16:スライム狩り①
少しずつ風が冷たくなり始め、秋の気配が強まった頃。
リネハンの屋敷の前は、慌ただしい空気に包まれていた。
何台も並ぶ馬車。
その周りでは揃いの装備に身を包んだ騎士たちが行き交い、荷を確認したり、真剣な顔で地図を見ながら相談したりしている。
「準備が整いました」
その言葉を聞いたケルヴィンは、セリーナとそっと抱き合った。
その後ろには、ヴィンセントとジョアンナもいる。
今日はケルヴィンが視察へ出発する日だ。
リネハン家の当主は、この時期になると領内の視察に出る。
雪が積もり馬車での移動が困難になる前に、領地をくまなく回り、領内で問題が起こっていないかを確認するのだ。
「マジックバッグがあるおかげで、今年は移動が楽そうだ」
ジョアンナが[ガチャ]でマジックバッグを手に入れてしばらく経った頃。
ケルヴィンは職人に依頼して、騎士団で使うマジックバッグを作成した。
魔の森の遠征でマジックバッグを使うようになってからは、持ち帰れる素材が増えてリネハンの収入が増えているそうだ。
「こんなに準備が楽なら、もっと早くに作ればよかったな」
今回の視察では多くの荷物をマジックバッグに入れているので、身軽に移動ができることをケルヴィンは喜んでいた。
去年の視察の時には体調を崩す人が多く、屋敷に戻った後に大急ぎで薬や薬草を集めることになった。
今年はディーノが屋敷に滞在していることもあり、夏頃から多くの薬を作ってくれていた。
ケルヴィンが持つマジックバッグにも、大量の薬が入っている。
ディーノは今回の視察に同行し、医者のいない集落で診療をすることになっている。
万全の準備で屋敷を後にしたケルヴィンたちは、笑顔で馬車に乗り込み旅立っていった。
不在のケルヴィンに代わって執務をこなすヴィンセントは、一日のほとんどの時間を執務室で過ごしている。
ジョアンナは、セリーナと一緒にスライム狩りの準備に明け暮れる毎日を送っていた。
屋敷から馬車で半日ほどの距離にあるデフィンという町で行われるスライム狩りは、その名の通りスライムという魔物を討伐する催しである。
どこの魔の森にもたいてい生息するスライムは多くの種類がいる。
その中で最も数が多いのは、魔の森の浅いところでよく出る透明な色のスライムだ。
スライム狩りで討伐するのも、この透明なスライムである。
透明なスライムは、子供でも簡単に倒せるほど弱く、近くにいても襲ってくることはない。
そのため、一見、無害に思える。
「ただ、このスライムって本当にすぐに増えるのよ……」
頬に手を当てながらうんざりした表情で、セリーナは続ける。
「これはデフィンの魔の森の地図なんだけど、こことか、ここ。泉があるでしょう?」
テーブルの上に広げられた地図は、デフィンの町からほど近い場所にある魔の森のもの。
セリーナの言葉通り、地図にはいくつもの泉が描かれている。
「スライムって、水気の多い場所に集まる習性があるから、放っておくと泉の周りがスライムだらけになってしまうのよ」
「確か、デフィンの魔力水は有名ですよね?」
魔の森の奥地では、泉が湧くことがある。
その泉から採取される水には魔素が溶け込んでおり、魔力水と呼ばれる素材で、ポーション作りに欠かせないものだ。
「デフィンの魔の森はちょっと変わっててね。浅い場所に泉がいくつも湧いているのよ」
地図にはセリーナの言葉通り、魔の森の浅い場所にいくつもの泉が描かれている。
「どうして、デフィンの魔の森だけ浅い場所に泉があるのでしょう?」
「それが、よくわからないのよ。一説には、大昔にあの辺りにドラゴンが住み着いた影響だという話もあるの」
「ドラゴンですか?」
「ええ。おとぎ話のような話だけれど、デフィンの魔の森は他と比べて魔素が濃いせいか生態系もちょっと変わっているし、ドラゴンがいたというのも本当なのかもしれないわ」
魔素が濃い影響か、デフィンのスライムは増えるスピードが異常に速いらしい。
スライムは雑食で何でも食べるので、増えすぎると魔の森の生態系が荒らされてしまう。
最悪の場合、魔の森の魔物が食べ物を求めて人のいる町を襲うこともある。
そのため、デフィンの町では日頃から住民たちが協力して、泉の近くにいるスライムや魔物の数を減らしてくれている。
そんな彼らを労う意味を込めて、リネハンでは一年に一度、この催しを開いているのだ。
倒したスライムの数に応じて賞金も出るので、スライム狩りは住民たちにとっては一種の祭に近いものなのだとか。
屋敷から半日ほど馬車に乗ると、デフィンの町が見えてきた。
頑丈な門の前には、武器を持った見張りの人が立っている。
デフィンの町を進んだ馬車は、町の中でひときわ大きな家の前に止まった。
ヴィンセントの手を借りて馬車を降りれば、家の前に何名もの人たちが並んでいる。
その中央にいる、小柄な年配の男性にセリーナが声をかけた。
「ボブ、久しぶりね」
「お久しぶりです。セリーナ様。今年もデフィンにお越しくださりありがとうございます」
「紹介するわね。こちらが息子のヴィンセントの婚約者のジョアンナ・マーランド伯爵令嬢よ」
「はじめまして。ジョアンナ・マーランドです」
「はじめまして。ジョアンナ様。デフィンの町長のボブと申します」
今夜の宿泊先であるボブの家で着替えたジョアンナ。
夜には、視察に出ているケルヴィンたちも合流することになっている。
彼らはスライム狩りの参加とともに、ここで視察に必要な荷物の補充を行うのだ。
ジョアンナは初めてのスライム狩りということもあり、ヴィンセントにデフィンの町を案内してもらうことになった。
「ふふふ。可愛い」
思わずそんな言葉をこぼしたジョアンナの視線の先には、木の棒を持って素振りをする子供たちの姿があった。
「明日の練習でしょうか?」
「そうみたいだね」
熱心に棒を振る子供たちは皆笑顔で、明日を楽しみにしている様子が伝わってくる。
すれ違いざまに「明日は絶対一番になる」「賞金は渡さないぞ」などの声が、そこかしこで聞こえる。
どことなく浮き立つ空気に包まれながら歩いているうちに、町の中心にある通りに出た。
いくつもの店を覗いていると、食材を扱う店には決まって細長い葉が並んでいることに気がついた。
薬草の図鑑などにも載っていない、見たことのない葉だ。
「ヴィンセント様、この細長い葉はなんですか?」
「ああ。これはムンディーの葉だよ。この葉で食べ物を包むと傷みにくいんだ」
「だから、食材を扱うお店には決まって置いてあるんですね」
ジョアンナは興味深そうにムンディーの葉を手に取った。
皆さまの応援のおかげで、電子のみですが書籍2巻の発売が決まりました。
発売日は9/10(木)です。
表紙を↓にUPしたので、是非ご覧ください!
今回もわか先生が素晴らしいイラストを描いてくださいました★
また、本日より発売日まで毎日更新になります。(更新時間は0時)




