない魔物の糸で編んだ最高級の布が使われている。
もちろんこのドレスを作ったのも、この国で一番人気のある職人だ。
今日のジョアンナの装いを見れば、リネハン家がどれほどジョアンナを大切にしているのかが、ひと目でわかる。
そんな最高級のドレスや装飾品を身につけた自分の姿を見て、ジョアンナは言葉を失う。
しばらくそうして鏡を見つめていた彼女は、背後から感じる侍女たちの視線に気がついてハッとする。
ジョアンナは彼女たち一人一人の顔を見つめ、輝かんばかりの笑みを向けて感謝を伝えた。
ちょうどその時。
ドアを叩く音が部屋に響いた。
対応した侍女とヴィンセントの声が聞こえる。
その声とこちらに近づく人の気配に、ジョアンナの心臓は大きな音を立て始めた。
ゆっくりと振り返ったジョアンナは、ヴィンセントを見て動きを止める。
正装の黒い衣装に身を包んだヴィンセントは、この世のものとは思えないほど美しい。
対するヴィンセントも、ジョアンナのあまりの美しさに目を奪われて動けずにいた。
そうして若い二人は、時が止まったかのようにお互いをただ見つめ合っていた。
まるでおとぎ話の中で描かれる、恋に落ちた瞬間の男女のように。
完全に二人だけの世界にいる彼ら。
周りにいる者たちは、音を立てずに二人を見守っている。
静かで美しい時間がそっと流れていき……ジョアンナの肩から髪がハラリと落ちた。
それと同時に、二人の時間が動き出す。
ジョアンナとヴィンセントは同時に頬を赤く染めて、微笑みあった。
「ジョアンナ。とても綺麗だ」
「ありがとうございます」
そのままぎこちなく手を取り合った二人は、馬車に乗り込み、王宮へ旅立っていった。
最終日の明日は、3話の投稿となります。
楽しんでいただけたら嬉しいです。




