なんか腹立たしい
聖王伝 第13話 探索者組合の重い扉を押し開けると、ロビーの奥で精霊人のテイラーさんがこちらに向かって大きく手を振っていた。それに気づいたワカバも、嬉しそうに一生懸命に手を振り返している。「坊主、早かったな。……お嬢ちゃん、おはよう」「お兄さん、おはようございます!」ワカバがにこやかに挨拶を返すと、テイラーさんは綺麗な顔をさらに綻ばせた。「よし、じゃあ行こうか」と促され、三人で手を繋いで奥の訓練所へと向かう。道中、ギルド内ですれ違う大人の探索者たちが、みんな珍しそうに、そして温かい目でワカバに小さく手を振ってくれた。僕の妹、どこに行っても大人気である。さあ、今日もガッハさんにコロコロと転がされますか! と僕が道着の袖を捲って気合いを入れていると、「はーい! ワカバちゃん、おはよう〜! ……カレハちゃん、今日の先生は私よ〜!」ナイフを腰に下げたメディさんが、いつもの伸びやかな声で僕の前に立ちはだかった。え、今日はガッハさんじゃないの? と僕が目を丸くしていると、リーダーのガッハさんが補足するように歩み寄ってきた。「狩人の技能というものはね、探索者だろうと傭兵だろうと、あらゆる局面で重宝されるんだよ。カレハ君、こう見えてメディはこの国でも五指に入るほどの腕前を持つ一流の狩人だ。大いに学びたまえ」ガッハさんは「まあ、流れの僕たちだから正確な順位までは分からないけれどね」と茶目っ気たっぷりに付け足したけれど、国で指折りの実力者という言葉に僕は純粋に驚いた。ほへー、と間抜けた声を上げてメディさんを見つめると、彼女はふんっと胸を張って完璧なドヤ顔を決めていた。「メディお姉ちゃん、すごーい!」ワカバが目を輝かせて拍手を送ると、メディさんは「にゃはは〜! ワカバちゃん、もっと褒めていいのよ〜ん!」と今度は嬉しそうに体をクネクネと動かし始めた。本当に凄い人なのだろうけれど、なんだか威厳が迷子になっている。隣で見ていたハオさんが「ゴホン」とわざとらしい咳払いをして空気を引き締める。メディさんは「もう〜」と唇を尖らせながらも、真面目な顔をして僕に向き直った。「それじゃあカレハちゃん、問題です。狩人の基本、それが何か分かるかしら?」「ええと……弓を正確に射る腕前、ですか?」僕の答えに、メディさんは人差し指を左右に振りながら「チッチッチッ」と舌を鳴らした。「残念〜! ハズレ〜〜!」……う、なんか妙に腹立たしい。いけないいけない、貴重な技術を教わる身でなんて不敬なことを考えているんだ、僕は。メディさんは「ワカバちゃんは何だと思うかな〜?」と妹にも話を振っていたけれど、結局は自分で「ブッブ〜!」と効果音を鳴らして答えを発表した。「正解はね、『自分の気配を消すこと』と『周囲の気配を察知すること』よ。これができなきゃ、獲物に近づくことも、魔物の奇襲を避けることもできないわ」なるほど、と僕は深く感心した。第5話で森狼の群れを一瞬で仕留められたのも、メディさんが事前にその気配を完全に捉えていたからだ。プロの技術の真髄に触れられるのだと、僕は背筋を正した。――しかし、いざ始まった特訓は、想像を絶する難しさだった。「うーん、もっと肩の力を抜いて、自分の存在を大気に溶け込ませる感じよ〜」「……溶け込ませる、ですか?」「そうそう! 自分の周りの空気を、こう、ふんわりとね〜?」感覚的なアドバイスが多すぎて、僕にはお直しの取っ掛かりすら全く掴めない。ただじっと立って集中しているだけなのに、頭と神経がすり減っていくような感覚だった。結局、3時間ほど必死に練習を続けたけれど、何一つ進展を感じられないまま時間だけが過ぎていった。「よし、そろそろお昼にしようか」救いの神のようなガッハさんの声が響く。するとすかさず、テイラーさんが前に出た。「よし! 今日は俺が、おすすめの店に連れて行ってやる!」すでにみんなの中で話が決まっていたらしく、反論も出ないまま全員でテイラーさんの後ろをついていく。案内されたお店は、大通りに店を構える賑やかな「屋台」だった。「ほらよ、カレハ、ワカバちゃん。ここの肉串はタレが絶品なんだ。好きなだけ食えよ」手渡された焼き立ての肉串は、香ばしい匂いを漂わせていて、齧り付くと肉汁が口いっぱいに広がった。うん、昨日のオシャレなレストランとは全然違う種類だけど、気さくに食べられて最高に美味しい! 僕もワカバも一瞬でゴキゲンになり、交互に串を頬張った。一流のプロに教わることの難しさを痛感したけれど、だからこそ挑戦しがいがある。美味しいお肉でエネルギーをいっぱいに満たした僕は、午後からの訓練も絶対に諦めずに頑張ろうと、心の中で強く拳を握りしめるのだった。




