13:友達
マヨネーズの開発が行われている研究室に入ると、中をぐるりと見渡したローザは感動した表情で声を上げた。
「わっ! すごい! いい道具が揃っていますね」
そう言って満足そうな表情を浮かべた彼女は、台の上に置かれたマヨネーズに目を移した。
「もしかして、あれがマヨネーズですか?」
「はい。食べてみますか?」
「はい! 食べたいです!」
前のめりで返事をするローザのあまりの勢いに、ヴィンセントは驚いて目を瞬いた。
楽しみで仕方がないという様子のローザは、そんな彼の様子すら目に入らないらしく、期待に顔を輝かせている。
その隣では、ディーノがハラハラした様子で彼女を見つめていた。
いつもと違う落ち着かない様子のディーノに、ジョアンナは新鮮さを覚える。
差し出されたマヨネーズを嬉しそうに受け取ったローザは、容器を手に取るなり驚いた様子で目を見開いた。
「うわっ! 柔らかっ! なんだ、これ?」
口調を乱しながらそう叫んだローザを見て、顔を青くしたディーノが大きな咳払いをする。
「っ! 失礼しました。この柔らかい容器は不思議ですね」
いたずらが見つかった子供のような顔でバツが悪そうにそう言ったローザを見て、ヴィンセントが笑いながら口を開く。
「ディーノ、ローザ。二人とも、普段の口調で大丈夫ですよ。我が家には多くの騎士がいますが、その中には平民の人も多いです。リネハン家の者は、子供の頃から彼らと家族のように付き合って育ちます。両親も私たちも細かいことは気にしません」
ジョアンナも同意するように首を縦に振る。
ディーノとローザは、ヴィンセントの言葉に驚いたように目を見開いた。
そんな二人の顔があまりにもそっくりで、なんだか微笑ましい。
「寛大なお心遣い、ありがとうございます。そう言っていただけると助かります。ローザはひと通りのマナーは学んでいるのですが、この通りの性格で、気を抜くとすぐに話し方が崩れてしまって……」
「ヴィンセント様、ジョアンナ様、ありがとうございます!」
ローザは太陽のように明るい顔で笑った。
「この容器は、赤い部分のここに爪を引っ掛けると蓋が開く作りです」
ローザに近づいたジョアンナは、彼女の持っていたマヨネーズを指さして、蓋の開け方を教えた。
「えっと……。あっ! 開いた」
慣れない手つきで蓋を開けたローザは、嬉しそうに笑った。
その顔を見ていると、ジョアンナも自然に笑顔になる。
「これは、どうやって食べるものですか?」
「マヨネーズは調味料なのですが、野菜などのさっぱりした食べ物にかけると美味しいです」
食べやすい大きさに切った野菜を手渡せば、ローザは子供のような表情でマヨネーズを手に取った。
「ははっ! すごい!」
細い線のように出てくるマヨネーズに瞳を輝かせたローザは、皿の上に器用に模様を描いた。
──すごい! さすが料理人ね。
さっきまで野菜がちょこんと載っていた皿が、ローザの手にかかれば一気に華やかになった。
「すごい! 綺麗だわ……」
「前に、こんな風に皿に絵を描くお店で修行したことがあるんです」
少し頬を染めて照れくさそうに言ったローザは、野菜にマヨネーズをつけて口に入れた。
シャクシャクと、彼女が野菜を噛む音が部屋に響く。
野菜を飲み込むなり、ローザは笑顔を浮かべた。
「これは、なかなかイケるっ……いや、美味しいですね。酸味があってさっぱりしているけど、コクもある。初めて食べる味だけど……面白い!」
普段の言葉と丁寧な言葉を混ぜながら話すローザ。
興奮すると彼女は普段の言葉遣いになるらしい。
話しながら、あっというような顔をして言い直す表情があまりに可愛らしくて、ジョアンナは目を細める。
「ローザ、見ての通りマヨネーズは白っぽい色をしているので、様々なミルクを集めて色々な食材を混ぜてみたのですが……どれもマヨネーズとは程遠くて、開発が難航しているのです」
ヴィンセントの話を聞いたローザは、首を傾げて戸惑ったような表情をみせた。
「……あの、恐らくですが……マヨネーズにはミルクは入っていない気がします」
言いにくそうにそう言った後、フォークでマヨネーズだけを少し口に含む。
目を閉じて確かめるようにマヨネーズを味わうローザの眉間には、皺ができている。
しばらくそうしていたローザは目を開けるなり、納得したような表情で何度も首を縦に振った。
「うん。やっぱりミルクは入っていないようです」
「……そうか」
力なく呟いたヴィンセントは、台の上に並んだミルクをチラリと見る。
「はい。恐らくですが、油と酢。あとは、なんの卵かはわかりませんが、卵が入っていると思います」
「……」
ローザの言葉を聞いて、部屋は静まり返った。
ジョアンナも頭の中で考える。
──油と酢と卵? もしかして、卵の白身だけを使うのかしら?
ローザが屋敷にやってきてから、少し経った頃。
調合室で作業しているジョアンナの元に、ローザがやってきた。
「ジョアンナちゃん。今日のお菓子ができたよ!」
コリンナに案内されて部屋に入ってきた彼女は、手に持っていた籠を軽く上げてジョアンナに見せる。
籠から溢れた甘い香りに、ジョアンナはパッと表情を輝かせた。
「あっ! ローザ。ありがとう。今日は何を作ったの?」
「ふふふ。それは、食べてのお楽しみだよ」
そう言って笑ったローザは籠をコリンナに渡した。
「今日は何を作っているの?」
「今朝、素材が沢山届いたから、初級毒消しポーションを作ってるの」
「そっか。見てていい?」
ローザは定位置になりつつある椅子に座り、ジョアンナが作業する様子を眺める。その表情はどこか楽しげだ。
ローザが屋敷に来てからそんなに時間は経っていないが、ジョアンナはすっかり彼女と打ち解けていた。
貴族の友人とは、名前に「様」を付けて呼び合うのが当たり前なのだが、平民の人たちはそうではないらしい。
名前に「様」を付けるのは、目上の人や自分より偉い人だけなのだとローザが教えてくれた。
ローザはジョアンナより五つ年上なのだが、こんなに歳の近い平民の女性と親しくなるのが初めてで驚くことばかりだ。
「私たちはね、親しい友達は呼び捨てかな? あとは『ちゃん』を付けて呼んだりもするんだ」
そう聞いて、ジョアンナも呼び捨てで呼んで欲しいと思ったのだが、身分のこともあるのでそれは難しいらしい。
「さすがにそれはできないから……ジョアンナちゃんって呼んでもいいかな?」
しょんぼりしたジョアンナを見かねたローザの提案で、そう決まった。
後で聞いた話なのだが、この「ちゃん」という敬称には愛情が込められているんだそうだ。
それを知ってからというもの、ジョアンナはローザに呼ばれるたびにくすぐったいような気分になるのだった。
本日、「マンガがうがう」でコミカライズの更新日です。
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