23:これもカレー?
少しずつ寒さが深まり、雪が降り始めた頃。
目覚めたジョアンナはベッドから起き出せずにいた。
布団に包まったまま、しばらくの間、まどろむ。
ようやくベッドから這い出たジョアンナは、白い湯気が上がるお茶を飲んでひと息つく。
「このお茶を飲むと温まるわね」
「最近のジョアンナ様のお気に入りですものね。そろそろ、このお茶がなくなりそうです」
「わかったわ。後で作っておくわ」
今、ジョアンナが飲んでいるのは、錬金術師の書いた本に載っていた、身体が温まるお茶。
寒くなってきたので、ここのところ、こればかり飲んでいる。
少し体が温まってきたジョアンナは、日課の[ログイン]を押して、[ガチャ]を回す。
「わっ!」
思わず声を上げたジョアンナに、コリンナが微笑む。
「何かいい物が出ましたか?」
「ええ。久しぶりにデスパル草が出たの!」
「まあ。それはよかったですね!」
思わず笑顔になったジョアンナは、あることを思い出した。
──そうだ! そろそろ、カレーがなくなる頃だから、お義父さまのカレーを出さなきゃ!
最近は少し落ち着いたらしいケルヴィンだが、やっぱりカレーは好きなようだ。数日に一回くらいの割合で、昼食にカレーを食べている。
最近のお気に入りは、香辛料で焼いたワイルドボアの入ったカレーなんだとか。
──お義父さまの好きな辛口が出てくれるといいのだけど……。
そんなことを思いながら、ジョアンナは[アイテムボックス]の画面を開く。
──カレーは三つあるのね。全部お義父さまに届けましょう!
ジョアンナは画面を操作していき、確認画面で動きを止めた。
──そうだ。何が出るか予想しながら出そうかしら? 前回は中辛だった気がするから……辛口? ううん、甘口かしら?
そんなことを考えながら、[▲]を一回押して、入力欄に「1」を入力し、[決定]を押した。
「わっ! 中辛っ!」
画面からカレーが出てくるなり、中辛と書かれた緑の文字が目に入った。
──残念。ハズレね。次こそ、甘口!
[決定]を押した画面からは、ジョアンナの予想通り、甘口が出てきた。
──やったわ。最後は何にしようかしら?
すっかり楽しくなってきたジョアンナは上機嫌だ。
その様子を侍女たちが微笑ましげに見つめている。
──最後はお義父さまの好きな辛口!
最後の予想を決めたジョアンナは勢いよく、[決定]を押した。
すると、画面から驚くものが出てきた。
「えっ!」
思わず声を上げながら、それを空中で受け止める。
──缶?
黒い缶だ。ジョアンナの手のひらに収まるくらいの大きさで、白い文字でカレーと書かれている。
裏返してみたジョアンナは目を丸くする。
そこにはカレーの作り方が書かれていたのだが、箱のカレーとは全く異なる作り方が書かれている。
──この缶に入っているのは「カレー粉」というもので、粉タイプのものみたいだわ。
四種類目のカレーが出てきたことに驚いたジョアンナは、しばらくの間、ぼんやりとカレーの缶を見つめていた。
「これが、カレー粉で作ったカレーか……」
「いつものカレーと少し香りが違うわね」
新しいカレーに瞳を輝かせるケルヴィンの隣で、セリーナが興味深そうにカレーの香りを嗅いでいる。
「あれ? いつものカレーよりサラッとしてる?」
「作り方が違うからでしょうか。色も少し違いますね」
ヴィンセントとジョアンナは顔を見合わせる。
「ん? これは美味いな」
「なんだか、スッキリした口当たりね」
ケルヴィンとセリーナの言葉通り、カレー粉で作ったカレーはスープがサラッとしていて、香辛料の香りも強く感じる。
「ルウのものとは味わいが違いますね?」
「そうだね。同じカレーなのに不思議だ」
そんな感想を言い合っているうちに、ケルヴィンはお代わりをしていた。
辛いものが好きな彼にとって、このカレーはきっと好きな味だ。
──もしかしたら、お義父さまの食事がまたカレーばかりになってしまうかも?
そんなことを思ったジョアンナの瞳に、物憂げなセリーナの姿が映った。
ジョアンナの視線に気がついたセリーナは、力なく笑う。
そうして、ジョアンナがセリーナと視線を交わしている時。
ローザは手を止めて、じっとカレーを見つめていた……。
その翌日。驚く知らせが届いた。
なんと、ローザがルウやカレー粉を使わず、カレーを作ることに成功したのだ。
昼食の時間。食堂は異様な空気に包まれていた。
いつもは一緒に席に着いているローザが、給仕たちに混じって壁側に控えている。彼女の近くには料理長の姿も見える。
最後に食堂にやってきたケルヴィンが席に着くと同時に、給仕たちが一気に動き出した。
「カレーでございます」
静かに置かれた皿の上には、肉、人参、ジャガイモ、玉ネギといった馴染みの食材が入っている。
見た目や香りも、よく知っているカレーだ。
「これはカレーだな」
驚いたようにケルヴィンが呟けば、その隣でセリーナが静かに首を縦に振る。
一度、視線を合わせた四人は、同時にカレーを口に運んだ。
「カレーだな」
「カレー、ね」
驚いた表情で見つめ合う、ケルヴィンとセリーナ。
少しサラッとしているが、間違いなくカレーだ。
嬉しくなってローザに視線を向ければ、緊張した面持ちでこちらを見る彼女と目が合った。
思わず微笑んで首を縦に振ると、ローザが安心したように笑う。
「すごいな。本当に作ってしまうとは……」
隣からぽつりと呟いたヴィンセントの言葉が聞こえ、ジョアンナは嬉しそうに頷いた。
「カレー粉で作ったカレーを食べた時に、急に視界が開けたというかレシピが閃いたんです」
食後に、ケルヴィンから料理の説明を求められたローザは語り始めた。
「これまでルウと全く同じものを作ろうと思っていたのですが、なんというか……この料理はもう少し自由なものであることに気がついたんです」
「自由?」
「はい。カレー粉の缶に書かれた作り方には『お好みで味を調えてください』と書かれていて、そこでハッとしたんです。食べる人の好みに合わせて香辛料を調合して作るのが、カレーという料理なのではないかって。それに気がついたら、急にレシピが浮かんで……」
「なるほど……それで完成したと」
髭を撫でながら、ケルヴィンが感心したように呟く。
「いえ……実は、お出ししたカレーは、まだ完成したとは言えないんです。昨日食べたカレー粉に入っているいくつかの香辛料にはわからないものもあって……」
「えっ! そうなの? カレーだったわよ」
「ああ。美味しかったが……」
困惑した顔でケルヴィンとセリーナが顔を見合わせる。
ジョアンナも驚きに目を見開いた。さっき、口にしたのは確かにカレーの味がしていた。
「他の香辛料を代わりに入れてみたのですが、カレー粉のカレーより香りが劣るんです」
「なるほど……。では、ローザが納得するカレーができるまで、研究費を支援しよう」
悔しそうに告げたローザをしばらく見つめていたケルヴィンは、そんな提案をした。
その言葉にローザは目を丸くする。
「また、貴方は美味しいカレーが食べたいだけでしょう?」
「いや……」
「父さまはカレーが好きだからな」
バツの悪そうなケルヴィンを中心に、食堂は笑いに包まれたのだった。
本日、「マンガがうがう」でコミカライズの更新日です。
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