初めての探索
第2話:初めての探索カレハは、待ち合わせの広場に約束の時間よりも一刻(約二時間)早く到着していた。早すぎるのは分かっている。けれど、初めての仕事に対する緊張と高揚感で、どうしてもじっとしていられなかったのだ。今回、幸運にも僕を雇ってくれたのは「黒鷹の翼」という探索者チームだった。この街に流れてきたばかりのチームだそうだが、まだ幼い僕の境遇をどこかで見聞きしたのか、事情を知ると「よし、ならうちで荷物持ちをしてみるか?」と二つ返事で快諾してくれたのだ。それだけじゃない。彼らは僕のために、荷物持ち用のしっかりとした背負い籠や革帯などの装備を、格安の値段で貸し出してくれた。おそらく、事後の整備費用などを考えれば赤字になるに違いないほどの破格だ。(本当に、いい人たちに拾われたな……。せめて誠実に行動して、少しでも皆さんの負担を少なくしよう!)拳をぎゅっと握りしめて決意を新たにしていると、足音が近づいてきた。現れたのは、チームの一員である精霊人のテイラーさんだった。すらりとした体躯に、精霊人特有の整った容姿。けれど気さくな雰囲気を纏った剣士だ。「おはようございます、テイラーさん! 今日からよろしくお願いします!」僕が勢いよく頭を下げると、テイラーさんは一瞬目を丸くし、それから豪快に笑った。「おぅ、坊主、よろしくな。って、随分と早いじゃねえか。……朝ごはんはちゃんと食べてきたか?」「あ、はい。一応、少しだけ……」「なに、そんな細い体でそれじゃ足りないぞ。よし、時間もまだある、ちょっと付き合え」テイラーさんは僕の首根っこを優しく掴むと、広場の隅にある屋台へと連れて行ってくれた。香ばしい匂いを漂わせる屋台で、温かい軽食と果実の飲み物を二つずつ買い求める。そして、そのうちの一つを「ほらよ」と僕に差し出してきた。「あ、あの、お金を払います!」「気にすんな。年下にお奢りを持たせるほどヤボじゃねえよ。お兄ちゃんに恥をかかせるな」いたずらっぽくウインクされ、僕はありがたくご馳走になることにした。二人で並んでベンチに腰掛け、温かいパイを齧りながら、他愛のない雑談を交わす。テイラーさんの気さくなお喋りのおかげで、僕のガチガチだった緊張はみるみる解けていった。そうして過ごしているうちに、約束の時間が近づき、チームの残りのメンバーが揃って姿を現した。僕はすぐに立ち上がり、背筋を伸ばして挨拶をする。「おはようございます、皆さん! 今日からよろしくお願いします!」深々と頭を下げると、三人がそれぞれ温かい声を返してくれた。「おはようカレハ君。うん、いい返事だ。よろしく頼むよ」そう言って穏やかに微笑むのは、大柄で頼りがいのある、リーダーのガッハさん。「よろしくねー、カレハちゃん。可愛い荷物持ちが入ってくれて嬉しいわぁ」手斧を腰に下げた、妖艶でスタイリッシュな狩人のメディさん。「ああ、よろしく頼む。怪我だけはするなよ」背中に大剣を背負った、無骨で寡黙な人間の戦士ハオさん。全員が僕のような子供を蔑むことなく、対等な仲間として迎え入れてくれた。そのことが、何よりも嬉しかった。まずは、今日の予定とそれぞれの役割、そして注意事項の最終確認が行われた。今日の目的地は、町から西へ約七キロ進んだ先にある深い森。そこには、今からおよそ千六百年前に起きたとされる「魔竜大戦」の折に滅んだ、古代遺跡が眠っているという。今回の任務は、本格的な発掘ではない。まずは遺跡への安全なルートの確認と、明日以降の拠点となる「探索基地」の設営場所の選定。つまり、今日の結果次第で明日からの行動を決めていく偵察任務だ。「もちろん、カレハ君の仕事は俺たちの荷物の管理と搬送だ。無理はしなくていいが、異常があったらすぐに言ってくれよ」「はい、ガッハさん! 足を引っ張らないように頑張ります!」こうして、僕の初仕事が始まった。町を出て、西の街道を進む。