家族の灯りと、小さな誇り
聖王伝』第3話 重い荷物から解放され、足の痛みと戦いながらたどり着いた我が家。古びた木製の扉を開けた瞬間、見慣れた懐かしい匂いと、スープの温かい香りが僕を迎え入れてくれた。「お兄ちゃん!」パタパタと小気味よい足音が響いたかと思うと、奥の部屋から九歳になる妹のワカバが飛び出してきた。そのままの勢いで、僕の胸へと飛び込んでくる。(うおっと……!)一日中歩き回ってガクガクの足だ。普通に受け止めては無様に後ろへひっくり返ってしまう。僕は十二歳の兄としてのプライドをかけ、すっと歩幅を広げて踏みとどまり、ワカバの小さな身体をしっかりと受け止めた。「ただいま、ワカバ」愛おしさを込めて両腕で抱きしめ、そのままひょいと持ち上げてやる。「おかえりなさい、カレハ。無事でよかったわ」台所の奥から、エプロンで手を拭きながら母さんが顔を出した。その安堵に満ちた表情を見て、ようやく僕の緊張も完全に解けた気がした。「お母様、ただいま戻りました」挨拶をしながらワカバを床に降ろす。するとワカバは、もっと抱っこされていたかったのか、不満げに両のほっぺたをぷくーっと膨らませた。その仕草があまりにも子供らしくて可笑しい。(人差し指でつんつんとつついたら怒るかな?)なんて意地悪なことを考えながらも、僕はふふっと笑ってワカバの手を握り、三人でリビングの食卓へと向かった。木製のテーブルに、ガッハさんから受け取ったばかりの革袋をそっと置く。チャリン、と硬貨が擦れ合う小気味よい音が響いた。「これ……今日の分の報酬です。まだ見習いだから少ないけれど、受け取ってください」母さんの前に差し出すと、僕は少し胸を張った。だって、これは僕が初めて自分の力で、汗を流して稼いだお金なのだ。驚いたように目を見張る母さんと、興味津々で革袋を覗き込むワカバを前に、僕は今日一日の出来事を夢中で話し始めた。集合場所に一刻も早く着いてしまったこと。精霊人のテイラーさんが屋台で美味しいパイを奢ってくれたこと。リーダーのガッハさんや、ハオさん、メディさんがみんな親切で、僕を一人前の仲間として扱ってくれたこと。「みんな本当に良い人たちで、優しくしてくれたんだ。森の奥で『森狼』の気配があった時も、みんな全然慌てなくて……。プロの探索者って、本当にすごいんだよ!」少し興奮しながら、誇らしげに語る僕の言葉を、母さんは一言も遮らずに、ただ愛おしそうに聞いてくれた。ひと通り話し終えると、母さんは優しい笑みを浮かべ、僕を引き寄せてその胸に優しく頭を抱き込んでくれた。「本当によく頑張ったわね、カレハ。お疲れ様。あなたが無事に帰ってきてくれて、お母様は本当に嬉しいわ」母さんの衣服から香る、いつもの優しい匂い。包み込まれるような温かさが嬉しくて、けれどもう子供じゃないんだという照れくささがあって、僕は少しだけ身体をモゾモゾと動かした。それから、これからの予定についての報告も忘れないように伝えた。「明日からは、遺跡の状況次第で泊まりがけの仕事になるかもしれないんだ。今度は森の中にベースキャンプを作るから、何日か帰れないこともあると思う。でも、優秀な先輩たちが守ってくれるから、心配しないで」「そうなのね……。寂しくなるけれど、みんなの言うことをよく聞いて、絶対に無理はしないと約束してちょうだい」「はい、お母様」そんな報告を交えながら、三人で囲む夕食はいつも以上に美味しく感じられた。けれど、食事の途中から、急激に猛烈な眠気が僕を襲い始めた。緊張の糸が切れたこと、そして十二歳の身体には少し厳しかった初めての重労働。限界は、とうに超えていたみたいだ。夕食を終えると、温かいお湯で身体を丁寧に拭き、吸い込まれるようにベッドへと潜り込んだ。固いマットレスが、今の僕には極上の毛布のように心地いい。(明日は、いよいよあの古代遺跡の本格的な探索だ……)目を閉じると、テイラーさんの笑顔や、森の中で見上げた薄暗い木々の梢が、万華鏡のように頭の裏に浮かんで消えた。明日への期待と、心地よい疲労感に包まれながら、僕はまたたく間に深い、深い眠りの底へと落ちていった。




