小さな見学者
第8話 僕は家に入る前に一度深く呼吸を整え、ゆっくりと古びた木製の扉を開けた。「ただいま戻りました、お母様」「はい、お帰りなさいカレハ」「おかえり、お兄ちゃん!」居間に入ると、いつもと変わらない母さんとワカバの温かい声が僕を迎えてくれた。遅くなったことを謝りながら、今日の一大イベントだった領都ルダーへの旅や、ルダール子爵様にお会いした出来事を夢中で話し始める。そして、ガッハさんから受け取ったばかりのずっしりと重い報酬袋をテーブルへと置いた。中身を確認した母さんが、息を呑んで少し目を見張る。「あら……本当に大した額よ、カレハ。こんなにたくさん頂いて良いの?」「うん! 遺跡の入り口が見つかったことへの、臨時の成功報酬なんだって!」僕は誇らしげに胸を張った。近寄ってきたワカバをひょいと抱き上げ、自分の足の上にちょこんと座らせる。「お兄ちゃんすごーい! 偉い貴族様に会ったの!?」とキャッキャとはしゃぐワカバが愛おしくてたまらない。僕は妹を膝に乗せたまま、母さんが用意してくれた温かい夕食を美味しく頂いた。「明日からは数日間、遺跡の探索はお休みになるんだ。だから、特に家の用事がなければ、僕はギルドの訓練所に体を動かしに行こうと思っているよ」僕の説明を聞いたワカバが、目をきらきらと輝かせて僕を見上げた。「お兄ちゃん、町での訓練ならワカバも見に行きたい! ね、良いでしょ?」ワカバはおねだりするように母さんの方をチラリと見る。母さんは「んー」と少し困ったような顔をした後、優しくワカバに語りかけた。「ワカバ、カレハの邪魔をしないって約束できる? ……カレハ、お母様も買い物ついでに、いつもお世話になっているチームの皆さんへご挨拶に寄らせてもらっても良いかしら?」「はい、お母様! チームの皆さんは本当に親切な良い人ばかりだから、きっと大丈夫だと思います!」夕食後、寝る前に昨日教わった体操をしに外へ出ると、ワカバもトコトコとついてきて僕の真似をし始めた。小さな手足を一生懸命に伸ばしている姿が本当に可愛くて、筋肉痛の痛みなんてどこかへ吹き飛んでしまう。その後、二人で温かいお湯を入れた桶とタオルを使い、お互いの身体を綺麗に清めた。ベッドに入ってからも、明日が楽しみで仕方がないワカバと遅くまでお喋りを楽しんでいたが、心地よい疲労感もあって、いつの間にか二人とも深い眠りに落ちていた。 ◇ 翌朝、僕たち三人は待ち合わせの場所へと向かった。広場に到着すると、すでに「黒鷹の翼」のメンバーが全員揃っていた。僕は緊張しつつも、一歩前に出て元気に声をかける。「皆さん、おはようございます! ……あの、今日はお母様が皆さんに日頃のお礼の挨拶をしたいと言って、それと妹のワカバが僕の訓練を見学したいと言うので、一緒に連れてきました!」僕の言葉に、リーダーのガッハさんが一番に穏やかな笑顔を浮かべて歩み寄ってきた。「おはよう、カレハ君。そしてはじめまして。カレハ君のお母様と妹さんですね。僕はチームリーダーのガッハと言います。いつも彼には本当に助けられていますよ」「はじめまして!」「うむ、よろしく」テイラーさんやハオさんも丁寧に挨拶を返してくれる。そんな中、紅一点のメディさんが「キャ〜〜ッ!!」と歓声を上げてワカバに突撃していった。「ワカバちゃんって言うのね〜! すっごく可愛い〜〜! お年はいくつ? そっか〜、9歳なんだ〜! お兄ちゃんにそっくりねぇ〜!」メディさんはワカバの小さな手を握り、しゃがみ込んで目線を合わせながらこれでもかと構いまくっている。最初は少し緊張していたワカバも、メディさんの明るい雰囲気にすぐ絆されたようで、すぐに嬉しそうに笑い声を上げ始めた。10分ほど賑やかなやり取りが続いた後、母さんが丁寧にお辞儀をした。「皆様、うちの子をいつも温かく迎えてくださり、本当にありがとうございます。では、私は町での用事を済ませてまいりますので、二人をよろしくお願いいたします」母さんはそう言い残し、買い出しのために一度広場を離れていった。「よし、それじゃあカレハ君、僕たちも訓練所へ移動しようか」「はい!」広場に残ったのは、僕と、小さな見学者のワカバ、そして頼もしい先輩たちだ。初めての本格的な戦闘訓練。大好きな妹がじっと見つめていると思うと、自然と背筋が伸び、昨日以上に「もっと頑張ろう!」という熱い気持ちが内側から湧き上がってくる。こうして、僕の記念すべき特訓の日々が、いま幕を開けた。