「黒鷹の翼」の歩調は、急ぐ風でもなく、かといって遅くもない、実に行軍慣れした一定のペースだった。けれど、背中にずっしりと重い荷物を背負って歩くのは、想像以上に過酷だった。(やばい……ただ歩くだけなのに、めちゃくちゃ体力を削られる……)太ももが熱くなり、息が荒くなってくる。僕が必死についていこうとしていると、ガッハさんは何度も「よし、ここで少し休もう」と休憩を挟んでくれた。おそらく、僕の体力を気遣ってペースを調整してくれたのだろう。プロの優しさが身に染みた。順調に歩みを進め、ようやく目的である森の端へと到着した。ここからは魔物の領域だ。周囲の空気が一気に張り詰める。「メディ、頼む」「任せて〜」ガッハさんの指示に、メディさんがスタスタと先行して森の中へ消えていく。森の中での隊列は、斥候として先行するメディさんを先頭に、前衛のハオさん、中央に僕、僕の後ろをカバーするガッハさん、そして殿を警戒するテイラーさん、という順番だ。森の中は足場が悪く、木の根や泥に足を取られそうになりながら、さらに二時間ほど進んだ。やがて、生い茂る木々の隙間から、苔生した灰色の石造りの建造物――遺跡の姿が見える位置までたどり着いた。メディさんが周囲に罠や魔物がいないか索敵している間、残りのメンバーで基地の設営に適した平地を調べていく。僕も荷物を降ろし、周囲の警戒を手伝っていると、森の奥から戻ってきたメディさんが、低い声で告げた。「ガッハ、どうやらまだ距離はあるけど、こっちに向かって『森狼』の群れが移動してきてるみたい。どうする?」―森狼。その言葉を聞いた瞬間、僕の胸がドクドクと激しく鼓動を刻み始めた。手汗がじわりと滲む。そうだ、いくら町からそれほど離れていないとはいえ、ここは本物の魔物が棲む危険な森なのだ。頭では分かっていたつもりだったが、死の気配が現実味を帯びて迫ってくるのを感じて、足がすくみそうになる。しかし、ガッハさんの反応は極めて冷静だった。「森狼で間違いないか? なら、ある程度近づいてきたら威嚇して追い払おう。下手にここで戦って、遺跡の奥の連中を刺激したくないからな」大慌てする僕とは対照的に、ガッハさんは淡々と答える。プロの探索者にとっては、これくらいのトラブルは日常茶飯事なのだろう。周辺の調査を素早く終えると、ガッハさんは言った。「よし、今日のところはこんなもんだな。無理をせず、一度引き上げるぞ」その判断に従い、僕たちは慎重に森を後にした。結果として、僕の初めての探索は、森狼に襲撃されることもなく、特に何事も起きずに終わった。けれど、無事に町へ戻り、ギルドの前で緊張の糸が切れた瞬間――押し寄せるような疲労感と、激しい足の痛みに襲われた。立っているのもやっとなくらい、身体がガクガクと震えていた。思っていた以上に、心身ともに消耗していたのだ。「はい、カレハ君。これが今日のお給金。しっかりと中身を確認して」ガッハさんが、ずっしりとした革袋を僕の手の上に載せてくれた。「どんな時も、お金は自分の目でしっかりと確認するんだ。これは探索者としての基本であり、自分を守るための鉄則だからね」「あ……はい! ありがとうございます!」袋を開け、硬貨の枚数を数える。「また明日もよろしくな」と、テイラーさんが僕の頭をガシガシと大きな手で撫でてくれ、この日はそこで解散となった。大人の探索者から見れば、決して多い額ではないかもしれない。けれど、これは僕が初めて、自分の力で、汗を流して稼いだお金だ。手のひらに残る硬貨の金属の冷たさと重みが、誇らしくてたまらなかった。胸の中に灯った確かな高揚感を感じながら、僕は家へと向かって駆け出した。(ああ、早く帰って、母さんや妹に今日のことを話したいな!)夕暮れに染まるカルカラの街並みを、カレハは痛む足を引きずりながらも、満面の笑みで走り抜けていくのだった。




