15:ジョアンナとローザ
ローザが屋敷にやってきてすぐのこと。
薬草などの薬作りの素材の味に興味を持ったローザは、ヴィンセントとディーノと一緒に調合室にやってきた。
うんざりした表情のディーノに見つめられながら、ローザはよく手に入る素材を次々と口に入れていく。
ジョアンナはヴィンセントと一緒に、目を丸くしながらその様子を見つめていた。
ジョアンナが使っている薬草などの素材は、強い匂いのするものが多い。
ローザはそれを躊躇なく口に含んでは、苦い顔をしたり、微笑んだり、考え込んでいる。
コロコロと表情を変えながら、素材を食べ終えたローザは満足げに笑った。
「いやー、どれもこれも、不思議な味がする。面白いね!」
部屋の奥に置いてある魔物の角を見つけたローザは、瞳を輝かせた。
「あっ! あれもポーション作りで使う素材ですか?」
その言葉にジョアンナは驚きを強める。
まさか魔物の角まで食べようとするとは、思わなかったのだ。
「…………?」
返事がないことに首を傾げたローザは、そこで初めて全員が不思議な顔で自分を見つめていることに気がついた。
そんな彼女にディーノが近づき、コツンと頭にげんこつを落とす。
「薬草を味見したいとは聞いてたけど、食べすぎだ」
「だって、毒とか危険な物以外はどれでも食べて大丈夫だって……」
「そ、れ、で、も、だ。お前、遠慮ってものはないのか? お前が食べたがっているあの角は、とても貴重な物なんだぞ!」
いつも丁寧なディーノが珍しく声を荒げている。
それに驚きながら、ジョアンナは二人のやり取りを見つめていた。
「そうなんだ。兄ちゃんは持っていないの?」
「ああ。何か月も働いてほんの少し手に入るかどうかの代物だ」
「そっか……。それは無理だね」
残念そうな顔で笑ったローザは、すぐにパッと表情を輝かせる。
「それにしても、薬草って色んな味がして面白いね」
「…………ぷはっ」
子供が玩具を手にした時みたいに表情を輝かせるローザが面白くて、ジョアンナの口から笑いが漏れた。
「……?」
突然、笑い出したジョアンナを見て、ローザが首を傾げる。
「ごめんなさい。ローザさんがあまりに楽しそうな顔をしているのが、なんだか可愛くて……」
そんなことを思い出したせいか、ジョアンナは無意識に笑っていたらしい。
「どうしたの? 急に笑って」
「あ。ううん。ローザが初めて調合室にやってきた時のことを思い出して……」
「あー……、あれか。あの後、兄ちゃんにこっぴどく怒られたな。あの日は興奮しちゃって、ごめんね」
苦い顔をして天を仰ぐローザがおかしくて、ジョアンナは声を上げて笑う。
「ううん。ビックリしたけど、おかげでローザと話すようになって、こうして仲良くなれたし……」
「へへへ。うちは男兄弟だけだから、こうしてジョアンナちゃんと話していると、妹ができたみたいで嬉しいよ」
「ふふふ。ありがとう。私も姉に憧れていたから嬉しいわ」
「マヨネーズ作りがひと段落したら、一緒に街へ遊びに行きたいね?」
「わっ! 楽しそう! 開発は順調?」
「うん! マヨネーズはだいたいできているんだけど……、材料を変えると味が変わるから、最後の調整をしているんだ。たぶん、あと少しで完成すると思う」
その言葉の通り、それからほどなくしてローザはマヨネーズを完成させるのだった。
ローザがマヨネーズを完成させて、少し経ったある日。
ジョアンナはローザと午後のお茶を飲んでいた。
今日のローザはお菓子と一緒に、マヨネーズを使ったパイを持ってきてくれた。
焼き立てのパイからは、湯気とバターの香りが立ち上っている。
「あ! 美味しい」
サクサクのパイの中には、ジャガイモや塩漬け肉などが入っている。
噛むたびにたっぷり入った胡椒の香りと、少し溶けたマヨネーズのコクが口の中で広がって美味しい。
「へへへ。よかった。マヨネーズは焼いても美味しいよね」
最近、リネハンの屋敷では、以前にも増してマヨネーズを使った料理がよく出る。
ローザがレシピを完成させたことで、いつでもマヨネーズが手に入るようになったこともあり、料理人たちが次々と新しい料理を編み出しているのだ。
毎日のように新しいマヨネーズ料理が食卓に並び、マヨネーズはすっかり屋敷の定番の食材となっている。
「そういえば、王都の話は聞いた?」
「うん。頑張って作ったかいがあるよ」
ケルヴィンは、マヨネーズを販売する話が進めているのだが……。
まずは王都の貴族の反応を見るため、王都にいるケルヴィンの妹夫妻へマヨネーズのレシピを送り、お茶会でポテトサラダなどの軽食を出してもらったのだ。
結果は上々で、マヨネーズを譲って欲しいと言う人が続出したそうだ。
そこで、王都にマヨネーズを使った料理が食べられるレストランを開くことが決まった。
ジョアンナが冬の夜会で王都に行く頃には開店しているそうなので、訪れるのが楽しみだ。
「あとは、保存をどうするかなんだよね」
そう言って、ローザは大きな息を吐いた。
今、販売を進めているマヨネーズは貴族向けのものだ。
マヨネーズは材料費も安いので、平民に向けて大きく販路を広げたいのだが、日持ちがしない。
おまけに生の卵を使っているので、冷たい場所で保管する必要がある。
貴族の屋敷には食材を冷やす魔道具が置いてあるので問題ないが、平民の家にはほとんどない。
