11:不思議な容器
仕事の合間に調合室に顔を出したヴィンセントに、ジョアンナはマヨネーズの容器に使われている素材について聞いてみた。
「すまない。知ってる素材の中に、この容器に似た特性を持つものはないな」
「そうですか……」
ヴィンセントも知らない素材となると、リネハンでは手に入らない素材なのかもしれない。
「この容器がどうかしたの?」
「実はポーションを入れる容器にできないかなと考えていて、研究したかったのです」
「ポーションに?」
ジョアンナの意外な言葉にヴィンセントは目を見開いた。
「ええ。実はイレゴから帰ってから、ずっと考えていたんです。割れにくいポーションの容器を作れないかって……」
少し前にジョアンナとヴィンセントは、避暑を兼ねて領地の北にあるイレゴを訪れた。
そこで、出会ったのが、ヒューゴとリタの夫妻だ。
ヴィンセントが子供の頃から別荘の管理を任されている二人は、滞在中に楽しい話をいくつも聞かせてくれた。
元々、リネハンで騎士をしていたというヒューゴは、イレゴに移り住んでから料理を覚えたらしい。
最初はリタに怒られてばかりいたこと。
自分で作れる料理が増えるにつれ、別荘の裏に畑まで作るようになったこと、などなどだ。
畑を見せてもらった時に、ヒューゴが怪我をして騎士を辞めた時の話をしたことがある。
それがジョアンナの胸に、強く印象に残った。
「怪我で槍を持てなくなった時には、目の前が真っ暗になりましたよ」
ヒューゴの右手には当時の怪我を物語る痕が残っている。
生活には支障はないそうだが、それまで騎士として自分の腕を鍛えることに全てをかけていた彼は、しばらく何もする気にならないほど落ち込んだそうだ。
「騎士を辞めて田舎に帰ろうと思っていた時に、ケルヴィン様がここの別荘を任せてくださってね。慣れないことばかりであたふたしているうちに、少しずつ前を向けた気がします」
そんなことを言って笑うヒューゴだが、ふとした時に騎士を見つめる瞳には、少し前のヴィンセントと同じ色があった。
「若い頃はいつも思っていましたよ。『あの時、ポーションの瓶が割れていなければ』ってね……」
右手の傷に触れながら、寂しそうに笑う彼の話を聞いてから、ジョアンナは割れないポーションの瓶を作れないかと考えるようになったのだ。
その夜、夕食の席でジョアンナは聞いてみた。
「マヨネーズの容器に使われている素材を【鑑定】してみたのですが、異国のもののようです。どこの国の素材かご存知ですか?」
瞳を閉じて髭を撫でながら記憶を探っていたケルヴィンは、首を横に振った。
「いや。私も初めて見た素材だ」
外交でいくつもの国の文化に接する機会のあるケルヴィンも、初めて目にする素材だそうだ。
「ディーノは知っているか?」
「残念ながら、私もあの様な素材は初めて見ました」
ディーノは申し訳なさそうに首を左右に振る。
薬作りを学ぶためにいくつもの国を渡り歩いた彼も、見たことがない素材らしい。
国の名前などがわかれば調べようもあるのだが、ジョアンナのスキルでわかったのは異国の素材ということだけ。
すっかりお手上げ状態だ。
「ポーションの瓶の代わりに使えればと思ったんですけど……」
「ああ、それは私も思いました。あの容器は軽くて水を通さないので、薬の保管に使えたらいいなと」
薬師のディーノも似たようなことを考えていたらしい。
有力な情報は得られなかったが、ジョアンナの話を聞いたケルヴィンは、マヨネーズやあの容器の情報を集めてくれると言ってくれた。
「沢山あるし……この容器、洗えば使えるかしら?」
空になったマヨネーズの容器をいじりながら、ジョアンナが呟く。
マヨネーズを使い終わった容器は、研究のために全てジョアンナの元に届けられている。
それが、マジックバッグの中に大量に入っている。
この容器を参考にしてポーションの瓶を新しく作りたいが、情報が少なすぎて時間がかかりそうだ。
代わりに、沢山あるこの容器をなんとか再利用できないかと考えた。
この容器は水分や空気を通さないので、調合室にある液状や粉末状の素材の保管に使えそうだ。
