14:苦い思い出
「これで最後っ!」
ローザに見守られながら作業を終えたジョアンナは、出来上がったポーションを瓶に入れた。
出来たばかりのポーションを見て、ローザは笑顔を浮かべる。
「ポーション作りも面白そうだよね。私ね、子供の頃、じいちゃんや兄ちゃんが薬を作っているのを見るのが好きだったんだ」
「ふふふ。なんだかわかる気がするわ。薬作りを見せてもらったことがあるけど、乾燥した薬草をすり潰す作業が面白かったわ」
楽しげに話し始めた二人に微笑みながら、コリンナは窓の外を指さした。
「今日は天気もいいので、よろしければ、庭でお茶をなさいますか?」
「わっ! それは素敵ね!」
「太陽の下で食べるのか。ピクニックみたいで気持ちよさそうだね」
すっかり仲良くなった二人は、ローザが作ったお菓子を食べながら午後にお茶をするのが日課になりつつある。
楽しそうに笑って顔を見合わせた二人は、並んで庭へ歩き出した。
その背中を見ていたコリンナは、まるで姉妹のようだと思いくすりと笑う。
ガゼボに向かっていた二人は、花壇の前で足を止めた。
色とりどりの花が咲いている。
その美しさに瞳を輝かせながら、嬉しそうに花に近づく。
「綺麗だね」
「はい。香りもいいですね」
二人は、うっとりした表情で花壇の花を見つめている。
花に顔を近づけて香りを楽しんでいたジョアンナの視界に何か動くものが映った。
視線を向けると、葉の上で小さな芋虫が動いてる。
──あっ! 芋虫だわ! 可愛い。
笑みをこぼしたジョアンナは、無意識に手を伸ばした。
「わー、芋虫だ。ジョアンナちゃん、もしかして虫が好きなの?」
「えっ!」
慌てて手をひっこめたジョアンナは、どうしたらいいかわからないという表情で口を開け閉めしている。
そのあまりの焦りように、ローザは目を丸くする。
「あっ、ごめん。もしかして秘密だった? こないだ一緒にお茶を飲んだ時も蝶を楽しそうに見ていたから、虫が好きなのかなって思ってたんだ」
ジョアンナの顔には、困ったような表情が浮かんでいる。
それを見たローザは、あたふたしながら口を開いた。
「ごめん、ごめん。言いたくないなら、言わなくていいよ。貴族のお嬢様が珍しいなって思っただけだから。うちの弟も虫が好きでね。捕まえてきては箱に入れてこっそり飼っていたのを思い出して、懐かしくなったんだ。私も子供の頃は弟と一緒によく虫を捕まえたんだよー」
ローザの意外な言葉に驚いて、ジョアンナは顔を上げた。
彼女がジョアンナに向ける瞳は、さっきまでと変わらないものだ。
そのことに胸を撫でおろしたジョアンナの脳裏に、子供の頃の苦い思い出がよみがえる。
父が再婚して、継母とキャロラインが屋敷にやってきた頃。
妹ができたとジョアンナは大喜びしていた。
早くキャロラインと仲良くなりたかったジョアンナは、彼女を庭に連れ出した。
庭にあるジョアンナのお気に入りの場所を教えるためだ。
母にも教えていない、秘密の場所。
自分のとっておきを早く見せたいジョアンナの顔には満面の笑みが浮かんでいた。
一方、ジョアンナに手を引かれているキャロラインは、ぶすっとした表情をしている。
浮かれていたジョアンナはそんな彼女の表情に気がつかずに、キャロラインをお気に入りの木がある場所へ案内した。
「あのね。ここがね、私のお気に入りの場所なの。ここの石をどけるとね……あっ、いたいた。ほら、可愛いでしょう?」
小さな手で石をどけたジョアンナは、その下にいた小さな虫を見つけると嬉しそうにキャロラインに見せた。
「この虫ね。面白いんだよ。こうやって指でつつくとクルンてなるの」
「きゃー、なにそれ、気持ち悪い!」
キャロラインはジョアンナを突き飛ばした。
驚いたジョアンナが顔を見ると、キャロラインは怖い顔でジョアンナを睨みつけていた。
そのあまりの表情に、どうしたらいいかわからずに動けなくなってしまう。
「そんな汚いものを触るなんて、気持ち悪いわ! 大嫌いっ!」
そう叫んだキャロラインは、顔を真っ赤にして屋敷に帰ってしまった。
そんな彼女の背中を見つめながら、ジョアンナは青い顔をしていた。
しばらく、その場を動けずにいたジョアンナを迎えに来てくれたのは、彼女が戻ってこないことを心配した侍女だった。
侍女に連れられて屋敷に戻ると、継母が冷たい瞳でジョアンナをチラリと見た。
「キャロライン、いきましょう」
彼女はそう言うと、別人のように優しい瞳でキャロラインを見つめて微笑んだ。
それにビックリしたジョアンナは、彼女たちの背中を呆然と見つめていた。
その日からジョアンナは、お気に入りの場所へ行くのをやめたのだった。
今なら、自分が間違えてしまったことがわかる。
知らない家に来たばかりなのに、突然、虫を見せられるなんて……キャロラインが怒るのは当たり前だ。
あの日。あんなことをしなければ、キャロラインとも普通の姉妹のように仲良くなれたのかもしれない。
「ジョアンナちゃん、大丈夫?」
ローザの言葉にハッとして顔を上げれば、心配そうに自分を見つめる緑色の瞳があった。
「あっ! ごめんなさい。大丈夫!」
そこへ、コリンナの声がかかった。
「お二人とも、お茶が入りましたよ」
ローザはジョアンナの手を引き歩き出した。
「ジョアンナちゃん、お茶が入ったって。行こう!」
「うん」
繋がれたローザの手が驚くほど温かくて、なぜだかわからないがジョアンナは泣き出しそうな不思議な気持ちになった。
お茶をひと口飲んだことで、心が落ち着いたジョアンナ。
その表情を見て胸をなでおろしたローザは、思い出したかのように菓子の皿を手に取った。
「ジョアンナちゃん。食べてみて!」
ローザが作ってくれたのは、紫色のクリームが載ったひと口サイズのタルトだ。
「これ、何のタルト?」
「ふふふ。当ててみて!」
ジョアンナはタルトをひとつ手に取ると、ゆっくりと食べた。
──んっ! 美味しいっ!
口に入れた瞬間。
甘いねっとりとした味が口の中に広がった。その美味しさに、自然と笑みが浮かぶ。
その様子を食い入るように見つめていたローザは、嬉しそうに瞳を輝かせた。
「もしかして……お芋?」
「当たり! 珍しい芋が手に入ったらしいから、少し分けてもらったんだー」
「へー、紫色のお芋もあるんだね」
「確か、南の方の国で採れる芋だよ。たまたま手に入ったって、料理長が言ってたんだ。この芋を使ってスープを作るって言ってたから、夕食に出ると思うよ。楽しみだね」
それから二人はタルトを食べながらお茶を飲んだ。
世界中を回りながら料理の修行をしているローザの話は、面白いものばかりだ。
食材の話や、訪れた土地で見たものの話などを聞きながらジョアンナは瞳を輝かせる
。
「あっ! そういえば……デスパル草をひとつ分けてほしいって話。ケルヴィン様とヴィンセント様が考えてくれるって」
「わっ! 本当に? よかったね」
ローザの嬉しそうな顔を見ながら、ジョアンナは彼女と仲良くなるきっかけになった日のことを思い出す。




