20:新しい調味料
「ふわぁ……」
いつもより遅い時間に目覚めたジョアンナは、眠たそうに瞼をこすった。
ここ数日。
ジョアンナはリネヴィナを使って新しいポーションの瓶を作る研究に夢中だ。
調合室で作業しているとあっという間に時間が過ぎ、気がつけば夜になっている。
眠い目をこすりながら、毎朝の日課の[ログイン]を押す。
──────────────────────
連続ログイン 1370日達成!
「連続ログイン達成プレゼント」が届きました!
① ガチャチケット:10枚を手に入れました(有効期限:本日中)
② コイン:100枚を手に入れました(有効期限:1年)
──────────────────────
出てきた画面を見ながら、ジョアンナは呟いた。
「そういえば、今日は[10連ガチャ]の日だわ」
十日に一回の頻度で届く、「連続ログイン達成プレゼント」。
プレゼントの内容は、たまにボタンが増えたり、[ガチャ]で出るアイテムの種類が増えたりするが、だいたいチケットとコインだ。
今日はチケットとコインの日なので、[10連ガチャ]を回せる。
ジョアンナは嬉しそうに画面を開き、右側にある[スタート]を押した。
すぐに、左上から一枚ずつ裏返しのカードが出てきた。
──ふふふ。この一枚ずつ出てくるカードを見ているとワクワクするわ。
今日は何が出るかを想像しながら画面を見ていると、あっという間に十枚のカードが並んだ。
そして、画面が一回光り、全てのカードが同時にめくられる。
「わっ! 魔鉱石だわ!」
真っ先に光るカードを確認したジョアンナは、嬉しそうに声を上げた。
[10連ガチャ]はR以上の光るカードが一枚以上確定で出るのも楽しい。
光るカードで出た魔鉱石は、一部の鉱山でまれに手に入る鉱石だ。
魔鉱石で作った武器は、岩をも砕く強度と鋭い切れ味を持つという。武器を扱う者にとっては憧れの素材でもある。
そのまま、他のカードを確認していく。
手に入ったのは……
塩×1
砂糖×1
胡椒×2
カレー×2
鉄鉱石×1
初級ポーション×2
魔鉱石×1(SR)
「カレー? これは何かしら?」
初めて出たカレーというカードには、四角のものが三つと、山のようなものがひとつ描かれている。色はどちらも茶色だ。
「土? それとも鉱石なのかしら?」
しばらく記憶を探ってみたものの、カレーという土や鉱石は知らない。
「うーん……。これは、お義父さまへ相談したほうがいいわね?」
ジョアンナはケルヴィンに報告するための手紙を書き始めた。
「ジョアンナ! 迎えにきたよ」
「ありがとうございます!」
「今日の昼食はタルタルソースが出るらしいよ」
「わっ! タルタルソース! 楽しみですね?」
心なしか、タルタルソースと聞いてからのジョアンナの足取りが弾んでいる。
それが彼女の心を表しているようで、可愛いなと思いながらヴィンセントは小さく笑う。
「あっ! そうだ。手紙に書いてあったカレーだけど、初めて聞く言葉だったから、午前中の診療の時にディーノにも聞いてみたんだ。残念ながら、彼も知らないようだよ」
「そうですか……。ヴィンセント様やディーノも知らないとなると、近隣の国で手に入るものじゃないのかしら?」
「土みたいな見た目なんだよね?」
「はい。茶色なので土か鉱石だと思うんですけど……。ただ、[交換]に必要なコインの枚数が500枚なので、結構貴重な物なのかもしれません」
コイン500枚だと、ガチャチケットなら5枚、初級ポーションなら2・5本分だ。
[チャージ]や[コイン購入]を使うとすると、だいたい金貨五枚──50万ゴルドである。
「コイン500枚か……。魔力含有量が高い土や鉱石は高値で取引されているけど、そういう素材なのかな?」
「美術品の焼き物に使われる土も、希少価値が高いものがあると本で読んだことがあります」
「美術品に関わる物なら母さまが詳しいから、何か知っているかもしれないね」
カレーがどんなものかを予想しているうちに、食堂に着いた。
中に入ると、食欲をそそる香ばしい匂いがする。
「美味しそうな匂い。楽しみだわ」
ジョアンナは瞳を輝かせながら席に着く。
しばらく二人で話していると、ケルヴィンとセリーナが食堂に入ってきた。
昼食のひと皿目は葉野菜と花のサラダ。
葉野菜の緑と色とりどりの花びらで彩られた皿は、まるで花畑みたいだ。
「綺麗ですね?」
「最近は王都でも花を使った料理を出す店が増えているそうよ。女性を中心に人気があるんですって……」
「ああ。ただ食用に向かない花を出すような悪質な店もあるらしく、トラブルも増えているそうだ」
「それは怖いわね」
セリーナやケルヴィンの話を聞きながら、ジョアンナは顔をしかめた。
ローザと一緒に様々な食材を【鑑定】しているので、わかる。
花の中には、食べるとお腹を壊すものや、最悪の場合、死に至るような強い毒が含まれているものもあるのだ。
リネハンでは当たり前のように食卓に並ぶ食用の花は、隣国から入ってきたものだ。
本場の隣国では、厳しいチェックを受けて承認された花だけが、食用として販売されている。
「取り締まりも始まったそうだが、もうしばらくは混乱が続くかもしれないな」
そんな話を聞きながら食事を進めていると、メインの肉料理が出てきた。
「ホワイトバードのタルタルソース添えでございます」
赤茶色のタレで焼き上げられた肉は美しい艶があり、皮には軽く焦げ目もついている。見るからに美味しそうだ。
そこにたっぷりと添えられたタルタルソースが、なんとも食欲をそそる。
肉にナイフを入れれば、皮からザッと小さな音が立つ。
そこに、添えられたタルタルソースを多めに乗せて、口へ運ぶ。
甘辛いタレとタルタルソースがよく合う。
皮もパリパリで香ばしい。
「ジョアンナ、幸せそうだね」
「はい! すごく美味しくて幸せです!」
満面の笑顔でそう言うジョアンナに、皆が思わず目を細めた。
食後。
部屋を移動した四人は、お茶を飲みながら難しい顔で向かい合っていた。
「カレーについて執務室にいた者に聞いてみたが、知る者はいなかった」
「父さまたちも知らないとなると、やはり他国のものでしょうか?」
「どこかの国の、魔の森で採れる素材かもしれないわね?」
三人はジョアンナが書いた紙を見ながら、考え込む。
「二つあるようだし、考えるより見てみるほうが早そうだな。ジョアンナ、ひとつ取り出してみてくれるか?」
「はい。お義父さま」
ジョアンナは[アイテムボックス]を開き――最後の確認画面で[決定]を押す前に、心を落ち着けるように息を吐きだす。
──少しドキドキするわ。
初めてのものを出す時は、大きさや重さがわからない。
だいたいカードに書かれている絵と似たものが出てくるが、全然違う形のものが出てきて驚くこともある。
ジョアンナは初めてのものを出す時は、いつも少し緊張してしまう。
覚悟を決めて[決定]を押せば……画面から、全く想像していないものが出てきた。
──箱?
