17:スライム狩り②
スライム狩り、当日。
多くの町民が集まった魔の森は、独特の熱気に包まれていた。
久しぶりに魔の森に訪れたジョアンナは、懐かしそうな表情で思いっきり空気を吸い込んだ。
草木の香りと共に少し重苦しい空気が肺へ届き、辺りに魔素が満ちているのを感じる。
──この服を着るのも、久しぶりだわ。
ジョアンナはイレゴへ行った時に誂えた、冒険者のような服装に身を包んでいる。
この服を着ると、少しだけ強くなったような気分になるから不思議だ。
「お義母さま。素敵!」
「ありがとう。ジョアンナもよく似合っているわ」
セリーナもいつものドレスではなく、パンツをはき、動きやすそうな装いだ。
腰には細身の剣を下げている。
「今日は楽しみだわ!」
うずうずとした表情のセリーナは、今にも駆け出しそうだ。
今年はヴィンセントがいることもあり、騎士たちに加わって魔物の討伐をすると張り切っているセリーナ。
昨夜、視察から合流したケルヴィンがなんとか思いとどまらせようと説得していたが、どうやら失敗したらしい。
少しだけ疲れたように笑うケルヴィンの姿に、ジョアンナとヴィンセントは瞳を合わせて微笑んだ。
ジョアンナたちの待機場所である大きな泉の近くには、大人の顔くらいの大きさのスライムが何匹もいる。
イレゴの魔の森でも遠目にスライムを見かけることはあったが、近くで見ると丸い氷みたいな体の中央に黒っぽいものが見える。
「この中央にあるのが核で、この核を棒などで叩いて壊すと、スライムは倒せるんだ」
ヴィンセントはスライムの近くにしゃがみ、指さしながら丁寧に教えてくれた。
近づいてじっくり見てみると、スライムは近くの葉を少しずつ溶かすように体内に取り込んでいる。
「わっ! こうやって葉を食べるのですね?」
「スライムは植物だけでなく、石みたいな硬いものや魔物の死骸など、本当になんでも食べるんだ。魔物が魔物の死骸を食べると、変異をして危険な魔物になることもあるから、魔の森では倒した魔物は穴を掘って燃やす決まりになってるんだよ」
そんな風に魔の森のことを教えてもらっているうちに、スライム狩りの時間になった。
当主であるケルヴィンが開始の合図で笛を鳴らすと、ブオーっという低い音が魔の森に響いた。
その音を皮切りに、武器を持って駆け出す町民たち。
泉の近くでは、競い合うように武器を振り、スライムを倒している人の姿がそこかしこで見られる。
辺りは独特の熱気に包まれていた。
そんな泉を囲むように配置された騎士や冒険者が、周囲の警戒にあたっている。
その中にひときわ目を引く人がいる──セリーナだ。
彼女は護衛の騎士を引き連れて、スライム以外の魔物に向かっていく。
その姿があまりにも生き生きしていて、どうしても目が惹きつけられてしまう。
──お義母さま、楽しそう。
思わずセリーナを夢中で見ていると、隣から苦笑い混じりの声が聞こえてきた。
「すまんが、ここは二人に任せてもいいかな。私はあちらへ行くことにしよう」
人の集まる気配を感じてか、魔の森の奥からすごい勢いでこちらに向かってくる影がある。
そこに向かっていくセリーナの背中と、置き去りにされつつある護衛騎士の姿が見える。
「もうお義父さまは、お義母さまに並んでしまったわ」
細身の刀身の剣で魔物と向き合うセリーナの動きは、舞っているように軽やかで美しい。
その隣でケルヴィンが剣を振れば、紙を切っているかのように魔物が真っ二つになる。
もうだいぶ遠くなってしまったので背中しか見えないが、楽しげに笑う二人の顔が目に浮かぶ。
ジョアンナは二人の背中を見つめながら、楽しそうに微笑んだ。
「セリーナ様は相変わらず元気だねー」
年配の女性たちが目を細めてセリーナを見ている。
「ケルヴィン様と結婚した頃ぐらいかね。セリーナ様はね、スライム狩りに参加して優勝したことがあるんだよ。あの時は随分元気なお嬢様だとびっくりしたものさ」
「ヴィンセント様、覚えているかい? あのくらいの頃。スライム狩りで一番になれなくて、顔を真っ赤にして泣いていただろう。それが、もうお嫁さんをもらう歳なんて、そりゃ私らも歳を取るわけだよ」
七歳くらいの小さな男の子を指さしながら、そんなことを話す女性の顔には優しい笑みが浮かんでいる。
