少年は歩み出す
第1話:少年、歩み出す僕の生きる世界は、理不尽な国境線の引き合いで満ちている。ここ、ルダール子爵領の南端に位置する町「カルカラ」は、まさにその象徴のような場所だった。同じ王国に所属しているはずの『ルダール子爵家』と『ムサーダ男爵家』。この二つの貴族家は、先祖代々から血で血を洗う領地争いを繰り広げ、このカルカラの町の領有権は、何度もその支配者を変えてきた。未だ十二歳の僕――カレハの運命もまた、その争いに翻弄された一つだ。僕の父親は、ムサーダ男爵に仕える誇り高き騎士だった。けれど、五年前の激しい戦役で、父さんは帰らぬ人となった。さらに不運なことに、戦いの結果としてカルカラの町は、敵対するルダール子爵領の支配下へと移ってしまったのだ。「元・敵国の騎士の遺族」それが、この町における僕たちの立場だった。家には、母さんと、九歳になるまだ幼い妹がいる。父さんが遺してくれた財産を少しずつ、少しずつ切り崩しながら、なんとか今日を生き延びる日々。けれど、貯えがいつまでも持つはずがない。当然、収入の目処なんてどこにもなかった。それに、元ムサーダ男爵の騎士の息子という曰く付きの僕では、現在の領主であるルダール子爵に士官することなんて、逆立ちしたって不可能だった。進学してまっとうな職に就く余裕なんて、我が家の家計のどこを探しても残っていない。僕は、ずっと考えていた。家族の笑顔を守るために、自分が今できることを。ある日の夕食後、僕は意を決して、食卓を片付ける母さんの前に立った。「お母様、お話があります」真剣な僕の表情に、母さんが手を止める。傍らで小さな人形で遊んでいた妹も、不思議そうにこちらを見上げた。「僕も、今年で十二歳になりました。この町で士官の目処を待つことも、進学することも難しいのは、お母様も分かっていると思います。……だから、僕は働きに出たいのです。探索者になって、この家を支えたい」「えっ……!?」母さんの顔から血の気が引いた。妹も人形を落とし、僕の服の袖をぎゅっと掴む。「ダメよ、カレハ! 探索者なんてそんな危険な仕事……! あなたの父さんまで失ったのに、あなたまでいなくなったら、私とこの子は……!」「お兄ちゃん、いっちゃいやだ!」激しい反対だった。当然の反応だと思う。十二歳という年齢は、世間一般ではまだ子供だ。探索者といえば、魔物と戦う死と隣り合わせの職業なのだから。けれど、僕は一歩も引かなかった。母さんの両手を優しく包み込み、真っ直ぐにその目を見つめる。「分かっています。でも、戦うわけじゃないんだ。十二歳でも登録できる『荷物持ち(ポーター)』として、熟練の探索者チームの後ろについていくだけの仕事を、まずは探します。これ以上、父さんの遺産を切り崩してジリ貧になるわけにはいかない。お願いです、僕に家族を守らせてください」何度も、何度も頭を下げて説得を続けた。僕の目に宿る覚悟が本物だと悟ったのだろう。やがて母さんは、大粒の涙を流しながらも、静かに頷いてくれた。家族を養うため。自分の手で未来を切り拓くため。少年の、泥臭くも切実な冒険が、ここに幕を開ける。