「うん! とりあえず、試してみましょう!」
そう言って勢いよく動き出したジョアンナだったが、すぐに大きな問題が発生した。
それは……容器についている匂い。
何回洗っても、匂いがなかなか取れないのだ。
やっと匂いがなくなったと思っても、【鑑定】で調べると『汚れている』と出てしまう。
────────────────────
◼︎マヨネーズの容器(汚れている)
異国の素材を使った容器
────────────────────
どうやら、綺麗に見えても汚れがまだ残っているらしい。
調合で使った道具を洗う洗剤、食器を洗う洗剤など、様々なものを試してみたが『汚れている』という文字は消えない。
この日も、ジョアンナはコリンナや侍女たちに手伝ってもらい、取り寄せた洗剤で容器を洗っていた。
「どうですか?」
「うーん。ダメみたい。『汚れている』と出るわ」
「入口が小さいので、中まで手が届かないせいですかね……」
「ええ。見た目は綺麗なのにね」
ジョアンナは小さく溜め息を吐いた。
今日使ったのは、他国から取り寄せた洗剤だ。
洗浄力が高いと聞いていたので期待していたが、【鑑定】の結果は芳しくない。
ガッカリした様子のジョアンナを見ていた侍女が、弾かれたように顔を上げた。
「そういえば! 沸騰したお湯に入れると汚れが取れると聞いたことがありますわ」
「本当?」
勢いよく顔を上げたジョアンナに見つめられた侍女は、首を大きく縦に振る。
早速、教えてもらった方法を試してみるために、ジョアンナは調理場へ足を運んだ。
「この鍋でいいですか?」
「ええ。忙しい時間にごめんなさいね」
「とんでもない。何かお作りになるのですか?」
「この容器を綺麗にしたくて……」
「マヨネーズの容器ですか? 綺麗に見えますが?」
「中にまだ汚れが残っているみたいなの」
そんな話をしている間に、火にかけた鍋でお湯が沸いたようだ。
「ジョアンナ様。熱くて危ないので、私がやります」
そう言ったコリンナに空の容器を渡すと、すぐに鍋に投入された。
期待のこもった瞳でそれを見つめていると、マヨネーズの容器はまるで生きているかのようにぐにゃぐにゃと動きながら、形を変えていく。
「これは……」
「溶けてます?」
慌てて湯から取り出せば、元の形もわからないほど変形してしまっている。
どうやら、この容器は熱に弱い素材らしい。
これはお手上げか、と思われた時。
ジョアンナたちの様子を見ていた見習いの若い男性が、恐る恐る言葉を発した。
「【洗浄】のスキルの人にお願いしてみたらどうですか?」
「え?」
「服についた汚れなんかも、いつもスキルで綺麗にしてくれるじゃないですか? それも【洗浄】のスキルで綺麗になるんじゃないですか?」
「あっ!」
その発想がなかった。
彼が言う通り、【洗浄】のスキルならこの汚れも落ちるかもしれない。
すぐに【洗浄】のスキルを持っている人を呼んで、マヨネーズの容器にスキルを使ってもらった。
【洗浄】のスキルを使った瞬間。
マヨネーズの容器を包むように、どこからか水が現れた。
その水は渦を巻くように容器を包み込みながら空中へ浮かび上がる。
数秒後──水はどこかに消え去り、容器がふわりと落ちてきた。
【洗浄】のスキルで何かを洗うところを初めて見たが、幻想的で時間を忘れるほどだ。
あの水はどこからやってきて、どこへいくのだろうか。不思議だ。
「終わりました」
スキルで綺麗にした容器を手渡されたジョアンナは、匂いを嗅いでみる。
「……」
「どうです? ジョアンナ様?」
「なんの匂いもしないわ」
念のため、【鑑定】でも調べてみたが、無事に綺麗になったようで『汚れている』という文字が消えている。
────────────────────
◼︎マヨネーズの容器
異国の素材を使った容器
熱に弱い
────────────────────
おまけに、『熱に弱い』という情報が追加されている。
【鑑定】の内容が変わることは初めてだったので、そのことにジョアンナは驚いたのだった。
本日、「マンガがうがう」で漫画の最新話が配信されています。
よろしくお願いいたします!