少し顔が赤いヴィンセントと、彼女たちのやり取りを聞きながら、ジョアンナも笑う。
「昔は私もスライム名人と呼ばれていたんだけどね。歳には敵わないよ」
そんな風に話す老婦人たちの手にはスライムが握られている。
さっき見たスライムは楕円形で丸みを帯びていたが、彼女たちが持つスライムは弾力を失いぺちゃりとつぶれていて、まるで水たまりのようだ。
「ジョアンナ様はスライムを見るのは初めてかい?」
「遠目には見たことはありましたが、こんなに近くで見るのは、初めてです」
「そうかい。そうかい。気をつけるんだよ。スライムの体液はクサイからね」
「そうそう。こんな水みたいな見た目なのに、本当にあの臭いは嫌になるよ」
彼女たちの話によると、スライムの表面は膜のようなものに覆われているのだが、うっかりその膜に傷をつけると大変なことになるそうだ。
それというのも、スライムの体液は途轍もなくクサイのだとか。
体液が装備や身体につけば、洗っても臭いがなかなか落ちず、完全に臭いが消えるのに数日かかる。
スライムを倒す時には、剣や槍などの膜を傷つける武器は使ってはいけないそうだ。
老婦人から渡された水たまりみたいなスライムを持ってみれば、ぷにぷにした感触がして少し楽しい。
くんくん、と。こっそりスライムの臭いを嗅いでみる。
──なんの臭いもしないわ。
水の塊にしか見えない透明なスライムを見つめながら、ジョアンナは不思議そうな顔で首を傾げた。
スライム狩りの終了を知らせる笛の音が辺りに響いた。
泉の前には倒されたスライムが、山のように積みあがっている。
「すごい。この辺りにこんなにスライムがいたんですね」
「ああ。これだけ狩れば、冬の間も大丈夫だろう」
男性が中心となり、大きな穴を掘っている。
そこへ、スライムが次々と投げ込まれていく。
「倒した魔物は、穴を掘って燃やすんでしたよね」
「ああ。あそこに樽が積んであるだろう? あれは魔物を燃やす時に、騎士団で使っている薬品なんだ。スライムは水分の塊みたいなものだからね。普通に焼いても燃えにくくて、処理に時間がかかるんだ」
そんな話を聞いているうちに、全てのスライムが穴の中に投げ込まれた。そこへ、薬品がかけられる。
ツーンとする匂いが辺りに立ち込めると同時に、数名の騎士が前に出た。
「離れてください」
そんな声がいくつも響き、人々が穴から距離を取った後。
騎士たちの手から火の塊が飛び出した。
ボンッという大きな音とともに、立ち上る炎。
そのあまりの勢いにジョアンナは目を丸くした。
そんなジョアンナをよそに、人々は感心したように声を漏らす。
「やっぱり騎士様の魔法はすごいね」
「スライムは倒すのは簡単だけど、処分が大変だからね。助かるよ」
町に戻った頃には、陽が落ち始めていた。
宴の会場となる広場では、人々が忙しそうに準備を進めている。
その中にはローザやディーノの姿もあった。
宴の前に、スライムを多く倒した人への表彰式だ。
十歳以下の子供たち。
十五歳以下の子供たち。
成人。
高齢者。
年齢で別れた部門ごとにスライムを多く倒した男女三名ずつが呼ばれ、ケルヴィンから労いの言葉と賞金を受け取る。
その表情は、皆誇らしげだ。
表彰式の後、すぐに始まった宴では、飛ぶように料理が売れている。
どの料理も好評で、何度もお代わりをする人もいる。
料理を配っていたジョアンナは、美味しそうに食べている人々を見つめ、嬉しそうに微笑んだ。
陽が落ちて辺りが暗くなるとともに、広場の中央に組まれた櫓に火が灯った。
大きな歓声の後、人々は熱に浮かされるように誰からともなく歌い出す。
その歌に合わせるように、どこからか持ってきた楽器を奏でる人や、手を叩く人の輪が広がっていく。
そのうち、人々は櫓を囲みながら思い思いに踊りだす。
笑顔で踊る彼らを見ているだけで、心が弾む。
「ジョアンナ、踊ろうか!」
ヴィンセントに手を引かれて輪に加われば、ひときわ大きな歓声が上がった。
「えっと……」
戸惑った表情のジョアンナがヴィンセントを見上げれば、彼は満面の笑みを浮かべている。
「適当で大丈夫だよ」
ヴィンセントに導かれるままに、手をつなぎ、クルクル回る。
音に合わせて、見よう見まねで夢中にステップを踏んでいるうちに、楽しくなってきた。
気がつけば、ジョアンナの顔には満面の笑みが浮かんでいた。