出てきたのは、長方形の黒い箱だ。
てっきり袋に入った土とか、鉱石が出てくると思っていた。
ある程度の重みを覚悟して身構えていたので、子供でも片手で簡単に持てる重さの箱が出てきて肩透かしを食らった気分だ。
黒い箱は手のひらよりひと回りほど大きいサイズで、光沢のある紙でできている。
「箱に『カレー』って書かれているね?」
「あっ! 左下に小さく『甘口』と書かれています」
「本当だ。甘口……聞いたことのない言葉だ」
箱に書かれた赤い文字を見ながら、ヴィンセントとジョアンナは顔を見合わせて不思議そうに首を傾げた。
箱を裏返してみたジョアンナは、複雑な表情で目を見開く。
──また、食べ物が出たわ……。
少し前のスキル調査の後で、研究所のフレッドが言っていた言葉が脳裏に流れる。
「[ガチャ]で出るカードには、ジョアンナ様の心が反映されているようです」
フレッドの話によると、ジョアンナの関心がある物が出る傾向があるそうだ。
その話を聞いてから注意深く[ガチャ]で出るカードを見ていると、食べ物が出る比率が高い気がする。
なんだか食い意地が張っているみたいで、ジョアンナは少し恥ずかしかった。
「……どうやら、調味料みたいだね?」
一緒に箱を覗き込んでいたヴィンセントが呟いた。
「調味料か……。ジョアンナ。もうひとつ取り出して、私たちにも見せてもらえるか?」
ジョアンナはすぐに[アイテムボックス]からカレーを取り出して、ケルヴィンに手渡した。
「マヨネーズみたいに、裏に作り方が書かれているわ。……肉と、人参と、ジャガイモと、玉ネギを使った料理みたいね」
「どうやら、煮込み料理みたいだな……」
ケルヴィンが箱を開けてみると、中から正方形の白っぽい容器が出てきた。
「二つ入っているな」
ケルヴィンは髭を撫でながら、箱を見つめる。
「この容器の中に『ルウ』というものが入っているようだね」
「炒めた肉や野菜にルウを入れて煮込んだものが、カレーという料理になるみたいですね?」
ヴィンセントとジョアンナも箱の裏を読みながら、カレーがどんなものかを想像する。
「ライスやパンと一緒に食べるのか。スープみたいなものなのかな?」
「パージャに似た料理でしょうか?」
隣国の伝統料理であるパージャは、様々な具材がたっぷり入ったスープにライスという穀物が入った料理だ。
領内にできた店が話題になり、リネハンではパージャが大流行している。
ジョアンナも何回か食べたことがあるが、スープや具材が変わると全く別の料理のようになるのが楽しい。
四人はルウの入った容器を開けてみることにした。
カレーの容器はマヨネーズの容器に似た素材でできていて、薄い蓋で密閉されている。
「蓋に何か書かれているわ」
よく見ると、蓋には図がいくつか書かれている。どうやら、開け方の説明のようだ。
その図によると、蓋には一か所だけ隙間があり、そこから開けるらしい。
──あっ! これね。
容器にピッタリとついている蓋は、この隙間があることで開けやすいようになっている。よくできた作りだ。
──あっ! カードの絵に描かれていたのは、ルウだったのね。
蓋を開けた容器の中には、茶色の土の塊のような見た目のルウが入っている。
──それにしても、すごい匂い。
容器を開けた瞬間。ルウは部屋中に強い匂いを放った。
嗅いだことのない匂いだが、嫌な感じはしない。
「容器を開けるまでなんの匂いもしなかったのに、不思議だ」
「本当ですね。【鑑定】で調べてみたのですが、カレーも異国の調味料みたいです。毒も大丈夫です」
────────────────────
◼︎カレーのルウ(品質:良)
異国の調味料
────────────────────
マヨネーズの時にも思ったが、異国の物なのに、箱や容器に書かれているのはこの国の文字だ。
ジョアンナはそれが不思議で仕方ない。
そして、もうひとつ。
──異国ってどこの国なのかしら? マヨネーズもお義父さまが調べていたけど、結局、どこの国のものかわからなかったらしいし。本当に不思議だわ。