そのため、ローザはケルヴィンから、魔道具を持っていない平民にも販売できるマヨネーズの開発を依頼されているのだ。
お茶を飲んでいると、ローザは思い出したように手を叩いた。
「そういえば! デスパル草の件、ケルヴィン様から許可が出たの!」
「わー、よかったね。今、取り出す?」
瞳を輝かせたローザは、嬉しそうに頷いた。
「これがデスパル草か……。この葉の色は、いかにも苦そうだね」
黒に近い濃い紫色の葉を見つめながら、ローザの眉間に皺がよった。
その表情があまりにおかしくて、思わず笑ってしまったジョアンナ。
──確かに、この色は苦そうだわ。でも……
「私も……食べてみようかしら?」
「え?」
「ローザが薬草を食べる様子を見ていて、ずっと興味があったのよね」
実はジョアンナ。
ローザが薬草を食べる様子を初めて見た日から、薬草の味を知りたいと思っていた。
その思いは、ポーション作りで薬草を目にするたびに強まっていった。
「……どんな味なのか、興味があるわ」
ジョアンナは、すっかりデスパル草を食べる気になっている。
そのことに顔を青くしたローザは、あたふたしながら口を開いた。
「ジョアンナちゃん、一回落ち着いて。ジョアンナちゃんに何かあったら困るから、一度ヴィンセント様に相談してみよう」
その日の夕食後。
ジョアンナはヴィンセントをお茶に誘った。
デスパル草のことを相談するつもりなのだが、なかなか切り出せずにいる。
そんなジョアンナの様子を気にかけながら、ヴィンセントは彼女の話に耳を傾けていた。
そこへ、二杯目のお茶が出された。
ふわりと立ち上る、お茶の香り。
何種類かのハーブを混ぜたお茶は、調合室で使う薬草を思い起こさせる。
ジョアンナは覚悟を決めて、口を開いた。
「あの、ヴィンセント様に相談があるのですが……」
「うん」
意識して柔らかい声で答えたヴィンセントは、優しい瞳でジョアンナを見つめた。
「……ローザと一緒に、私もデスパル草を食べてみたくて……」
言葉にするうちに、なんだか頬に熱が集まってきた。
ヴィンセントへ心配をかけるのではないかという思いと、貴族の令嬢なのに薬草を食べたがることへの羞恥心と。
自分でも上手く処理できない思いが渦巻いて、心の中が騒がしい。
「…………」
しばしの沈黙の後、ヴィンセントはふっと小さく笑う。
「もちろん、ジョアンナのやりたいようにしていいよ。ローザと親しくなった頃から、薬草がどんな味か興味を持っている気がしていたんだ」
調合室にジョアンナの顔を見に行った時。
ジョアンナが作業をしながら、ぼんやりと薬草を見ていたことにヴィンセントは気がついていた。
「ただし、初めてのものを食べる時には、【鑑定】で毒や身体に悪いものが含まれていないかを確認してくれるかな?」
ジョアンナを部屋に送り届けた後。
部屋に戻るなり、ヴィンセントは机に積み上がった書類を手に取った。
「あの、デスパル草の件、よろしかったのでしょうか?」
気遣ったような声でそう言いながら、ダニーはお茶を出した。
「ああ。心配には心配だけどね……ジョアンナが望むことは、何でもさせてあげたいんだ」
そんなことを言いながらも、心配な気持ちがないわけではない。
デスパル草については、本に載っていた内容と、ジョアンナの【鑑定】で調べたわずかな情報しか持っていないのだ。
ポーションや薬のように加工したものと、そのまま食べるのでは違う影響があるかもしれない。
「明日は様子を見に行きますか?」
「ああ……いや。やめておくよ」
見守りたいのは山々だが、顔に出さなくても、心配するこちらの気持ちをジョアンナは嗅ぎ取ってしまう。
そうすれば……次からはきっと、彼女は我慢をしてしまうだろう。
ジョアンナが手を強く握りしめる姿が目に浮かんだ。
彼女は何かを我慢する時に、手を握る癖がある。
──十歳の時に母親を亡くしてから、ジョアンナはマーランドでずっと一人で我慢ばかりしてきたのだろうか。
母親が生きていた頃のジョアンナは、好奇心が旺盛で、活発な少女だったようだ。
恐らく、本来のジョアンナはそちらに近い性格なのではないだろうか。
最近、ジョアンナを見ていて、そんなことをよく思う。
──いつか、本当のジョアンナを見てみたい気もするが……それは、自分の我儘だな。
ふっと笑うように息を吐いたヴィンセントは、ひとつだけ決めていることがある。
その時々のジョアンナをそのままに愛することだ。
それがどんなに嬉しいことかを教えてくれたのは、他ならぬジョアンナだから……。
どんなジョアンナでも、ヴィンセントはありのままに愛するつもりだ。
そして、彼女が困った時には、自分の持っている全てをかけて守りたい。
ふと、視線を感じて顔を上げれば、心配そうにこちらを見つめるダニーと目があった。
「なにかあればすぐに連絡するように、コリンナに伝えてもらえるかな」
「かしこまりました」
翌日の午後。
調合室で、ジョアンナはローザと顔を見合わせた。
手には、紫色の丸い葉がある。
二人は一度頷きあうと、同時に葉を口に含んだ。
「…………」
数秒後、顔をしかめた二人はグラスに入った水を勢いよく飲み干した。
「苦いですね」「苦いね」
声の重なった二人は、弾けるように笑い出した。
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