感謝してもしきれない
聖王伝 第25話 やっぱり、自分の気配を消すなんて芸当は難しすぎる。「うーん……」と僕が頭を抱えて悩んでいると、隣でワカバが僕の真似をして、小さな体をこれでもかと縮こまらせて一緒に「ふんぬー」と唸っていた。うん、もの凄く可愛い。可愛いぞ、ワカバ。だけど僕の癒やし時間は、それを見たメディさんの絶叫によって破られた。「いや〜〜〜んっ! ワカバちゃん、可愛すぎて無理ぃ〜〜〜っ!!」メディさんは体をくねくねと激しく悶絶させながら、床をごろごろと転がり始めた。……本当に、この人グラナード王国でも五指に入る凄腕の狩人なんだよね? と、一瞬だけ現実を疑ってしまう。その後も特訓を続けたけれど、結局大した進展もないまま午前の実技時間は終わってしまった。(今日も全然ダメだったな……)ポツリと落ち込んでいる僕の頭に、大きな手のひらが置かれた。大盾使いのハオさんだ。「カレハ。そんなに簡単に気配が扱えたら、世の中の誰も苦労はしないぞ」ハオさんは無骨な顔を少しだけ和らげ、ぽんぽんと優しく僕の頭を叩いてくれた。うん、そんなことは頭では分かっているのだ。だけど、やっぱり少しでも上達したい。今のうちから、十五歳になって正式に探索者として登録した瞬間に、すぐさま戦力になれるくらいまで成長しておきたい。荷物持ちのままで甘えていたくないんだ。そんな僕の焦りを見透かしたのか、ガッハさんが「焦りは禁物だよ、カレハ君」と優しく窘めるように微笑んだ。「さあ、ここからはお昼まで座学の時間だ。……実はね、今日のためにちょっとした物を用意したんだよ」そう言ってガッハさんが持ってきたのは、小さな手持ち用の黒板が3枚だった。驚く僕たちに、ガッハさんは「ワカバちゃんがまだ読み書きをあまり習っていないと聞いてね。せっかくだから、この機会にみんなで勉強しようか」と言ってくれた。僕自身、文字の読み書きは最低限しかできない。だからこの提案は、本当に、有り難かった。「探索者であっても、ある程度の読み書きができないと、悪質な依頼人に騙されたり、仕事の契約内容を勘違いして命を落としたりする。本当は全員が学べるのが一番良いのだが……」ガッハさんは少し悲しげにそう呟いた。この世界では、家庭教師を雇うにせよ、どこかの私塾に通って勉強するにせよ、ある程度裕福な家でなければ叶わない。僕たちのような普通の暮らしをしてきた家庭にとって、子供に勉強をさせるなんて夢のまた夢なのだ。それは僕自身、身に染みてよく分かっている。(本当に、このチームの皆さんには、感謝しても全然足りないくらい良くしてもらっている……)黒板を見つめるワカバを見ると、目をキラキラと輝かせながら、メディさんと並んで一生懸命に文字をなぞっていた。「あ!」「い!」と小さな声を出しながら、まるで新しい遊びを見つけたかのように楽しそうに勉強している。「よし、それじゃあカレハ君は、僕と一緒に少し難しい単語や、探索者の契約書によく使われる言葉を覚えていこうか」「はい! よろしくお願いします!」僕はガッハさんの隣に座り、チョークの粉で指先を白く染めながら、必死に黒板の文字を頭へと叩き込んでいった。ガッハさんの穏やかな解説を聞きながら、僕は胸の中で、何度も、何度も「ありがとうございます」と神様と先輩たちに繰り返していた。




