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聖王伝  作者: 日和見


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10/22

コロコロ転がり、組手を観戦

転がる、転がる、ひたすら転がる。今の僕は、まるで地面を転がる木の実のように、ひたすら訓練所の床に転がされていた。母さんが買い物に向かった後、始まった初めての戦闘訓練。入念な体操ストレッチが終わると、ガッハさんが「まずは無手(素手)で訓練するからね。自由に、どこからでもかかっておいで」と優しく微笑んだ。僕は意気揚々と拳を握りしめたけれど、すぐにガッハさんから待ったがかかった。「カレハ君、まだ正しく拳を握る訓練をしていないうちに強く打撃を出すと、自分の手首や指をグキッと痛めて怪我の元になる。だから最初は『掌底(手のひらの付け根)』を使いなさい」プロとしての的確な指導を受け、僕は掌底でガッハさんの巨体に殴りかかった。……けれど、どうせ当たらずに転がされるだけでは? という予想は、ものの数秒で現実となった。いくら向かっていっても、ガッハさんは僕の突進をひらりとかわし、あるいは僕の力を受け流して、面白いくらいに僕を床へと転がしていくのだ。悔しくてたまらなくなった僕は、一矢報いてやろうと意表を突く行動に出た。自爆を覚悟の上で、その場で思い切り高くジャンプしたのだ。自分の足ごと、全身体重を武器に見立てて、ガッハさんの胸元へと真っ直ぐ突っ込んでいく!(これなら、いくらガッハさんでも、受け流すのは難しいはず――!)そう思ったのに、ガッハさんは涼しい顔のまま、空中の僕の足と背中にそっと優しく手を添えた。そして、何事もなかったかのように、僕をフワリと床の上へ綺麗な姿勢で立たせてしまったのだ。「おお、いい根性と発想だね。でも、空中で体を制御できないのは危険だよ」全く相手にされていない。あまりに悔しくて、僕はそこからめちゃくちゃに暴れ回って殴りかかった。けれど、僕の十二歳の体力なんてたかが知れている。10分も持たずに息が完全に上がり、その場に大の字になって動けなくなってしまった。「あはは! お兄ちゃん頑張れ〜!」「カレハちゃ〜ん、ファイトよぅ〜! 転がる姿も可愛いわねぇ〜!」訓練所の端にあるベンチでは、ワカバとメディさんが手を叩きながらキャッキャとはしゃいで、僕の無様な奮闘を楽しそうに眺めていた。泥まみれで、息はゼーゼーと苦しいけれど、大好きな妹の前でかっこいいところを見せたい僕は、心の中で「次は絶対に一撃くらい掠らせてやる!」と熱く誓うのだった。僕が床に大の字になって息を切らせていると、ガッハさんが「よし、カレハ君はそこで少し休憩しながら僕たちの動きを見ていておくれ。ただ闇雲に動くより、強い者の動きを『見る』ことも立派な訓練になるからね」と言って、今度は大盾使いのハオさんを訓練場の中央へと呼び寄せた。ハオさんは無手のままガッハさんと対峙する。二人がコクンと頷き合った瞬間、空気が一気に張り詰めた。「ほらよ、坊主。ある程度の知識や経験がないと、見てるだけじゃ何が起きてるか分からないだろ? 俺が解説してやるよ」そう言って、冷たい果実入りの水が入ったコップを僕とワカバに差し出しながら、テイラーさんが隣に腰掛けた。「ありがとうございます!」と水分補給をする僕の隣で、テイラーさんの丁寧な解説が始まる。「いいか。本職のモンク(武闘家)であるガッハを相手に、普段は大きな盾を持って戦う重戦士のハオが、その持ち前の頑丈さと耐久力を活かしてどう立ち回るか、そこをよく見ておけ。ハオは一発の重みと、相手の攻撃をあえて肉体で受けてカウンターを狙う戦い方をしてるんだ」「なるほど……!」テイラーさんの分かりやすい言葉のおかげで、僕は「ふんふん」「うわ、凄い!」と深く納得しながらプロの組手を見つめることができた。ドスッ、バキッと、人間とは思えないような鈍い打撃音が響き渡り、さすがのハオさんも最後はガッハさんにボコボコにされて床に沈んだ。すると、ガッハさんがハオさんの体にそっと手をかざし、静かに呪文を紡ぐ。その手から柔らかな白い光が溢れ出した。「――神聖魔法『ヒール』」次の瞬間、ハオさんの顔についていた痣や擦り傷が、見る見るうちに消え去っていったのだ。「お、おおおっ……!」「すごーいっ!」僕とワカバは同時に声を上げて大興奮してしまった。本物の回復魔法をこんなに間近で見たのは初めてだ。その後は、テイラーさんもメディさんも順番にガッハさんと無手の組手を行ったけれど、結局二人とも完膚なきまでにボコボコにされてしまった。ガッハさん、優しそうな顔をしてめちゃくちゃに強い。こうして全員の格闘訓練が終了した。「よし、じゃあ最後にみんなで体操クールダウンをしよう。この終わりのストレッチをサボると、次の日にひどい疲労が残って動けなくなっちゃうからね」ガッハさんの言葉に、なるほどと納得しながら、僕たちは再び入念に体を伸ばしていった。隣では、ワカバも僕たちの真似をして、小さな短い手足を一生懸命に伸ばして一緒に体操をしている。それを見たメディさんが、顔を真っ赤にして胸を押さえた。「あ〜〜〜もう、駄目〜〜っ!! ワカバちゃんが可愛すぎて私のハートが爆発しちゃう〜〜!!」悶絶して床をごろごろと転がり始めたメディさんを見て、テイラーさんは苦笑し、ハオさんは静かに頷き、訓練所は温かい笑い声に包まれた。全身筋肉痛でボロボロだけど、プロの凄さを肌で感て一限目の格闘訓練が終わる。

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